12 生駒右衛門に会いにいく 



 那古屋城から馬をとばして一時間と二十分。

 ぼくは藤吉郎と小六を伴って、小折の豪商生駒家宗の屋敷矢倉門をくぐる。門内の空き地には、浪人姿の地侍や商人が多数屯している。生駒家は藁の灰を売って豪をなした。一方で馬借(運送業)も営んでいる。その影響もあって、各方面から旅人が集まっていた。

 小六は食客をしていたことがあるという。藤吉郎もここで下働きをしていたという。不思議な縁があるものだ。


 生駒屋敷の主殿への渡り廊下を、生駒家使用人に案内されて歩いていく。

 障子明かりの書院の前で使用人は、片膝をつき、中にはいるように促した。ぼくが書院に足を踏み入れると、羽織長袴の商い人が下座にいて、額を畳に擦りつけた。

「生駒家の主、右衛門にございます」


 ぼくは上座に進み、胡坐をかいた。

「織田上総介信長である」

「このたびの、萱津の戦い、お見事でございました」

「右衛門、もう頭を上げよ」

 右衛門は頭を上げ、上目遣いにぼくを見た。

「ここにおる小六が、生駒家に行けと申すので参ったのだが、ここは、犬山城主、織田信清の領地であるな」

「はああ」

「われが、ここに来たことは、誰にも話すまいぞ」

「おおせの通りに」


 織田信清は、父信秀のすぐ下の弟信康の子である。信長は信清とはいとこの関係にある。信長が、幼き頃からどのような付き合いをしていたか分からないが、歳は信長と変わらないだろう。

 平手政秀の話によると、何を考えているのか、よく分からない人物とのことだった。


「ところで、右衛門、生駒家は美濃と意を通じているということは、本当か」

 右衛門はきつく唇を閉じてぼくを見詰めた。

「心配するな。われも、美濃のマムシの娘を嫁にしておる。美濃と一戦を交えようとは、思っておらぬ」

「じつは、わたしの妹、吉乃が美濃の土田秀久殿に嫁いでおります」

 ぼくは、笑みを浮かべて頷いた。その吉乃、やがて信長の側室になるのだ。

 と、いうことは、後家さんを、側室にしたのか、信長は。もしかして、信長はマザコンだったのか?


「お殿様、今日お出で下さりましたのは、いかなるご用件で」

「それだがな、右衛門、われには、カネが無いのじゃ。貸してくれぬか」

「いかほど?」

「分からぬ。鉄砲千丁ほど、手に入れたいのだ」

「千丁でございますか」

 右衛門、頭を畳みに擦りつけて、唸り始めた。

「いや、五百、……とりあえず、三百で、いい」

「担保、何かございますか」

「担保? なんじゃ、それは」

「もし、お返しいただけぬときに、カネの代わりに、貰い受けるものでございます。右衛門は商人でございます。カネをどぶに捨てるわけには、まいりませぬ」

「担保か……、右衛門、何がほしいものがあるか」

「お殿様の首で、よろしいかと」

 

 ぼくは思わず立ち上がった。

 廊下で控えていた藤吉郎と小六が書院に入ってきた。

 右衛門はぼくを見上げてコトコトと笑い出した。

「冗談でございます。この右衛門、織田信長という人物に惚れ込んでおります。生駒家のすべてを、お殿様にお賭けいたしまする」

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