43 緒川城で水野信元、於大と会談する


 緒川城の書院で、ぼくは藤吉郎、信定、利家そして小六と共に絵地図を見つめていた。絵地図には、緒川城、そして大高城とその付け城としての二つの砦が記されている。西側のあゆち潟沿いの鷲津山に築く付け城を鷲津砦、東側の桶狭間山からの街道沿いの丸根山に築く付け城を丸根砦と名付ける。大高城を今川方から孤立させるには十分であろう。

 水野信元とは、すでに利家と小六が話を付けている。この場で、改めてぼくの口から話をし、正式に決着をつける段取りである。


 公務を終えて、水野信元が妹於大(元康の母)と共に、書院に現れた。

 ぼくは笑顔で二人を迎える。自ずから、七人は車座になった。密談には、最もいい配置である。真ん中に絵地図がある。


「ようやく、尾張を統一いたしました。来年こそ、今川との抗争に決着をつけようと思います」ぼくが口火を切った。

「そこで、鳴海城と大高城に、付け城をつくることにいたしました。両城の監視と、物資の搬入を阻止するためです」

 信元は腕を組んで頷いた。


「それで、段取りは、どうされます」

 ぼくは、絵地図の大高城の付け城、鷲津砦と丸根砦を指さした。

「ここに砦を築くことにしました。設計図ができておりますので、水野殿には資材の調達と運搬をお願いしたい。築城の人夫と指揮官は、われが用意いたします」

「まだ、蜂須賀殿からは、聞いておりませぬが、いつ築城されます」

「来年、四月の中頃から、下旬にかけて、できるだけ迅速に行う腹積もりです。敵の妨害に備えて、両砦に兵を三百ずつ配備いたします」

 信元は笑顔を浮かべた。

「分かりました。われも、両城に二百ずつ兵を送りましょう」


「ところで、信長殿、今川との戦に勝算はおわりですか。今川は、二万五千の兵を繰り出して参りますぞ。大高、鳴海の兵を加えると、三万は越えるでありましょう」

「勝算はあります。松平元康殿のご支援があれば、勝算がたちます」


「竹千代(元康の幼名)は、まだ十八歳。いまだ今川の懐の中におります。お役に立ちますでしょうか」

 於大がぼくの目を見つめて言った。

「戦になれば、三河は最前線になります。おそらく、義元は元康殿に先陣を切らせるでありましょう。元康殿は、松平軍の総大将として、ここ、大高城の解放のため、軍を率いて参ります」

 於大は食い入るようにぼくを見詰めている。


「われは、元康殿を今川から解放し、三河一国の主にしたいのです。そして同盟を結び、互いに助け合いたいのです」

 ぼくは於大の眼差しにそう答えた。


「それで、その作戦とは、如何なるものですか」

 信元が訊いた。

「それは、まだ言えません。元康殿のご覚悟しだいです」

「わたしが、文を書きましょう。竹千代にわたしからだと、伝えてくだされ」


 於大はぼくの目の前に紙片を置いた。そこには地図が書かれている。

「竹千代は、今月二十日の午後二時、ここに来ております」

 ぼくはその紙片を確認し、懐の冊子に挟んだ。


「信長殿、敵地ゆえ、十分お気をつけくだされ」

「はい。心得ております。吉報をお待ちくだされ」

 ぼくは於大に笑顔を向けた。

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