第924話 新たなる街
アルザス王国との和議が成った。
詳しい話は後で述べるとして、ともかく王国から討伐軍が派遣される危険が去った。
そうなるとある需要が発生する。
中継用の『衛星都市』の需要である。
クラスク市はアルザス盆地の南西部に位置し、そこから周囲を開拓し耕作地を広げていった。
街の城壁から周囲を見下ろせばチェック柄に区切られた畑と牧草地が一面に広がっている光景が見渡せるはずだ。
以前述べた通りクラスク市はオーク族の縄張りの内でオークの襲撃を恐れ放棄されていた街道を整備し、大きな十字路へと変えた。
そしてそのど真ん中に村を造り上げた、
いわば意図的に生み出された交通の要衝であり、東西南北の街道それぞれに強い需要がある。
北はエルフ達の住む横森、そこからさらに北に向かえば防衛都市ドルム。
かつて魔族どもの巣窟だった
これまで我慢我慢の生活が続いてきた反動か蜂蜜などの嗜好品の需要も高いようだ。
西は
クラスク市とは早期から交易を行っていた国も多くあり、また規模は少ないながらも多くの種族の多くの国があるため多様な需要が控えており、この地方にしては珍しく様々な種族を抱えるクラスク市にとって途切れぬ交易のあるお得意様である。
南は軍事大国たるバクラダ王国。
バクラダは国の方針として北進を求めているが、現状その進捗は芳しいとは言い難い。
領土を北に拡げるためには五十年前と違ってクラスク村のある
クラスク市の勇名は今やこの地方中の各国に響き渡っており、現状バクラダはそれを無視して圧し潰すだけの大義名分を得られていない。
秘書官トゥーヴを利用したアルザス王国侵略計画は、少なくとも一時的に凍結されたように見える。
一方で北の国々と交易を行う際彼らはクラスク市を通過する街道を必ず使わざるを得ず、また大国であるがゆえに高級品や嗜好品の需要も高く、クラスク市との直接的な取引も多い。
バクラダとの交易はクラスク市を経済的に大いに潤していると言っていいだろう。
バクラダ王国領内にあってクラスク市の直近の街であるモールツォの太守がクラスク市びいきなのも大きい。
そして……東の街道の先にはアルザス王国最大の街、商業都市ツォモーペがある。
ツォモーペはかつてこのアルザス盆地全土が未だ瘴気に汚染されていた頃最初期に入植が行われた土地であり、クラスク市近辺を除けば現在は国内でもっとも瘴気が浄化されている土地でもある。
穀物はよく育ち、領主である財務大臣を兼任しているニーモウ伯爵の方針から商業も盛ん。
その結果人口も多く文化も栄え、クラスク市に追い越されるまでは錬金術などの技術方面でも他の街よりだいぶ進んでいた。
太守ニーモウがそうしたことに理解があり出資し研究させていたからである。
そうした先見性もあってクラスク市の発生と発展に最も興味を抱き調査していたのはこのツォモーペであった。
それは無論アルザス王国で最も発展している街として、高い品質とそれに不相応な手頃な価格で商品を輸出してくる事に危機感を抱き警戒していた面もあるけれど、財務大臣ニーモウは斥侯達の報告を聞いてすぐに態度を翻した。
『これは喧嘩するより仲良くする方が得だぞ』と。
クラスク市の発展の仕方。
その方針。
そしてその指示を出している街の首脳陣。
それらを考え合わせると、どうやら彼らはアルザス王国への敵対ではなく、かといって恭順でもなく、対等な立場での交渉を求めているように思える。
それならば下手に邪魔や妨害を仕掛けるよりも立地を活かして普通に交易を行い経済的利益を得つつそのノウハウを吸収して彼らの技術品質に追いついた方がよほど自分の、そして自分の領地の為になる。
これがニーモウの判断であった。
ただし彼は己の自説を強行に主張し秘書官トゥーヴと宮廷で事を構えるつもりは毛頭なかった。
秘書官トゥーヴの出身は比較的小さな国で、そこはバクラダ王国と国境を隣接させている。
バクラダ王国に逆らうということは、彼の故国がいつバクラダに難癖をつけられ攻め滅ぼされてもおかしくはないということだ。
ゆえにその秘書官は常に追い詰められた状態であり、全力で己の論を主張するし歯向かう者には噛みつかんとする。
そんな相手に真っ向から立ち向かうなど愚か者のすることだ。
ゆえにニーモウはトゥーヴを暴走させぬようたしなめつつ正面から対抗はしない。
ただその陰で自分の街にはしっかりとクラスク市と交易させ利益を得てきたのである。
さてそのアルザス王国とクラスク市との間に和議が成立した事で彼の領土の首都であるツォモーペは大手を振ってクラスク市と交易できるようになった。
まあ元から割と堂々と隊商を行き来させていたのだけれどそこはそれだ。
さて、クラスク市はこれまで衛星村を街の北部に造ってもそれ以外の方向に造ってはいなかった。
西部はそもそも街自体が丘陵地帯とほど近く中途に街を造る意味が少なかったため。
南部は仮想敵であったバクラダが控えていたこととそもそも花のクラスク村がある
そして東部は財務大臣たるニーモウの伯爵領が広がっており、下手に街を造ると戦を仕掛けられる要因…大義名分とされかねないため、である。
だがその理由は今や撤廃された。
互いの領土が開拓した畑はどんどん広がり……特にクラスク市側の拡張具合は凄まじく。かつてキャスの旧友ギスクゥ・ムーコーがアルザス王国王都ギャラグフを追われ野盗どもに襲撃された辺りのかの荒れ地も、今やすっかりチェック柄の畑地と化してしまっている。
そうなるとその近辺の穀物や食肉などを保管し、あるいは輸送するための中継点が必要になる。
つまり衛星都市だ。
クラスクはそこに街を造ることを決め、そしてその街の支配者として己の右腕を指名した。
それがオーク大隊長たるラオクィクである。
そしてこれまでの彼の功績を認め、クラスク市の開拓地、その東部たるニーモウ伯爵領と隣接する地域を彼の所領として認めたのだ。
つまりラオクィクははその街の市長……規模的にまだ町長だろうか……となり、同時にその近辺の土地を修める領主となったのである。
× × ×
「いやマジで困った領主様のすることなんてさっぱりわかんねー」
「普通の貴族の場合女性が政治に参加することは少ないですけどね」
「なんだそりゃよかった。じゃあ後は任せた」
「ナンダソリャヨカッタ。後はマカセタ」
「貴方が任されてるんです、ラオ」
「マジカー」
がっくしとテーブルに突っ伏すラオクィク。
彼はこれまで頭を使う話のほとんどをクラスクに任せ武力一辺倒でここまでのし上がってきたため、政治関連にはからっきしなのである。
まあオーク族としては指揮能力はだいぶ高い方ではあるのだが。
「まあ女性が参政しないというのはあくまで一般的な話で、この街でまでそうでなければならないということはありませんが…」
「ソレ助カル。色々手伝ッテクレ」
「はいはい。どうせそうなると思ってましたし」
「つーかそれ込みの采配だろこれどう考えても」
泣きつくラオクィクに嘆息しつつ受け入れるエモニモ。
そしてゲルダのツッコミ。
今後も苦労は絶えないだろうけれど、なんのかんのでこの街も発展していきそうである。
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