第868話 (第十九章最終話)抗う力
「うおおおおおおおおおおおおおおお! なんだそれ! なんだそれ! カートリッジ式ギミックアックスとかモ●ハンみてえ! かっけえ!!」
オーツロがまた他人には少々理解できない部分で興奮する。
クラスクには彼が一体何に高ぶっているのかよくわからない。
わかっているのはこの斧がこれまで相手の攻撃補助と守りの要として多用してきた『力場』を破壊する…どうも使用するたびに斧に蓄えたられた血を消費するため無制限とはゆかぬようだが…ということだ。
ただ…なぜそんな機能がついているのかが理解できぬ。
まさに今欲しい力ではあるけれど、そんなものがわざわざ後付けて発生する意味も理屈もわからない。
「オーツロ」
「おうさ」
わからないが……これはチャンスだ。
理屈はわからなくとも、相手の攻略に有用な機能を獲得した。
使い方もわかる。
それなら利用しない法はない。
クラスクはオーツロと頷き交わし、腰を沈めて一気にグライフへと肉薄した。
爪が、剝き出しの牙が、そして大量の妖術が二人に襲い掛かる。
それを弾き、避け、いなして一気に距離を詰める二人。
次の瞬間、クラスクの体がぐいんと横に逸れ宙を舞った。
己の頭上を越えて背後の術師二人…聖職者フェイックと魔導師ヘルギムを狙わんとしたグライフの尻尾を斧で受け切り払ったのである。
クラスクの斧を受けたのは尾の先端の尾爪近く。
ほとんどの攻撃は爪によって受けたがわずかに尾先の肉が切り裂かれた。
「!!」
じゅるずぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞ。
同時にその傷口から大量の血が漏れ溢れ、瞬く間に黄金の斧に吸収されてゆく。
斧の柄の赤味が伸びてゆき、再び血が充填されていった。
たとえ形状は変わっても、本来の呪われた斧としての役割は残されているようだ。
クラスクは地面に右足だけで着地。
だがその足は同時に地を蹴って推進力に変わる。
ひと蹴りで間合いを詰めたクラスクは、左手の剣を斜め上方に突き放ちグライフの肩を狙った。
上体をのけぞりかわすグライフ。
それを見た瞬間クラスクは左手から剣を離し、己の右後方で流していた大斧と両手に持ち替え一息に振るった。
あろうことか魔族たるグライフではなく、共に戦うオーツロに向けて。
いや、より正確にはその手前の何もない空間へと。
バキン、と砕ける音がする。
虚空に当たったその斧は、一瞬強く光り輝き、目に見えぬ何かを割り砕いた。
『力場』である。
オーツロの進路を塞がんとして置かれた力場をクラスクが砕いたのだ。
グライフは一度に一か所しか『力場』を生成できぬ。
そして彼にとって看過できぬクラスクの左手の聖剣の一刺しを彼は力場で受けずに上体を逸らすことで避けた。
となれば消去法で彼が今力場を生成しているのはオーツロの接敵を阻むためとなる。
ゆえにクラスクは迷わずオーツロの前方の空間を斧で振りぬいた。
目に見えぬのでどこにあるのかはわからない。
単なる勘である。
だがこれまでの戦いで相手のやりくちを散々見てきたクラスクの直観は、狙い過たず不可視の力場を砕いてのけた。
オーツロの光の刃がグライフに迫る。
物理障壁でも魔術結界でも止められず、高質化した角でも堅固な外皮でも防ぎ得ぬ。
グライフはそれを大きく退き避けるしかなかった。
肩に走る痛み。
溢れ出る血潮。
宙に舞う白銀の剣は聖別された銀の剣で、こちらも決して看過できる代物ではなかった。
だがあまりに致命的な、高位魔族すら身の危険を感じるその光る刃から己を守るのに注力してしまったがゆえに、グライフはその聖剣の一撃を受けてしまう。
溢れ出る血。
それは一瞬宙に迸った後まるで川面を漂うようにクラスクの斧へと吸い込まれてゆく。
ジュウウウウウウウウウウウウウウウウウウ、ガコン!
