24 戦わずに守山城を攻略する
「殿、早急に手を打たれた方がよろしかろうと、存じ上げます。信行さまが守山城下を焼き討ちにしておりまする」
筆頭家老の佐久間信盛が具申する。
大広間には、左横に帰蝶、右前方に信定(ウシ)が控えている。
信盛は父信秀の子飼いの家老であった。かっては弟信行と行動を共にしていたが、信長が家督を継いでからは、信長に従うようなった人物である。筆頭家老であった林秀貞が村木砦の攻撃の際、兵を引きぼくの意に背いた。ぼくは秀貞の代わりに信盛を筆頭家老に据えていたのだ。
信盛ら宿老たちの前で帰蝶や信定に意見を聞くわくにはいかない。だが心配することはない。帰蝶も信定も機転のきく者たちだ。自分の意見を、伺いという手段を使って伝えてくれる。
「そもそも今度のことは、信光殿の弟信次の行動が原因である。出兵することは良しとしても、その前に信光殿に会っておかねばならぬ」
「殿、おそれながら、信光さまには気を許されぬほうが、よろしかろうと存じあげます。今や信光さまは、殿と対等に渡り合えるただ一人の人物でございます」
信盛は頭を垂れたまま具申を続ける。
「信盛殿、そなたは、何を言いたいのだ」突然帰蝶が口を挟んだ。
「信光殿は萱津の戦い、村木砦の戦い、清州城攻めに、わが殿と命を共にした盟友でありまするぞ」
「ははぁー」
信盛は畳に額を擦りつける。
「まああ、いい。爺よ、これより那古野城に出向き、明日出兵するゆえ、途上で会って話をしたいとわれが申していたと伝えよ」
「信光さまとお会いする場所は?」
信盛は頭を上げてぼくを見詰める。
「ウシよ、どこがいい?」
「守山城に向かう道筋、庄内川を渡った場所がよろしかろう存じます」
「爺、そのように、信光殿に伝えよ」
翌朝早く、ぼくは千の兵を率いて守山城に向かった。
庄内川の対岸には、すでに信光軍が天幕を立て、ぼくを迎える準備をしていた。
ぼくは馬を走らせて庄内川を渡り、天幕に向かった。天幕の前に、信盛が待ち受けている。
ぼくは無言で天幕の中に入った。藤吉郎、利家、小六、信定が続いて入る。
信光は近づいてきてぼくの手を握った。
「信次がとんでもないことをしてしまった。しかも逃亡してしまうとは……」
ぼくは信光を見つめて頷いた。
「わが弟秀考にも非がある」
ぼくはぽつんと言う。
「守山城の兵は、わが兵同然。なんとか穏便にお願い申し上げる。兵たちは勇猛で忠疑心の厚い者たちでござる」
ぼくの手を握る信光の指に力が入る。
「信考殺害については、城内にいるすべての者たちについて、不問とする。勿論信考を誤射した洲賀才蔵という者も、不問とする」
信光はぼくを見詰めて何度も頷く。
「信次の後には、わが弟秀俊を城主とする。城内の者は秀俊を主君と仰ぎ忠義を尽くす」
ぼくはそう言って信光の反応を見た。
信光の顔から笑みがこぼれた。
「承知でござる」
「それでは、その旨をわれと、叔父上の連盟で、文にしたためましょう」
ぼくは信盛に視線を送る。
「その交渉、爺、やってくれるか」
「はあ、身命に代えて」
「ウシよ、文をしたためよ。われと叔父上が署名するゆえ」
「畏まりました」
守山城に着いた。
信行が城の周囲を取り囲んでいた。幸いなことに、戦闘は行われなかったようだ。
守山城は土塁を築いた上に築城されていた。土塁を上がれば、上方から弓矢を射られるだろう。大手門に向かえば、同じように両脇の高台から弓矢を射られるに違いない。同族同志の戦いには、割が合わない。ただ犠牲者が出て、憎しみが増すだけなのだ。
ぼくは信行の本陣に向かった。
信行は腕を組んで、ぼくを迎えた。驚いたことに、その場に柴田勝家のほかに清州の家老林秀貞もいたのだ。秀貞は信行と組んでわれに敵対するつもりか。
「信行、いつまでここにいるつもりか」
ぼくは恫喝した。
「兄上は、今まで何をしていたのですか。悔しくはないのですか。秀考が殺されたのですぞ」
「秀考にも、非がある。主なき城を一方的に攻めるのは間違いだ」
ぼくは勝家と秀貞を見据えた。
二人はぼくを見ているが視点が定まっていない。勝家も秀貞も攻撃には消極的だったようだ。信行一人が戦場を駆け回っていたにすぎないのか。
「信行、ただちに兵を引け。後はわれに任せよ」
「兄上は、どうするつもりですか」
「守山城の兵はわれの兵と同然。和睦する。城主には弟秀俊を据える。秀俊に忠義を尽くすのが、和睦の条件である」
「秀考を殺した洲賀才蔵は、処分するのでしょうね」
「それも、われに任せよ」
信行は勝家と秀貞に視線を送った。二人は表情を変えない。
「勝家、撤兵だ」
信行が金切り声を上げた。
陽が沈んで間もなく。和睦が成立した。
兵三百を残し、ぼくは清州城に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます