第75話 勇者はきっと義理堅い

「素晴らしい客室だった。我が目を疑いたくなるほどに」


 俺の問いかけに、赤の勇者は正直な感想を述べてくれた。


「全ての客室があの水準なのか」

「そうだよ。そうじゃなければおかしいだろう」


 ビジネスホテルというのはそういう風にできている。

 全てのお客様に過不足の無い標準スタンダードなサービスを提供するのがビジネスホテルだ。

 そんな概念、異世界こっちにはないだろうが。


「赤の勇者ノヴァを見込んで頼みがある。このホテル宿屋にシュトルナントカ王国」

「シュトルムガルド王国です、支配人」


 アイが訂正してくれた。そうそうそれそれ。


「シュトルムガルド王国として営業許可を与えてくれ」

「営業許可だと?」

「ここで宿屋をやることを国として認めてくれ、って話だ」

「こんな辺鄙な山中に客が来るとでも?」

「それは経営者の考えることだ。アンタは許可を取ってきてくれればそれでいい」

「私が貴公の頼みを聞いてやる義理がどこにある?」

「義理かあ。あると思うぞ。みっつばかりな」


 俺は人差し指を立てた。


「ひとつ、ただの宿屋に難癖付けてきた横暴な勇者に殺されかけた」

「くっ」


 中指を立てる。


「ふたつ、負傷の手当をしてやった。殺されかけたにもかかわらず」

「ぬっ」


 最後に薬指。


「みっつ、この落とし物、アンタのものじゃなかったっけ。返そうか?」


 アイが虚空に手を突っ込み、赤い刀身の魔剣を半分だけ出してチラ見せした。


「それは私の!」

「以上。義理は十分以上にあると思うんだが、勇者殿?」

「くっ……」

「そんな顔すんなよ。差し当たり魔剣は返すよ。アイ、出してくれ」

「……」


 つい、とそっぽを向いているアイ。

 こらこら。打ち合わせと違うことするなよ。


「アイ」

「……どうぞ」


 アイは虚空から抜き放った魔剣を器用にくるりと回し、握りグリップをノヴァに差し出した。無表情なのに物凄い嫌そうな顔してるのが分かるのはなんでなんだろうか。


「感謝する。貴公、私がここで斬りかかるとは思わないのか?」

「まさか赤の勇者殿がそんな卑劣なことをするわけがないだろう?」


 俺がそう言って笑うと、ノヴァは諦めたように吐息した。


「わかった。私は王都に戻り事の次第を報告する。貴公にとって良い結果を持ち帰れるよう努めるとしよう」

「よろしく頼む。王都までは付き合えないが麓までは送るよ。用事もあるしな」

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