第290話 獣人は本領を発揮する

「クラリッサは壁に背中を付けて動かないようにしてるデス!」

「あっ、ああ」


 アタシはリュカに指示されるがまま従った。

 壁を背にしたアタシの前に仁王立ちするリュカ。

 そこにいるのは可愛いいつもの小さな獣人とは別のナニかだった。


 尋常ならざる圧力。


 目の前に立たれるだけで恐怖を喚起させるソレは、小さな、とても小さな背中を何倍にも大きく見せていた。


「ケーコクするデス。ここで退くなら何もしないデス。そうでないなら」


 リュカの警告を遮って、男のひとりが叫んだ。


「奴隷風情が! 調子こいてんじゃねえぞ」

「ジブンはドレイじゃないデス!」

「うるせえガキが! ぶっ殺してやる!」


 男たちは得物を抜いた。刃物、鈍器。弓までありやがる。 


 対するリュカは「ケーコクはイチドでジュウブン。聞き入れないなら倒してイイ。ただしコロすのはダメ……デスネ」と呟いていた。たぶんチビ女アイの教えだろうなコレ。


「やっつけてやるデス!」


 リュカの宣言した直後、誰もがその姿を見失った。

 刹那。

 影すら残さずリュカは一人目の犠牲者の首筋に絡みついていた。


「にゅっ!」


 グギ、という嫌な音を立てて男の首が回り倒れる。その背を蹴って次の獲物へと向かうリュカ。


 更には、


「うわああああっっ!?」


 そらからデュワンゴシュラが降って来た。着地のついでに弓を持った男を踏み潰す。


「シュラ! 殺しちゃ駄目デスヨ!」

「ばうっ!」


 あっという間の出来事にアタシは何もできなかった。というか、する必要さえなかった。リュカたちはほんの僅かな時間で制圧を完了していた。


「クラリッサ! 早く行くデス! アイに『メンドーゴトになったらソクザに逃げなさい』って言われてるデス!」


 小さな手に引かれ、アタシは走り出した。

 ……あのチビ女、先見の明ありすぎでは?

 そんで、


「この強さでも塔の宿あそこじゃあ最弱とか……どういう魔窟なんだ。あ、いや、宿屋か。宿屋か!?」





 ――今日、この日こそが、後に奴隷を含む獣人全てを率いることになる“獣之姫”と、大陸最大規模の商家を一代で築くことになる“流通女王”の伝説のはじまりではあったのだけれど、そこへ至るのはまだまだずっと先の、別の話だったりする。

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