第864話 三対一

クラスクが正面からグライフ目掛けて斬りかかる。

だが左手の剣はかわされ右手の斧は左腕に生えている突起…逆立った鱗のようなもの…に弾かれ逸らされた。


それと同時に左後方からエルフの魔法剣士ヴォムドスィが、右後方からオーツロが斬りかかる。

相手の最も強力な攻撃は正面に向かう可能性が高いと踏んで、最もタフなクラスクが正面を受け持ち他二人がその背後から急襲する作戦である。

クラスクは荒鷲団の一員ではないが、アイコンタクトだけですぐに役割分担できる程度には互いの意見が一致していた。


だが……


「いてぇっ!」

「グッ!」


オーツロの光の剣はグライフの背に届く前にがっきと止まり、ヴォムドスィは強烈な尻尾の薙ぎ払いを避けた瞬間その先端の突起…尾爪とでも呼ぶべきだろうか…がぐりんと角度を変え急襲してきたのを己の剣で弾き大きく後ろに跳んで間合いを取った。


グライフがその腰を斜めに少し捻る。

瞬間、彼の背後にあった尻尾が跳ね飛んで宙を舞い直上からクラスクを襲った。


受ける事も弾くこともできぬ圧倒的速度と質量、

クラスクはそれをギリギリ横にかわし避ける。


ぐりん。

尾の先端が地面に着弾する直前、即座に角度を変えクラスクの太腿目掛けて迫りくる尾爪。

クラスクはあろうことかその尾の下に自らの足を滑り込ませ強引に蹴り上げる。


一歩誤れば自ら攻撃を喰らいに行くような暴挙。

だがそれゆえそれは相手の虚を突き、跳ねた尾先がクラスクの目の前に浮かんだ。


左右の剣斧を高速で交差しグライフの尾を両断せんとするクラスク。

だがそれより一瞬早くぎゅるんと尾が縮んでグライフの背後へと戻った。

そのわずかな間隙に、オーツロもまた間合いを空けて一息つく。


「すまん助かった!」

「気にスルナ」


短く叫び、短く応じる。

彼らの言葉の意味は己の襲い掛かって来た尾撃に対するクラスクの対処の仕方にあった。


クラスク本人のことだけ考えるなら、彼はあの時横でなく後ろに避ければよかった。

グライフの尻尾が伸縮自在で攻撃時に異様に伸びるとはいえ射程限界はあるのだし、避けるだけなら距離を取った方がずっと安全である。

横に避けてもその自在に捻じ曲がるその尾撃の射程内であることに変わりはないのだし、今回のように追撃のリスクも付きまとうからだ。


だがクラスクがあそこで距離を取った場合、グライフとの白兵距離にオーツロだけが取り残されてしまう。

無論グライフとしてはそれが狙いだ。


今回彼に挑んでいる戦士三人はいずれも相当な手誰だがそれでも人型生物フェインミューブの範疇の中での身体能力でしかない。

いやもしやしたらクラスクは少しその限界を凌駕しているのかもしれないがいずれにせよ高位魔族であるグライフには及ばない。


実際時間停止中の一騎打ちでもクラスクはところどころで反撃はできても基本押されっぱなしだった。

一対一では彼らの誰一人グライフには敵わないのである。


ゆえにこそクラスクはあそこで後ろに下がるわけにはゆかぬ。

そんな真似をすれば攻撃を防がれ僅かに隙ができたオーツロ一人だけが取り残されて、グライフの集中攻撃を受けてしまうからだ。


クラスクはグライフが尻尾を己に向けた際の腰のひねり具合からもし己がそれを大きく避けたならそのままぐりんと上体をさらに回転させその尾をオーツロへと向け、さらに爪と牙と角の集中攻撃を彼に浴びせるだろうと直感し、相手の間合いの内であえて留まり攻撃を引きつけオーツロを援護していたのである。

そしてオーツロもまたそれを瞬時に察して間合いを取って礼を言ったというわけだ。


ほんの一瞬の攻防に過ぎないが、僅かでも緩みがあれば全て持っていかれてしまう…そんな緊張感に満ちた攻防である。


「く……! 援護、を……ダメです! すいません!」

「無理すんな! 回復だけ飛ばしてくれりゃいいよ!」


背後から飛んできた声は聖職者フェイックのものだ。


グライフは三方囲まれ挟撃を受け続けながら、≪詠唱補正(高速化)≫スキルを適用した〈魔術の矢イコッカウ・ソヒュー〉や〈火炎球カップ・イクォッド〉、さらには〈解呪ソヒュー・キブコフ〉などの呪文をフェイックやヘルギム目掛けて次々と放っていたのだ。


