第115話 宿泊業とは超短期賃貸業である、だけではない

 アイの手にかかればごろつき程度楽勝だ。

 今日は珍しく相手の勢いを利用して、投げて、転ばせ、関節を決めている。

 制圧はあっという間に完了した。


「今日はいつもとちょっと違ったな」

「省エネ稼働を心掛けておりますので、ユーマ様」

「それは素晴らしい。で、だ――」

「ひいっ」


 残ったのは数名の宿屋の主人たちは怯えて後ずさった。

 自分たちが始めたことだろうに。

 何を今更。


「逃げられるとは思わないことだ」


 目にも止まらぬ疾さでアイは連中の後ろに回り込んでいた。

 前門の、後門のアイ


「俺のターンだな」


 などとカッコをつけてみたものの、どこまでも面倒臭い。

 何故に俺が年長者に説教しないといけないんだ。


「鬱憤晴らしも結構だが、あんたたちはやるべきことをやっているのか?」

「なんだと!?」

「集客のための努力だよ。接客を改善するとか、料金を見直すとか、設備面の瑕疵を改修するとか。ごろつき雇う金があるならそっちに使えよ」


 それらは最低限やっておくべきことだ。


「宿泊業は部屋を貸すだけの仕事じゃない。立地、施設、食事、諸々含めたトータルのサービスを提供する仕事だ。あんたらにはその理解が足りない」


 だから後発の、しかもクソみたいな立地のホテルに客を取られるんだ。


「差別化しろ。立地の良さだけに甘えるな。あんたらの宿は立地以外にメリットないのか? 他人に嫉妬している暇があった知恵を絞れ。この町を出入りしている人間の数は十分だ。それなのに集客できないのはあんたらの宿に魅力がない。そうじゃなければ魅力がきちんと伝わってないからだ。わかったらとっとと帰れ! 今日のことは見逃してやるから!」


 向こう側でアイが拍手をしてくれた。パラパラと。

 以前に泊った宿屋の老人は膝から崩れ落ちた。


「行くぞ」

「はい。ユーマ様」


 その時だ。


「お待ちくだされ」


 老人が言った。


「ワシらに宿のイロハを教えてくだされ。この通りです」

「うげぇ」


 やだよめんどくさい。

 俺は自分のところで手一杯なんだぞ……。

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