14 斎藤利政(道三)との会見 正徳寺



 目を開けると、斎藤利政が対面の座に座っていた。ぼくは徐に立ち上がると、座についた。そして、深く頭を垂れる。

「織田上総介にございます。このたびは、しゅうと様には、尾張においでくださり、初めてご拝顔、かたじけなくお礼申し上げます。おしゅうと様には、麗しき気色のほど。祝着至極にございます」

 ぼくは、林秀貞から教えられた口上をできるだけ低く、ゆっくりと声に出した。


「斎藤山城守じゃ」

 利政は不機嫌そうに名乗った。

 美濃のマムシは、下駄のような顔をしている。目は狸の眼だ。どう見ても、マムシには見えない。


「ところで、婿どの、帰蝶はどうしておる」

「至極、元気にしております。まこと、男のごとき逞しさで、力でわれに勝ります」

「ウム……」

「この場に、共に参ろうと誘ったのですが、断られました」

「何故じゃ」

「帰蝶には、子ができませぬゆえ、美濃に連れ戻されるのではないか、と思案しておるようでございます」


「婿どの、帰蝶をどうするつもりだ。いつ離縁しても構わぬぞ」

 利政は身を乗り出して、ぼくの顔を覗き込んだ。

「まことに、帰蝶は賢きおなごでございます。末永く傍に置いておきたく存じます。ただ、しゅうと様、帰蝶は最近、われに側室を持つように強く言い寄ります。なにしろ、帰蝶には、子ができませぬゆえ」

「ウム……」


「それにもう一つ、困り果てたことが、ございました。帰蝶が申すには、美濃のマムシは、娘婿を殺したことがある、と言い張ります。とにかく、うるさく、ここに参ることに、家来どもと共に猛反対いたしたのでございます。まことに、ほとほと閉口いたしました」

「それでは、何故、われの申し出を受けたのだ」

「われは、しゅうと様に殺されることは、ありませぬ。なにしろ、われには、三百丁の鉄砲がありますゆえ。しゅうと様は、今ここで、われを亡き者にすることは、たやすきことでございます。それと、同時に、われがしゅうと様を亡き者にすることも、至極たやすきことにございます」

 利政は上半身を持ち上げると、ぼくを睨みつけ腰を落とした。

「ここで、われが、討ち取られれば、ただちに、この本堂は、われらの火を噴く二百丁の鉄砲によって、血の海となりましょう」

「ウム……」


「鉄砲は、何丁あるのだ」

「三百丁にございますが、そのうち、百丁は木で作った玩具でございます。尾張には、器用な職人がおりまして、まことにうまく作りよります」

 本当は百丁だから、それでも百丁サバをよんだことになる。



「それで、婿どの、尾張をどう料理するつもりだ」

「まもなく、平定いたしまする。清州の織田大和守らは、ただひたすら、今川義元と、和を結ぼうと企んでおります。今川に従順であれば、尾張は安泰と考えておる愚か者でございます。これからの時代、今までのやりかたでは、生き抜いていけませぬ。一旦、敵の軍門に下れば、それでお終いでございます」

「むこ殿は、今川と戦い続けるというのか」

「はい。必ずや、打ち負かしてご覧にいれます」


「その自信はどこから来るのだ」

「われには、先を見る目がございますゆえ」

「その先を見る目で、今何が見える」

「われの元に、カネが山のごとく貯まっていく様子でございます。これは、しゅうと様のやりようを、真似たものでございます。商工業の奨励、城下町の繁栄でございます」

「貯まったカネで、何とする」

「鉄砲を買いまする。五百、千、二千。これからの戦は、カネの力と、先を見る目で、勝敗が決まりまする。そうそう、長槍を用いる闘いも、実を言いますと、しゅうと様を真似たものでございます。まことにしゅうと様は戦上手でございますゆえ」

 ぼくは利政を一生懸命持ち上げ、気持ち良くさせる。



「酒宴の支度が整いました」

 寺の使用人が、酒肴の膳を運んできた。

 二人の盃に酒を注ぐ。二人は同時に飲み干した。

「しゅうと様、近いうちに、われの戦いぶりをご覧にいれまする」

「それは、楽しみだ」


「われは、帰蝶と共に……、いや、帰蝶と、しゅうと様と共に、三人で天下を取りまする。しゅうと様には、稲葉山城より高い城の天守から、平定したわれらの天と地を見て頂きたく存じます」


 利政は声を出して笑いだした。

 ぼくも負けじと笑った。



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