28 義父道三救出ならず 帰蝶は何処に 大良河原の戦い



 義父斎藤道三助成のため、信長軍二千二百は、木曽川を船で渡りさらに西に向かう。そして長良川沿いに北上する。帰蝶からの連絡はなかった。小六、カナデは何をしているのだ。いらいらが募ってくる。

 

 大良河原にたどり着いた。

 美濃の軍は山間の戦に強いと聞く。父信秀も生前痛く苦労を強いられている。

 物見の兵が馬を走らせてくる。

「殿、美濃の軍勢が長良川を南下してまいります。その数、千百」

「わが父道三殿はどうされておる」

「稲葉城の北、長良川で、義龍軍と交戦、残念ながら討取られたとの由でございます」

 何故それを先に言わぬ。ぼくのいらいらは最高潮に達した。

「おのれ、義龍」


「殿、義龍の本軍は、こちらに向かって南下してくるに違いありません。どうされます」

 藤吉郎が訊いてくる。

「兵の数は、いかほどであるか」

「総勢、一万七千を超えておるとのことでございます」

 物見の兵が答える。

「一万七千……」

 ぼくの唇が震える。このままでは、父信秀の二の舞になりかねない。


 美濃の先遣隊の騎兵が土埃を上げて現れた。

 まっすぐ突き進んでくる。

「備えよ」

 ぼくは叫ぶ。騎兵は全面に出て、長槍を構え立ち向かっていく。歩兵が続く。たちまち乱戦になった。


 やがて、美濃の騎兵は後退を始める。

 兵力で劣る美濃軍は、義龍率いる本軍を待つつもりのようだ。だが、こちらの出方を虎視眈々と狙っている。

 織田軍団屈指の武闘派森可成が負傷して退いてきた。膝から出血している。ぼくは不吉な予感がした。今まで、このような姿の森可成を見たことがない。


 後方木曽川の方向から、母衣武者が土埃まみれになって飛ばしてくる。そして僕の横迄たどりつくと、馬上から転げ落ちた。

「殿、一大事でございます。岩倉城主織田信安が兵をあげ、清州城を攻撃しております」

 織田信安は父信秀の従兄弟である。信安の正室は美濃斎藤家の出である。彼の行動は、明らかに義龍からの要請があったからであろう。

 今清州城には、利家(犬)、信定(ウシ)と僅かな兵しかいない。宿老たちが屯しているが、何の役にも立たないだろう。


「この戦、これまでである。全軍撤退する。馬廻衆百に鉄砲を持たせよ。われと共に、しんがりをつとめる」

 藤吉郎がぼくが騎乗する馬の轡を取った。

「殿、その役目、われに申しつけくだされ。総大将がしんがりをつとめるとは、前代未聞でございます」

「サルよ」ぼくは笑みを浮かべた。

「おまえには、いつか、しんがりを命じることがあるやもしれぬ。この戦の失態、われの責任である。おまえは、一刻も早く清州に戻り、イヌと共に清州を守ってくれ」


 ぼくは鉄砲隊を二列に配列し、美濃軍に対して銃口を向けた。

「サル、木曽川には、十漕の船と船頭を残しておけ」

「畏まりました」

「早く行け」

 織田軍は、踵を返し、一斉の撤退を始めた。


 美濃の軍はしばらく静観していたが、一斉に矛先を向けてきた。

 敵軍との距離は百メートルを切っている。

「撃て」

 ぼくは大声を上げる。

 

 先頭を切って向かってきた騎兵が、数頭落馬した。

 美濃の騎兵は立ち止まる。


「後退」

 ぼくは叫ぶ。

 鉄砲隊は、麻袋を腰にぶら下げ、鉄砲を両手で抱えて走る。

 美濃の軍は、付かず離れず付いてくる。義龍率いる本軍を待っていることは明らかであった。わが軍が木曽川に到達する前に美濃の本軍が追いついたら、万事休すである。

 ぼくは時々馬を止め、敵軍に向かって発砲する。それで、僅かであるが時間を稼げる。


 目の前に木曽川の白い輝きが見えてきた。

 振り返ると、遠くに旗差物が無数に閃いている。やがて撫子の旗印が一斉にあがった。

「急げ」

 ぼくは掛け声を上げると、木曽川に向かって走った。

 後二百メートル。ぼくは馬を止め、後方に向きを変えた。美濃の歩兵隊が一列に並んで長槍を構え、駈け声を上げながら駈けてくる。陣太鼓が鳴り響く。

 ぼくは仕込んでいた玉一発を発射させた。先頭を走っていた歩兵が崩れ落ちた。


 木曽川に辿り着いた兵から船に乗る。ぼくは川の中に馬を入れ、鉄砲を構えるよう命じる。敵兵が百メートル圏内に入ってきたその瞬間、ぼくは発砲を命じた。ぼくは川中で馬を下り乗船し、発砲に加わる。

 美濃本軍は、次から次と倒れていくが、果敢に向かってくる。

 全員が乗船し、川岸を離れながらも発砲を続ける。


 対岸に辿り着く。

 ぼくは鉄砲隊を再び二列に構えさせ、銃口を対岸の美濃本軍に向けた。

 動静を窺う。


 我が軍本隊をできる限り遠ざけるために、時間を稼がなければならない。

 日が陰り始めた。

 美濃の義龍軍は、木曽川を渡ってくることはなかった。

 日没までに、撤兵していった。

 ぼくは兵と共に携行している味噌握り飯を食った。乾いた喉を川の水で潤す。


 兵と共に、歩いて清州に向かった。

 命は拾った。だが虚しかった。


 帰蝶、小六、おまえたちは、今どこにいて、何をしているのだ。

 ぼくは何度も呟いた。

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