第142話 魔法使いの日課
湯沸かし職人――つまり私の朝は早いのです。
朝起きると、まずは預かっている鍵で幾つかの扉を開けて屋上に向かい、その後、貯湯槽に触れて
貯湯槽にくっついている湯温計の数字が60を超えたところで魔法を止めました。
これが毎朝の私の仕事なのです。
その後、自分で沸かした湯でシャワーを浴び、身支度を整えて、一階へ。
従業員用のドアから事務所に入ると、。
「おはようございま――」
ユーマさんがデスクに突っ伏して眠っていました。
「また寝落ちですかね」
起こしてしまいわないようにそろそろと近付き、肩に毛布をそっと掛けます。
ユーマさんは変な人です。
私やアイさん、リュカちゃんには客室を私室として与えておきながら、自分はずっと事務所脇の仮眠室で寝泊まりしているんですから。普通、自分が一番上等な部屋を使うと思うのですけれど。
それから、給金の払いはすごくいいです。絶対に払い忘れもないし、約束通りかそれ以上の金額を渡してくれます。その上、朝ごはんも仕事中じゃなければ適宜食べていいと言われているのですから。
そんな厚遇で私たちを雇っておきながら、本人は贅沢らしい贅沢をしていません。少なくとも私にはしているように見えないんですよね。ここのところ
「変な人だけど、得難い人ですよね」
奇跡的にユーマさんと出会えたことは私の人生最大の幸運かもしれない。
そのユーマさんの背後を忍び足ですり抜けてフロントへ。
フロントにはアイさんがいました。毎日当たり前にいます。
顔に営業用スマイルを張り付けて一分の隙も無い立ち姿。
フロントスタッフの鑑だ。
「おはようございます」
「おはようございます、ナターシャさん。――今日はお休みでは?」
「あっ」
日課の湯沸かしがあるものだからこういうこともままあります。
「休日出勤は非推奨です」
「アッハイ。ところでユーマさ……支配人、またデスクで寝落ちしてましたよ」
「ありがとうございます。アイが後程、仮眠室に運んでおきます」
「はい。じゃあ、私はこれで」
仕事するつもりだったので急に暇になってしまいました。
たまにはこんな日があってもいいかな。
と思える程度にはこの暮らしに馴染んでいる私なのでした。
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