第858話 凍れる刻の中で
かつてニールウォール王国という豊かな国があった。
文献によってはニールウォア王国と記述されている事もあるけれど、大概はニールウォールの方で通じる。
アイコキフはそこの最後の王である。
彼の代、国は成熟を経て爛熟を越え、腐敗が蔓延しつつあった。
大きな国の偉大な王。
有り余る財宝に囲まれて、だがそれゆえにこそそれらを失う事を過度に恐れた疑心暗鬼の王。
そんな彼が身に着けていた国宝……強大な魔具が、七変の羽飾り《ジムサンゾムス・ホストフォル》である。
これは国中の魔導師に競わせ造らせたのだとも、偉大な冒険者が古代遺跡で発見したものを高値で買い取ったのだとも、或いは地上世界では知られていない地底の神々の一柱に貢物を捧げて賜ったのだとも言われているが、その出所は定かではない。
大事なのは定命の者が唱え得るどんな呪文だろうとその羽飾りに紐づけ、状況に応じて発動させられるというその強大な効果である。
彼はこれを用いて幾多の暗殺を防ぎ、巨万の富を護った。
御付きの宮廷魔導師の呪文がその羽飾りに込められて幾度となく彼を助け、隣国を屈服させ、さらなる財宝を彼に与えた。
だが……因果応報というべきか、過度に集中し過ぎた財宝はこの国に莫大な価値を与えてしまった。
結果としてそれに目を付けた赤き災厄……赤竜イクスク・ヴェクヲクスの度重なる襲撃によってその財宝財貨の多くを彼に奪われてしまったのだ。
強欲なアイコキフ王はそれが我慢ならなかった。
己の物を奪う赤竜が許せなかった。
ゆえに彼は強力な軍を編成し、幾度となく彼に挑んだ。
平原で彼を迎え撃ち大きな被害を受けながらまんまと逃げられ、大軍で彼の巣穴に攻め込まんとして火山のセキュリティに敗れ、或いは古代遺跡を突破できずに幾度も突入部隊を全滅させた。
その都度その都度彼が身につけていた羽飾りは込められた高位魔術によって彼を護り、無事帰還せしめた。
…そう、己の財宝が竜に奪われたままであることを決して許容できぬ国王を、必ず生還させてしまったのだ。
度重なる出兵により国は疲弊し、国力は低下。
民の不満は高まり、だがそれでも当人だけはぴんぴんしている国王は懲りずに赤竜討伐を目論み挑み続ける。
だが強大な国力と武威を盾に隣国に示威外交をしてきたニールウォールの凋落を、それまで搾取され続けてきた隣国が見逃すはずがない。
最後には赤竜ではなく周囲を囲む国々が手を組んだ連合軍によって、その国は滅ぼされた。
それこそ王都の住人達が自ら街の門を開け連合軍を迎え入れたとすら言い伝えられている。
吟遊詩人の語りの一番盛り上がるところだ。
最後の最後、その羽飾りは彼を護ることはなかった。
不遜にも幾度となく己の挑みながらその都度生還するその王に不審と興味を抱いた赤竜の調査と占術によってその秘密を丸裸にされ、王の性格上身の危険が迫った時にその〈
そしてニールウォールは滅んだ。
その集めた財貨の多くを赤竜に奪われ、国土の全てを周囲の国々に食い尽くされ、国が一つ滅んだ。
そして最後の王を護り続けたその魔具……ニールウォールの国宝を、後世の人は皮肉交じりにこう呼んだのだ。
『
× × ×
「そっかー。『返せるものは全部返した』っていうからてっきり全部放出したものかとおもっていたんですが、『返しようがないもの』は残ってたんですね、赤竜さんとこの魔具」
「はいでふ。まだあと幾つかありまふ」
「それ全部持っテッタらナンカノ足シニナルカナ」
「う~~~ん。難しいと思いまふ。国宝クラスの強力な魔具同士は互いの魔力で過干渉を起こして発動が安定しなかったりするんでふ。それ以外の普通の魔具とは共存できるんでふが…だいたい国宝域の魔具は持てて一つと考えてくださいでふ」
「ナルホド」
「あと国宝クラスの魔具ってそもそも示威や畏怖、感銘などを与えるために大きくかさばるものが多いでふ。実用レベルでサイズが小さいものはホントに珍しんでふ」
「ははあ……今回ネッカさんが言ってた羽飾りは出自的に王様が身に着けて出歩く用のものですもんね。珍しく小さい、と」
「でふでふ」
「それで……その羽飾りを使うとどうなるんです?」
ミエの問いかけに……ネッカが少しだけ考えた後板書を始める。
「ある程度推測交じりでふが……まず〈
「おお、心強いおことば!」
「ネッカ一応立場だけは魔導学院学院長でふし、この街には交渉材料が豊富にありまふからね」
クラスク市の魔導学院には魔導の研究や実験には欠かせない魔術素材が数多く保管されている。
その最たるものがかの赤竜の身体素材である。
竜の素材だけでも希少だというのに、強力な魔力の染みついた赤竜の素材である。
たとえ割れた鱗のひとかけらだろうと魔導師には垂涎ものだろう。
金銭でどうにかなるレベルの交渉に於いて、これを代価として示されて断る魔導師はまずいない。
魔導師同士の交渉に於いて、この街は圧倒的なアドバンテージを有しているのである。
「俺それ装備スル。スルトドウナル」
「仮に
「とすると
「〈
「はいでふ。〈
「同じ呪文が同時に発動したのに対抗呪文みたいに打ち消し合わないんですね」
「同時ではないでふミエ様。一瞬遅れてでふ。なので対抗呪文の要件は満たさないでふ」
「ナルホド」
「で呪文効果を複写して……でも向こうの呪文が先に発動するからこっちは止まっちゃいます?」
「一度はそうなりまふね」
「「一度……?」」
クラスクとミエは言葉の意味がわからず首を傾げた。
「一瞬後に複写効果が発動するので、まず向こうの〈
「あそっか! ってことは…ほぼ同時に複写された〈
「……はいでふ。おそらく
「フオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
クラスクが興奮のあまり鼻息を荒くする。
「ナニソレ! ナニソレ! 超カッコイイ! 俺ソレスル! ソレヤリタイ!!」
どうやらクラスクの感性にクリティカルヒットしたらしい。
「……決まりですね」
「わかったでふ。ではその方向性で」
× × ×
「フム、そうか……返却していない国宝があったのだな」
「あっタ」
「なるほど。滅んだ国の宝は返しようがない、と……確かに道理だ。ハハハ」
(………………?)
乾いた笑い声をあげるグライフを前に、クラスクは怪訝そうに眉をひそめた。
(気づイテナカッタノカ……?)
魔族は賢いと聞いていたが、案外つまらない見落としもするものだな、などと考えた後、クラスクは心の中で激しくかぶりを振った。
ちがう。
それはちがう。
心の中の何かがそう訴えかける。
魔族が知的で狡猾で凶悪で強大な存在であることに疑いはない。
これまでの計画性や策謀を考えてもそれは明らかだ。
事実クラスクとネッカはどうしようもない選択肢を突きつけられてこの地に吊り出されてしまったではないか。
ならばこれは隙だ。
なんらかの理由で、彼らのその高い知性が発揮されない要素があるのだ。
それを見つけることが目の前の相手への攻略になるのでは……ふとそんなことを考える。
「タダ、マア…」
「そうですね。せっかくの時間がもったいない」
そうして、二人は……
互い以外の全ての時が止まった、その凍れる時の中で、二人だけの死闘を再開させた。
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