第273話 商人は己の未熟を恥じる

 このジイさん、喧嘩売ってやがんのか?


「いや、アタシはただ単に値段交渉をしようとしてるだけなんだけど?」


「何のためにかね?」


 何の、って言われても、そりゃあ――

 アタシが一瞬口篭もると、ジイさんは言葉を続けた。


「誰のため、と言い換えてもようかろう。この取引の買い手は誰じゃね? そして売り手は誰か?」

「リュカとジイさん、だろ」

「然り。然り」


 とジイさんは二度頷いた。


「双方が納得している取引に、何故なにゆえお嬢ちゃんが頼まれてもいない値引き交渉をしようとするんじゃな?」

「そんなもん、ちょっとでも安く変えたほうがいいに――」


 ――決まってる。と言おうとしたアタシの手をリュカが握ってきた。

 リュカの方を見ると、眉を下げて首を振っている。

 こんな顔ははじめてみる。

 いつも笑っている子だから。


「そちらのお嬢ちゃんは金額にもしなにも満足しておるし、ワシもその値段はイロを付けたつもりじゃ。だのに、ひよっこのお嬢ちゃんは一体何の権利があってお嬢ちゃんの商い楽しみの邪魔をしようとする? ん?」


 ――自己満足、なんだろうな。

 言い訳になるけど、アタシは商人だ。

 だから買える物はちょっとでも安い方がいい、とずっと思ってた。思い込んでた。


 買い手と売り手が満足して妥結だけつしたなら、アタシはしゃしゃり出るべきじゃなかった。そういうことだ。


「悪かった」


 アタシは素直に頭を下げた。

 ジイさんに対してだけじゃなく、リュカに対しても、だ。


「ほう」


 ジイさんが唸る。


「素直に過ちを認められるとは。その点はオヌシの美徳じゃのう」


 あたしもままだまだ未熟者だ。

 修業が足らねえなあ。

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