41 二つの城と五つの砦
桶狭間山からまっすぐ西に向かう。その先に鳴海城がある。ぼくと信定(ウシ)は浅い谷筋の道(狭間)を二キロほど歩いた。この狭間の道は何度も何度も往復した。道々の窪みや、石ころの点在、木々の姿、道端に咲く花々も、記憶している。
この狭間で戦ったら、一騎討になるだろう。われらにとって有利だが、決着にはおそろしく時間がかかりそうだ。また両脇の丘陵地帯からの攻撃も想定しなければならない。難しい戦いになるのは、明らかである。
鳴海城を目の前にして、ぼくは清州城からの道と大高城への道の十字路で立ち止まった。そして鳴海城を見上げる。ここの地名は中嶋村、低地である。そして、ここも両脇は丘陵地帯になっている。桶狭間山の延長線上にある、窪地である。
この一帯は、桶狭間山からパノラマのごとく見渡すことができる。義元が桶狭間山に布陣すれば、われらの行動は丸見えになるだろう。
ぼくはここに来ると、いつも思案にあけくれる。どうしても、ここが攻防の要地になると感じたからだ。ここを抑えれば、今川方は鳴海城への物資の補給は困難になる。また狭間から押し寄せる大軍を阻む最後の要害になるからである。
しかし一方で、この地は守備には困難な地でもある。東からの桶狭間山からの攻撃、西からの鳴海城からの攻撃、そして両脇の丘陵地帯からの両軍の攻撃である。戦況が悪くなれば、まさに袋のネズミである。
ここは思案のしどころだ。
ぼくたちは南西の方角への道を歩く。この道も何度も往復した道である。十分ほど歩くと、一キロほど先に大高城が見えてくる。この大高城を兵糧攻めにするには、鳴海城への北の道筋と桶狭間山からの東の街道筋に、付け城としての砦を築かねばならない。誰が考えても、そう結論を下すであろう。
「ここの付け城は難儀でございますな」
信定は大高城を眺めながら腕を組んだ。
ぼくは呟く。
「資材の運搬か……」
「その算段は、ハチ(小六)殿が考えておりましょう」
「ところで、ハチはどうしておる」
「カナデの報告によると、緒川城のイヌ(利家)殿の所へ出向いておるようでございます」
「イヌに用があるわけではあるまい」
「はい。おそらく水野信元さまとの、面会に向かったのでは、と」
「そうか」
ぼくは即座に小六の考えが分かった。彼は砦造りの相談に行っているのだ。
ぼくは笑いがこぼれた。五人の仲間は、自らの使命に向かって自主的に判断し、行動するようになってきているのだ。
ぼくたちは再び中島に戻った。
「たとえ、問題があろうとも、ここに、付け城を作らねばなりませぬ」
「そうだな。この地は、要害の地だ。鳴海城に兵糧を入れるには、この道を通らざるをえないであろうからな。とりあえず、鳴海城を兵糧攻めにすることが、肝要になるか」
ぼくはそう言って、北側の丘陵地帯への道を百メートルほど登る。ここは清州から大高城に向かう要の道筋に当たる。鳴海城は真西二百メートルほど先にある。鳴海城を牽制するにも、都合のいい地点である。
「ウシよ、前から考えておるのだが」ぼくは信定を見詰めた。
「ここ善照寺に砦の備えをし、今川との戦いの前線拠点にしようと思うが、どうだ」
「良きお考えでございます。城のごとき、大きな砦にする必要がありますな。ここに砦を築けば、大高城への睨みにもなりますし、中島の砦も造りやすくなり、守りにも役立つでありましょう」
北西へ一キロほど歩く。丹下の地に着いた。熱田から南にほぼ一キロ、南の大高城に数百メートルの地である。ここは敵地に踏み込んだ最初の拠点である。善照寺への資材搬入の拠点にもなるし、大高城への付け城にもなる地点である。だが、この地での砦造りは、仲間全員と考えることにしよう。
今川との戦になれば、桶狭間山と鳴海城の道筋を直径とした半径一キロ半ほどの円形の中で行われることになるのだろう。戦場は狭い。この狭い戦場で、どのような闘い方をすれば、勝利を掴むことが出来るのであろう。
そこから北上し、熱田に辿りついた。三か月振りの尾張の地である。
熱田神宮でカナデが待っていた。
「殿、一刻も早く清州にお戻りくだされ」カナデは片膝を付いてぼくを見上げた。
「帰蝶さまが、そう申されております」
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