15 緒川城主水野信元からの密書
斎藤利政との会談をした1553年(天文二十二年)。その年の六月。
真夜中のことである。
「殿、カナデでございます」
寝所の廊下から声がした。
「緒川城からの密書でございます」
「入れ」
ぼくは体を起こし、胡坐を組んだ。
襖障子を開けて、黒装束の忍者が入ってきた。
「緒川城の水野信元様からの書状でございます」
ぼくは書状を受け取り目を通す。
知多半島の東に位置する寺本城を拠点に、今川側が知多半島村木村に砦を完成させたという知らせだった。直ちに救援されたし、と記されてある。
今川との戦況は非常に厳しいものがあった。赤塚の戦いで戦闘を交えた鳴海城の山口父子が、知多半島南に位置する大高城、沓掛城を調略して、今川方に寝返らせていたのである。
今川との戦線上において、信元は信長側の数少ない武将の一人だった。
その居城緒川城が孤立してしまった。寺本城の策略によって、今や那古野城と緒川城とをつなぐ道が閉ざされているからだ。
「イヌとサル、それからハチを呼んで参れ」
「はい。直ちに]
奥の間に寝ていた帰蝶が起きてきた。
「どうされました」
「村木に砦が築かれた」
「水野信元は、敵に囲まれましたか」
「緒川城を失えば、那古野城は裸同然。清州の信友と今川義元の挟み打ちにあってしまう」
「救援に向かわれますか」
「いや、それは無理だ」
「何故でございます」
「宿老たちが、そろって反対するに違いない」
「でも今、緒川城を失えば、尾張は今川の属国になりかねません」
「今川は、そのことを、われら同様心得ているに違いない。きっと、水野に対して今川方に付くように、説得するだろう。時間はある」
利家、藤吉郎、小六が挙って寝所に入ってきた。
ぼくは三人に密書を見せた。
三人は緊張した面持ちでぼくを見詰める。
「萱津の戦いで追い詰めたとはいえ、清州の織田信友はいまだ健在だ。虎視眈々とわが城を狙っておる。いま、那古野城を空にすることはできない。時間が必要だ。イヌとハチは、カナデと共に緒川城に行ってくれ。われからの書状を渡し、水野にこう伝えるのだ。信長は必ず緒川を守る、と。今川の出方を見て、のらりくらりと、時間を消費させるのだ、と。いいか、水野を絶対弱気にさせてはだめだ。二人で力を合わせ、水野を支えるのだ」
「わたしにも、役目を与え下され」
藤吉郎が不満げに言った。
「サルは生駒家に行ってくれ。鉄砲を催促するのだ。いまだ五十丁しか、届いておらぬ。後、百五十丁を一刻も早く届けよ、と、われが強く申していたと伝えるのだ。玉も火薬も、火縄も十分揃えるように伝えるのだ」
夏が過ぎても、村木砦の松平忠茂は緒川城を責める気配がなかった。カナデからの報告によると、ぼくが予想していた通り、今川側に寝返るように使者を送ってくるだけだった。
そして、冬が来た。
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