み・てそろ

吾野 廉

午前一時のラブレター

 伝えたい気持ちがあふれてどうしようもなくなるのは、たいてい、日付を超えて少し経ったころだ。あくびをかみ殺しながら予習をしているとき、ふと、気になるあの子のことを思い出す。

 エレクトーンしか弾いたことないのに、合唱コンクールでピアノ伴奏を任されたあの子は、ペダルが上手く踏めなくて苦戦していた。課題曲は彼、自由曲は私が伴奏することになっていた。

 シタゴコロなんてないよ、ただもどかしいだけ。そう、自分に言い聞かせて、私はあの子をお昼休みの音楽室に誘った。

 

 ずいぶん昔から、彼を見てきた。それこそ、ベースに足が届かないくらい小さいころから。ステージの上で、器用にたくさんの鍵盤を鳴らすあの子は、どこか大人びていて格好良かった。彼と一緒に弾いている知らない女の子を見て、幼いながらに、あの場所をとって代わりたいと思ったりした。

 でも、残念だけど私はピアノしか弾けない。あの子はむかし、

「エレクトーンが弾けてもピアノは弾けないけど、ピアノが弾けたらエレクトーンも弾けるでしょ」

 と言った。私もそのときは、そんなもんかなと思った。そうじゃないことは、もう少し大きくなってから知る。あのころの私はやっぱり、ペダルに足がつかないくらい小さくて、彼は同い年にしては聡明すぎるほど聡い子どもだった。

 

 ピアノを弾くには、それ用の力がいる。キーボードに慣れ親しんだ人が弾くには、ピアノの鍵盤は重たい。ペダルも、コツをつかまなければ正しく音が響いてくれない。私が何気なくできることが、彼には難しい。それは、珍しいことだった。

 私の見ていたあの子は、となりを歩いていても、いつも二歩も三歩も先を行っているような気がしていた。あの子はどんどん背が伸びて、歩幅も大きくなっていくのに、私はちびのまんま、歩幅の差の分だけ、取り残されていく。置いて行かれる。

 一緒にピアノの練習をしたあの時間、彼はいつもの遠いところから、私のとなりまで戻ってきたような気がした。なんにも知らないで、園庭でかけっこをして、つかまったらあっかんべえをしていたころに、ちょっとだけ戻ったような気がした。


 だからかもしれない。その夜、明日の英語の予習をしながら、ラブレターを書こうと思った。時刻は午前零時を少し過ぎたころ。

 うすいピンクのレターセットを引っ張り出して、できるだけ丁寧な字で書いた。ぐだぐだした前置きなんていらない。大きな便箋にただひとこと、

「ずっと前から好きでした」

 とだけ。その「ずっと」が、どれくらい前なのかさえ書かない。でも、片手の指じゃおさまりきらないくらい長い年月、あなたのことが好きでした。

 大胆な手紙を書いたわりに、振られてもいいかな、なんて思っていた。私の中で告白とは、相手に同じ気持ちを求めるものというより、自分の中で抱えきれなくなった想いをぶつけて、すっきりするための行為だった。

 

 この後も、別の人に二回ほど、同じようにラブレターを書いた。封筒を閉じるのは、決まって午前一時。

 このやり方がうまくいったことは、一度もない。

 振られてもいいだなんて、そんなわけないじゃない。

 真夜中にラブレターなんか、書くもんじゃない。


【完】

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