高速化しているという事は瞬時に呪文が発動するということ。

それは即ち呪文を唱える際の音声要素や動作要素が不要であるという事を意味する。

≪詠唱補正(高速化)≫修得の際の前提条件として≪詠唱補正(音声省略)≫や≪詠唱補正(動作省略)≫が必要なのはそのためだ。


音声要素がなく動作要素がないという事は、相手がそれらの要素を防ぐことで呪文の発動を邪魔できぬということ。

すなわち敵と白兵戦をしている真っ最中に攻撃呪文を放っても相手が隙を突いてそれを防ぐ事ができぬという事だ。


その特性を利用することでグライフは戦士たち三人の猛攻を捌きながら術師達に魔術の雨を降らせ、それの対処で手一杯にさせることで前衛への補助魔術発動を防いでいるのである。


「お前の光の剣『力場』斬れナイカ」

「斬れないっつーかたぶんすり抜けて攻撃できるはずなんだが」


コンコン、と己の前の空間を手の甲で軽く叩くオーツロ。

そこから乾いた音が響く。

おそらくそこに力場があるのだろう。


「便利ダナ?! ナラナンデ止めらレタ」

「こいつが止めてんのは俺の剣じゃねえ」

「アア……」


三人で少し距離を取りつつグライフを囲みながら短く言葉を交わし、クラスクはその返事に得心した。


オーツロの光の剣はグライフの物理障壁を突破できるようだ。

さらには硬い鱗や鎧もすり抜け、力場さえ無視して本体だけ攻撃できるらしい。

まさに聖剣をも超えた対魔族決戦兵器と言ってもいいだろう。



だが…オーツロの攻撃はグライフに寄って防がれた。



そう、グライフはオーツロの剣ではなく、のである。


オーツロが攻撃するその瞬間、グライフは彼のに『力場』を発生させ、それによりオーツロの腕は力場に引っかかり振り切る事ができず、結果グライフまで攻撃が届かなかった、というわけだ。


オーツロのスキル≪気煌剣≫は確かに魔族特攻の効果を有している。

だがその形状が剣である以上、彼はそれを剣のように振るわねばならない。


さらに言えばこのスキルは消耗が激しく、それを抑えたるため攻撃の瞬間以外鞘の内に収められている(正確には鞘の中では≪気煌剣≫は発動していないのだが)。

それを居合抜刀の形で振りぬいて攻撃するわけだ。


つまり彼がグライフに攻撃する時は必ず腕を振りぬになる。

オーツロの居合は異様に早いけれど、それでもグライフほどのレベルであれば軌道を読むことは難しくない。


その腕のほんの少し先に力場を置いてやるだけでいい。

それだけでオーツロの攻撃は封殺されてしまうのだ。


「だが収穫もあっタ」

「だな。んじゃ続けていくか!」


けれど……彼らもまた何の成果も得られなかったわけではない。


鍵はクラスクの攻撃へのグライフの対処である。

グライフはクラスクの左手の剣の一撃を避け、右手の斧の攻撃を腕に生えている棘のような突起で受け流した。


だがクラスクとの一対一での攻防なら、そうはしていなかったはずなのだ。


もし先刻までと同じくクラスク一人を相手にしていたのなら、先の攻防に於いてクラスクの攻撃の少なくとも一方は力場で受けていたはずである。

物理障壁を貫通できようとできまいと、クラスクの攻撃は物理全振りであるがゆえに物理的な影響を完全に止めてしまう『力場』を越えられぬ。


だからその攻撃の一部を『力場』で防ぎ弾くことでクラスクに隙が生じ、それを狙う事で一方的に有利に攻め立てる事ができたはずだ。


けれどグライフはそれをしなかった。

クラスクからの攻撃は全て力場を使わずに凌いだのだ。


なぜそうしたのか。

そうせざるを得なかったからだ。


なぜそうせざるを得なかったのか。

彼が『力場』をオーツロを止めるために使用したからである。


つまりグライフはその強力な『力場』効果を、使という事になる。


「さあて、これが反撃の糸口になるといいんだけどな!」


オーツロは一層深く腰を沈め、ぺろりと己の唇を舐め上げた。





その死闘はまだ、終わらない。





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