第928話 空兵部隊

天翼族ユームズが他の種族の街に住み暮らしている事自体はそう珍しいことではない。

彼ら自身の主神、空の女神リィウーの教義とはまた別の、他の種族達に布教するための多神教の教え、いわゆる複音教会ダーク・グファルグフ の聖職者達が、青空学校とセットで他の人型生物フェインミューブの村や街に居着くからだ。


だが彼ら……いや比率的には彼女らの方が正しいだろうか……彼女らは街に教会を建てても決して市井に暮らしているわけではない。

教会があるのは大概町外れだし、清貧を旨として質素な生活を営んでいる事が殆どだ。


空を飛ぶ事も禁じられ、天翼族ユームズらしきことは何一つできず、それでも熱い使命感と信仰心に突き動かされて各地へと布教に散ってゆく。

それが天翼族ユームズの生き方である。


アルザス王国の王都ギャラグフでも天翼族ユームズの教会は町はずれにあったし、そこの修道女リムムゥもまただいぶ質素な暮らしをしていたはずだ。

あれと同じである。


だがクラスク市での彼らは違う。

郵便配達員などの特定の職業であれば空を自由に飛ぶ事が許可されており、その特性を存分に生かす事ができる。


やり甲斐があれば当然やる気も出てくる。

この街の為に一肌脱ごうという愛着も湧く。


そんな時に起きたのが……あの魔族襲来だったのだ。


天翼族ユームズ達は皆自宅や教会の中で息を潜めあの襲撃をやり過ごした。

争いごとを嫌う彼らが兵士として雇われることはなかったし、聖職者として治癒の奇跡を扱える者はいたけれど魔族どもの待つ戦場に彼らを放り込むわけにもゆかなかったからだ。


結果として天翼族ユームズ達の間には『自分達はこの街の危難に際しなんの役に立たなかった』というある種の劣等感や悔悟のようなものが生まれ、それが彼らを空兵部隊へと集わせたのだろう。


とはいえ天翼族ユームズたちはそのままでは空戦の用に立たぬ。

なにせ彼らは己の身を極限まで軽くすることで飛行能力を得ている。

つまり体重が軽すぎるのだ。

ちょっとガタイのいい相手にぶつかられでもされたらそのまま骨折して地面に落下しておしまいである。


その上彼らは軽さを武器に飛行するがゆえに重い武器も扱えない。

つまり戦闘能力的にはあまり期待できないのだ。


そんなわけで空兵隊の主な構成員である天翼族ユームズは兵力としてでなく主に索敵・伝令・手当・治療などを担当してもらうことになった。


以前述べた通り天翼族ユームズは聖職者としての資質に優れており、修行次第で神の御業である奇跡の力を発揮できる者が非常に多い。

ゆえに空兵隊の者達は皆教会で修業を受け、可能な限り聖職者としての力を身に着けてもらっていた。


兵力として考えれば力不足でも、戦場のどんな場所にでも空から即座に駆けつける事ができる治療部隊、と考えれば街全体の継戦能力を大幅に高めてくれるのは間違いない。

それだけでも導入に力を入れる価値があるというものだ。


そしてこの空兵部隊の目玉が竜……ドラゴン達である。


魔族襲来の際に人型生物フェインミューブに協力し、各国の外交官たちを守ったということで銀竜クィルは多くの国に認められ、彼女の具申した意見は幾度かの折衝と修正の末この地方で採用された。


すなわち人を無闇に襲わぬ竜種と人型生物フェインミューブとの共存が始まったのだ。


とはいえこの地方の人型生物フェインミューブ達の

竜種に対する偏見と恐怖は未だ根強い。

法で守られるようになったとはいえ竜が迂闊に街に近づけばパニックと排撃の動きは避けられないだろう。

ゆえにしばらくは許可された竜種といえど街には軽々に近寄らないようにして、信頼の醸成に努めることとなった。


ただ、クラスク市は別である。


クラスク市の住民はクィルによって直接救われており、その信頼度や好感度が高い。

彼女が守ったのが各国の外交官たちであるというのも加点が大きかったようだ。

ゆえに竜種を街の兵力として採用することに関しても反対の声は少なかった。


まあこれに関してはクラスク市の場合『竜と言ってもあの赤竜よりは弱いんだろう? ならいざとなったらクラスク様がなんとかしてくださるさ』という絶対の信頼感があってこそではあるのだが、クィルの場合そこまで見越しての画策だったのだろうから、彼女の作戦勝ちと言えるだろう。


