エピローグ

最終話 “風”と宴と、そして風



 空は快晴。山肌を流れる吹き下ろしの風が気持ちいい。

 つづら折りの舗装された坂道を歩いてくだっていく。歩調はのんびり、周囲はにぎやか。にぎやか、っていうか騒々しい。リュカにナターシャとノヴァ。そして高杉とくれば騒がしくもなろうというものだ。静かなのはアイくらいだ。


 俺たちは連れだって“風”の守護精霊ウェントリアスの祠に向かっていた。

 主だったメンバーを引き抜いてしまっていて、フロントが少々心配だが新しいスタッフの練度は十分というアイの言葉を信じて任せてきた。まあ、大丈夫だろう。なんかあっても急いで戻ればいいだけだ。


 祠に着くと大岩の上でウェントリアスが待ち構えていた。


「あらら、気付いてたのか」

「それだけかしましくしておれば嫌でも気付くわ」


 守護精霊は呆れ顔で、それでも笑ってはいた。


「仰る通りで」

「まことに、賑やかになったものよな」

「迷惑だったか?」


 ウェントリアスは目を伏せて、ふふ、と笑みをこぼした。


「いや、良い。差し赦す。その悪霊憑きも一緒とは少々驚いたがの」


 悪霊憑き。

 高杉のことだ。

 今は制服姿で、


「えらく変わった着心地がするね」


 などと首回りを気にしている。洋風の衣服は幕末にもあっただろうが、着心地はそりゃ違うだろう。ポリエステル100%だからな。


「お主、ついにユーマの軍門に下ったか? それは重畳よな」


 ウェントリアスが面白そうにからかうと、高杉は「ふむ」と頷いた。


「一時的にはそういうことになるかもしれないね。はじめは視察のつもりだったんだけれどね、いっそのこと宿の経営についての知恵をまるっと盗んで――いや、教えてもらおうと思ってね」


 今「盗んで」って言ったよな、お前。


「殊勝な心掛けよな」


 殊勝? そうか?

 けど、


「まあ、エレベーターの動力に高杉の神降ろしは使えそうだったからな。俺としても有難い」


 実際試してみたら意外と良かった。高杉の主な業務はエレベーター係である。問題は代替だいたいが難しい点。とはいえ、うちの宿には替えの効かないものが、者が多すぎるので今更もいいところだが。


「高杉、皇帝なんかやめてウチで正社員にならないか?」

「はっはっは。それはそれで楽しげではあるね」


 冗談めかして言ってみたが、満更でもないらしい。


「僕は珍しいものに目が無くてね。君の宿や、君自身のような」

「ユーマに手を出すなよ、悪霊憑き」

「守護精霊が赦さないかい?」

「いや」


 高杉の挑発をウェントリアスは軽くいなした。


「余だけではないぞ? 周りをよく見るのだな」

「おっと」


 リュカとナターシャ、ノヴァが高杉を左右から睨んでいた。


「駄目ですよ高杉さん」

「ユーマは渡さないデス!」

「おとなしく従業員として勤めていろ」


 高杉からは見えていないだろうが背後にはいつも以上に無表情なアイがいた。無言の圧がすごいな。


「おお、怖い怖い」


 言葉とは裏腹に高杉は滅茶苦茶笑っていた。


「いやはや、このちまたも面白いね。まだ当分楽しめそうだ」

「高杉を楽しませようとは思ってないんだが」

「僕の方で勝手に楽しむから気にしないでくれたまえ」


 目を離すと何をするかわからんから気にしないわけにもいかないよな……。


「いつまで立ち話をしておるつもりか、ユーマよ」

「あー、うん。菓子やら食事やら持って来たんだけど、いいか?」

「差し赦す。余に供えた後に食すがよい」


 というわけで祠の傍で宴会のような状況になった。


 リュカがウェントリアスに恐ろしいほど気安く絡みついたり、ノヴァと高杉が微妙な空気になったり、そんなのをナターシャが上手いこと取りなしたりしているのを眺めている。かなりの量の食べ物を持って来たはずなのに猛烈な勢いで減っている。欠食児童かこいつら。普段からしっかり食事は摂らせているつもりなのだが。


「ご機嫌ですね、ユーマ様」

「そうか?」


 いつの間にか俺の真横に座っていたアイに俺は小さく首を傾げてみせた。


「はい。笑っておいでです」

「笑ってた?」

「はい。とても柔らかく」


 頷いたアイの顔も楽しげに見えた。無表情なのにな。


「ちょっとユーマさん! なに良い雰囲気醸し出してるんですかぁ! 大変なんですからこっちを助けてくださいよ!」

「ナターシャ、うるさい」

「うるさいってひどくないです!?」

「ナターシャさん静粛に」

「ひいっすみませーんっ」


 アイに氷点下の視線を浴びせられナターシャは逃げだした。「大変」な状況の方がマシと判断したらしい。


「ナターシャに怒ってる?」

「いいえ。全く」

「ならいいけど」

「はい。良いのです」


 最初は俺とアイだけ――ああ、「ヤツ」はその前からいたか――だったのに、随分賑やかになったもんだ。


「……今後はどのようなご予定でしょうか? またどこかへ発たれますか?」

「行かないよ」


 アイの問いに俺は短く答えた。

 短すぎるな、と思ってちょっと補足する。


「国家の存亡に関わるような案件も無いからな。ようやく自分のことに注力できる。FC展開の件も、手を付けた以上はちゃんとやらないといけないしな」

「えふしー……ですか?」

「ああ、また今度説明するよ」

「宜しくお願いします」

「こちらこそよろしく」


 すぐったい気分になり、なんとなくアイから視線を逸らした。

 ナターシャと目が合った。


「しばらくどこにもいかないんですね!」

「そのつもりだ」

「私としてはユーマさんがいつも事務所にいてくれれば安心です!」

「そうなのか?」

「同じように思ってるのは私だけじゃないですよ。知ってました?」

「そうなのか?」


 そいつは知らなかったな。

 気が付けば全員がこちらを見ていた。


「そうなのか」


 俺はもう一度呟き、頷いた。

 風がぴゅうと吹いて、少々熱くなった頬を撫でていった。



(了)

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