第384話 やりたいこととやらなければならないことは違う

 物凄く長い時間、アイの頭を撫でていた気がするが、実際にはそれほどでもない、はずだ。俺が手をどけるとアイは上目遣いで僅かに俺を見た――というか睨んだか? だがすぐに会釈の姿勢からぴしりと音のしそうな直立不動の待機姿勢へと居ずまいを正した。


「ユーマ様が御留守おるすにしていた間の出来事を報告させていただきたく存じます」

「ああ、俺も話さないといけないことがある」

珈琲コーヒーを淹れます。お掛けになってお待ちください」


 アイに言われるがまま事務所にある俺のデスクチェアに腰を掛けた。異世界こちらではありえない素材と構造が俺の体重を受け止める。王宮のソファを除けばそこいらの椅子とは段違いの座り心地だ。


「どうにか量産できんもんかね、コレ。ひと稼ぎできそうなもんだが」


(そんな呑気に構えてはれまい)


 俺のうちで「ヤツ」がクク、とわらった。

 そうなのだ。

 宿泊業はともかくそれ以外の事業に手を出している場合ではない。

 喫緊きっきんの課題があるのだから。

 

「お待たせしました、ユーマ様」


 アイがするりと横にやってきて音もなくマグカップを置いてくれた。

 気配も足音もないので若干ビビりつつ「ありがとう」と礼を言った。

 アイは俺の脇に立ったまま、待機の姿勢。


「あー、話がしづらいから座ってくれないか、アイ」

「宜しいのですか」

「宜しいですよ」

「……では、失礼します」


 アイはそっと俺の膝の上に座った。うん、そこじゃないぞ。


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