第92話 “風”の気分は移ろいやすく

 “風”の守護精霊ウェントリアスがどうして話を聞く気になったのかはわからない。「ヤツ」がきっかけなのか、他に理由があるのか。わかっているのは今それを詮索しても意味がない、ということだけだ。


「基本的にはさっき言った通り、宿の件と道を通す件について承諾いただきたい。その上で――」


 一息。

 ウェントリアスは俺を見ている。俺も視線を外さない。


「――ウェントリアスの祠への参拝が可能なように周辺を整地したい」

「ほ!」


 と声を上げ、ウェントリアスは目を丸くした。


「この祠と貴女の存在を二度と忘れさせないことを約束する」

「ユーマの名において、かや?」

「今は単なる宿屋の亭主だが、俺の名において」

、かや。将来さきに期待せよと申すか」


 どうだろうか。現時点でホテルの稼働率は0%だ。これから先の経営に勝算が無いわけではないが、実績の無い状態では空手形でしかない。

 だが、


「ユーマ、ひとつ条件をつけさせてもらおう」


 と、ウェントリアスは人差し指を立てた。


「俺にできる範囲のことであれば」

汝等うぬらのいずれかが余の元に日参にっさんせよ」


 ……ん?

 俺は確認をする。


「毎日誰かお参りに来い、って意味で合ってるだろうか?」

「うむ。それで合うておる」

「では確かに承った。滅するとか言ってた割には急に甘い条件で驚いている。理由があれば聞かせていただきたいものだが」

「気分」


 気分て……。


「まずはうぬの死臭の元が知れたこと。そして汝の傀儡くぐつの忠心が気に入ったこと。更には汝自身も面白そうであること、かの。汝に悪気はなかった。全ては“冥府の窓”が悪い。そういうことであれば余は汝のとがを赦そうという気になったのよ」


「ありがとう」


「ヤツ」は異論反論ありまくりのようだが、今は黙っていてもらおう。

 折角円満解決なんだから。

 とか思っていると、アイが挙手した。


「日参に伺うのはアイでも宜しいのでしょうか?」

「差し赦す。余は汝が気に入った」

「おそれいります」


 やれやれ。

 これで一歩前進、か?

 一歩下がって一歩進んだだけで、全く進んでない気もするが。

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