クラスクの手にした斧から鮮血が如き紅い煙が噴き出て使用済みとなったカートリッジが射出、再び内側からカートリッジが自動的に生成され再装填。
その内側に斧が溜めた血が充填されるのと同時にグライフから奪った血が再び斧に吸収されてゆく。
カートリッジ自体は入れ替えの必要がなく魔術的に生成されているようだ。
その物質生成と内側の液体充填に斧が溜めた血が使われているらしい。
そして燃料である血液は今の攻撃力なら対手であるグライフから奪う事で貯め直す事ができる。
ガギギギギギギン!
一瞬の隙を突いて放たれた
後衛であるフェイックやヘルギムを狙ったものだったが、これまたクラスクが喰いとめた格好だ。
「
聖職者フェイックからの補助魔術が飛んだ。
術者の周囲の仲間に幸運補正を与える戦闘補助魔術である。
これまでのオーツロが力場で邪魔され接敵できず、クラスクの攻撃は凌がれて、後衛に飛ぶ妖術の雨によって前衛に回復もサポートも回せなかった悪循環が、その瞬間、切れた。
これまでまったくできなかった正の連携が成立し、クラスクとオーツロの動きに切れが増す。
この反撃の端緒となったのは間違いなくクラスクの斧の変化である。
だがこれは一体なんなのだろう。
それは……オーク族の歴史だった。
オーク族の血塗られた歴史が血を奪い血を溜め血を放つ『
それは抗う歴史。
挑む歴史。
自らの種の女性出生率の低さを補うべく他種族を襲い、攫い、奪ってきたオーク族。
当然それを許さぬ他の種族達が大挙して、時に連合を組んで彼らを討伐した。
そうして敗北し、散り散りとなり、氏族が失われ、山や洞窟などで旅人を襲う程度の小集団しか維持できなくなってしまったオーク族も少なくない。
いや実際他の多くの地方ではオーク達はそうした歴史を辿り、殲滅され、その勢力や影響力を低下させてきた歴史がある。
だがそれでも彼らは諦めなかった。
必死に戦い続けた。
そうしないと自分達の村が、自分達の種族が滅んでしまうからだ。
必死に戦い、全力で歯向かい、命がけで抗う。
そうした歴史がオーク族の斧には宿っている。
特に…クラスクの斧には。
妻であるミエを護らんと本来勝ち目のない族長ウッケ・ハヴシに挑んだクラスクと。
若きウッケ・ハヴシの強硬な主張を止めんとし、彼の前に無残な敗北と死を迎えた彼の父と。
そうした記憶が、その斧に伝承を与えた。
『
それがその曰くの名。
己より遥かに強大な相手に、それでも強靭な意思と共に立ち向かわんとする時にのみ発現する
本来敵わぬ相手に、それでも渡り合わんがために、彼我の差を埋め合わせるための力を与えてくれる
『混沌』属性であるがゆえにその
相手に応じた、足りぬ力を補う形に『変化』する。
赤竜に立ち向かわんとした時はその威力を増すために。
そして『旧き死』に立ち向かわんとする今は、相手の戦術の要を打ち砕かんために。
妙に機械じみた外見とギミックはおそらくクラスクのイメージによるものだ。
相手が圧倒的に優れた生体と魔力を有しているのなら、対抗できるのは錬金術や絡繰のような文明や機械の力なのでは…という彼の認識が、斧の外見にそうした方向性を与えたのだろう。
流石にクラスクの先祖が代々使ってきたオーク族の斧が元々そんな機構を有していたとは考えにくい……
はずだ、たぶん。
両手で構えた斧の刃が黄金色に煌めき、歯車がかみ合ってガコンとカートリッジの装填を終える。
その左空中には彼を主と認めた聖剣『
彼女は僅かにその斧へと刃先を向けて、僅かに揺れた後再び刃先をグライフへと向け直す。
それはまるで装いを新たにしたその斧の姿に目(?)を奪われて、しばらく放心した後ハッと我に返って慌てて首を振ったようにも見えた。
「サア……反撃ノ時間ダ」
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