ともあれクラスク市には戦力として竜種を雇う準備が整えられ、結果クィルの他に二頭ほどの竜が採用された。

それが今彼女の横にいる二頭である。


この二頭はまだ若者で、年齢的にも実力的にも竜種の中ではまだまだ力不足な面子である。

だがそれはクラスク市にとってはむしろ好都合であった。


なにせ巨大で強大な竜など雇って街の近くにをのし歩かれでもしたら往来の隊商たちが恐怖でおののきあることないこと他の街で喧伝しかねない。

また相手が大きくなれば当然その実力も強大となり、支払う報酬もそれなりに色を付けなければならず、財政的のもあまりよろしくない。


一方で若く小さな竜ということであればサイズ的にも警戒感を(比較的)抱かれにくいしマスコットとして売り出すことだってできる。

渡す報酬もその分少なくできるため財源的負担も少ないし……なにより、小さく若いといっても竜種のそれも真竜ドラゴンであることには違いないため、既に十分強いのだ。


なにせ彼らには強靭な爪も牙もあれば堅牢な鱗も生え揃っているし、空兵団の名に相応しくその羽で空を飛ぶこともだってできる。

さらには射程こそ短いものの≪竜のの吐息≫すら吐く事ができるのだ。

戦力としては申し分ないだろう。


また竜種にはもう一つ非常に大きなメリットがある。

である。

簡単に言うと野生の動物などが他の強い獣……捕食者などの臭いを嗅いで怯えて逃げ出す、あれと同じである。


ただ熊や狼の比ではない。

なにせ竜である。

年経るごとに巨大化し、様々な特殊能力とその血に流れる魔導術を操る化物で、この世界の頂点捕食者。


神性と呼ばれる神様やがこの地上世界とは異なる世界の住人であり、『化身』などの手段を取らぬ限り直接物理的なアプローチができぬ以上、年経た竜はこの世界に於いて最強の存在と言っていい。


ゆえに竜の臭いは獣どもだけでなく多くの怪物どもも警戒する。

理性がなくともその直感で、理性が在ればなおのこと、これは危険だと悟り警戒し近寄らぬわけだ。


言ってみれば番犬のような役割である。

いてくれるだけで防犯…もとい防衛の役に立つわけだ。


そしてこれもまた竜の年齢にあまり影響されぬ。

臭いだけで相手の年齢がわかるわけではないからである。


まあそんなわけで、竜を防衛力として雇うのは十分理に適った選択なのだ。

まあ継続的に雇用できるだけのそれなりの財源が必要なのは言うまでもないけれど。


一方でこれは若竜達にもメリットがあることであった。

若き竜は財宝の収集欲を抑えきれず、親の宝の山では我慢できなくなって己の財を求め独り立ちする。

だが若いうちは成竜たちの広大な縄張りを避けながら小さな巣穴を維持するのが精いっぱいで到底財宝のねぐらなど作れはしない。


そんな彼らにとってただ街の周りを見回っているだけで金貨をもらえるクラスク市の空兵部隊はなんともありがたい財貨の収集先なのである。


「あとは彼らにも相応しい乗り手がいてくれればいいんですが…」


とはクィルの弁。

だがこれが存外に難しいらしい。


竜に騎乗する戦士を竜騎士と称するが、その有り様は通常の騎士とはだいぶ異なる。


通常の騎士は馬に乗る。

騎乗する戦士だから騎士なのであって、これは当たり前だ。


だが騎士は馬が乗り替わっても騎士である。

無論自分の愛馬は大切にするし、失えば慟哭するだろうけれど、それはそれとして別の馬に乗ればそのまま騎士を継続できるだろう。


だが竜に騎乗する、というのはそうではない。


飛竜ワイヴァーンのような知能の低い竜種を調教して騎乗する場合ならそれでもいいかもしれない。

実際他地方にはそうした飛竜騎士も存在するらしい。


けれど竜の中でも真竜ドラゴンは別だ。


彼らは高い知性と理性と判断力を有している。

そしてとてもプライドが高い。


ゆえに誰でもいいから乗せてやる、というわけにはゆかぬ。

言ってみれば騎士が名馬を選ぶように、竜が良き乗り手を自ら選ぶのだ。


これが竜騎士の難しいところで、そしてほとんど存在しない理由でもある。

気難しい真竜ドラゴンどもはなかなかに己の乗り手を選ばぬし、また仮に誰かを気に入って乗せたとしても、今度はその騎手を失ってしまった時新たな騎手を受け入れなくなってしまうからだ。







それだけにクィル以外の竜達の乗り手選びも慎重にならざるを得ず、結果こうして未だに乗り手なしのままでの運用がされているわけだ。







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