第487話 軍神


「そっちの君は知っているかもしれないがね」


 と、高杉は俺を三味線のばちで差した。失礼すぎて笑いそうになってしまった。流石高杉晋作。


「少々劣勢なくらいで勝負を投げるような僕だと思ったかね」


 俺は喉を鳴らして唾を飲み込んだ。

 高杉の言に嘘は無い。この男が絡んだ闘争は不利な状況下で行われたものばかりだ。そしてその都度、戦況をひっくり返してきた。


「伊達や酔狂で軍神の異名を戴いているわけではないのだ」

「……軍神とはまた大きく出たものだな」


 俺と違ってイグナイトは高杉の挙げたかつての軍功を知らない。

 だからこそ強気に出れる。


「少々劣勢とか言っていたな? どこを見てものを言っているのだ、軍神とやら」


 うわあ。言うなあ。

 高杉は楽しそうだった。

 視線で先を促されたイグナイトは強い口調で告げた。


「完全に我が方が帝国軍を圧倒しているこの状況で、貴様の話を聞く道理は無いと知れ」


 高杉は嗤った。


「――イグナイト君、だったか。君はまさかこのまま何事もなく勝てるとでも思っているのかい?」


 深すぎる闇の底に溜まった汚泥のように、絡みついてくる笑みだった。

 俺はこういう笑い方をする者を知っている。


(ほう、誰じゃな?)


 ……お前だよ!


 高杉晋作はミラベル・アンクヤードに近いところがあるのかもしれない。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る