第853話 時の大魔術

「ジカン……? ジカンッテナンダ」


時は再び少し遡り、クラスク市にて。

空間魔術……力場についての対策会議を終えたクラスクとネッカは、その後さらに危険な魔術についての対策に移った。

時間魔術である。


「これに関しては本来すごく説明が難しいのでふが……ミエ様がとてもわかりやすい喩えを明示してくれたでふ」

「ミエガ?」

「はいでふ」


円卓の間から外の街並みを見下ろし、ネッカが辻に立っているそれを指差した。


「あれでふ」

「時計ダナ」


そこにあたのは、今やこの街の名物になった柱時計である。


「あれガドウシタ」


「そうでふね……クラ様、あそこの空に鳥が飛んでいるのが見えまふか?」

「見えル」

「ではちょっとあの鳥と同じ方角に歩いてみて欲しいでふ」

「??」


言われるがままその鳥の向かう方角に部屋の中で数歩歩くクラスク。

その間にその鳥は窓の外を飛び去ってしまった。


「歩イタ。これ何か意味アルノカ」

「今はたった数歩でふが、それをさらに進めてしばらく歩き続けたとしまふ。鳥はもっと先まで飛んでゆきまふ」

「そうダナ」

「それをしばらく続けまふと……あの時計の針はどうなりまふか?」

「針……長針ススム」

「はいでふ。長針が1つ進んで1分が経過しまふ。つまり1分という同じ時間でクラ様とあの鳥がそれぞれ進んだわけでふ」


ネッカは、そこで一言葉を切って、そして続けた。


?」

「!!」


それを聞いた瞬間、クラスクの中で何かがバチッとつながった。


「つまり俺の時間歪めテ凄く早く動けル! 鳥の時間歪めテ凄く遅くできル! 2倍に歪めタラ2回攻撃デキル!!」


ウオオオオオオオオオオオ……と興奮してまくしたてるクラスクの台詞に、ネッカが静かに頷いた。


「はいでふ。それが時間魔術でふ」

「スゴイナ! スゴクナイ!?」

「すごいでふね」


クラスクの興奮にネッカがこくりと肯き同意する。


「〈加速イルカグ〉や〈減速メッコ〉という呪文がそれに当たりまふね。これらの呪文の優れたところはことでふ。特に魔導師にはこの恩恵が大きいでふね」

「うン……?」


ネッカの言わんとすることを少し首を傾げ考えていたクラスクは、やがてその解に自ずから辿り着いた。


「……ナルホド。筋力つイテ早くナッテモ鍛えテナイト早さに頭ツイテ来ナイ。使イこナせナイカ」

「はいでふ」


例えば補助魔術で速度を上げる呪文があったとする。

実現方式としては主に以下のようなものがある。


1.筋力を増強して身体的に加速する。

2.周囲の重力を操作して加速する。

3.時間の流れを操作して加速する。


速度を上げて加速する、という部分だけ見るならこれらは全て同じ結果を生む。

だが1と2の場合、元々戦闘職の者でないと十分に使いこなせない可能性が高い。

なぜなら自身の速度が上がったところでだからだ。


筋力を増強し凄まじい速度で駆けても、重力を弄って己の進行方向を落下方向に変換し爆発的に加速しても、動体視力も脳の動きも変わらぬままだ。

それでは進み過ぎて敵や壁にぶつかったり、そもそもまともに走る事すらままならずすっ転んでかえって大きなダメージを受けるなんてことにもなりかねないわけだ。


だが時間操作による加速は違う。

周囲との時間の流れを変えてしまうこれらの呪文は、当人の動きと同時に感覚も加速させる。

ゆえに早くなった自分の動きを十全に扱う事ができるわけだ。


「便利ナ呪文ナノワカッタ。デモ呪文全部危険。気を付けナイト駄目。ナンデこの呪文ダケソンナニ気にすル」

「上級魔族のさらに上……個体固有種アミュジャオ・スファムツともなると使ってくる妖術も魔導術も相当高位なものが予想されまふ。だとすると……を知っている可能性があるからでふ」

「アレ?」

「〈時間停止ベルクアイウォー〉でふ」

「魔導語ハよくわからン。ドウイウ呪文ダ」

「術者以外の時間を停止させ、術者だけが自由に行動できる呪文でふ」

「…………………………うン?」


ネッカの言葉の意味を少しだけ考えるクラスク。


「俺時間止マル」

「はいでふ」

「動けナイ」

「はいでふ」

「相手自由に動けル」

「はいでふ」

「……ソレハ勝テナイナ」


そしてそう結論せざるを得なかった。


「ドれくらイダ」

「そうでふね……時間自体は停止してしまいまふが、おそらく術者側の体感としては推測で先ほどクラさまが歩いたくらいの時間から、長くても時計の長針ひとつが動く程度と思いまふが……」

「つまり長くテモ1分弱、短けれ以下カ」


ぽくぽくぽく、ちーん。


「無理ダナ」


腕を組んで少し思案したクラスクが、あっさり兜を脱いだ。


ほんの1秒、あるいはそれ以下の一瞬一瞬の積み重ねで勝負が決まる戦場に於いて、十数秒から一分程度誰かに好きに動かれるというのは完全に勝負が決まるに等しい。

その間こっちは完全に動けないのである。

手も足も出ず為すすべもなくなぶり殺しにされるだろう。


「滅多刺シにされテ終わりダナ」

「あー……そおらく呪文の原理上そういう事にはならないと思いまふ」

「うン?」


ネッカの言葉にクラスクは幾たび目か首を捻る。


「さっき好き勝手デキル言っタ」

「はいでふ。停止した時間の中術者は自由に行動できますふ。でふが自由に行動できてもんでふ」

「? ?? ???」


クラスクの首の角度がさらに深くなる。


「ワケワカラン」

「えーとでふね。まず基本的なところからでふが……魔導術には魔力が必要でふ。術者の魔力でふね」

「それハわかル」


精霊魔術は精霊の力を借りている。

大抵の場合術者である精霊使いは自身の力相応の精霊を従えたり相棒にしているけれど、極論すれば術者の力をはるかに上回る大精霊の力を借り受けることだって可能だ。

相手がこちらの頼みを聞いてくれるかはわからないし、聞いてくれたとして何を要求されるかわかったものではないが。


神聖魔術は神の力を借りている。

精霊魔術との比較で言うなら借りている、というよりは代行している、という言い方の方が正しいだろうか。

いわば術者である聖職者は神の力を受け取るアンテナのような役割だ。


だが魔導術は誰からも、何からも力を借りていない。

この世界の法則そのものを魔術式としてそこに魔力を注ぎ込んでその式を再現させるのが魔導術だ。

用いるのは己自身の魔力である。


無論魔導術にも魔力調達の対策がないわけではない。

他の魔術系統と異なり式の組み方は自由だからだ。


儀式魔術のように複数の術者から魔力を集めたり、或いは土地の霊脈を利用したリ、偉大なる存在から力を借り受けたり、詠唱の一部を魔具や神具などで代替することで魔力を補ったり軽減したりと式の構築や詠唱の仕方次第ではそういう事もできる。

だがそれら自体の起動には結局術者の魔力が必要となる。


「では……?」

「ム……?」


ネッカに言われてクラスクは改めて考えてみる。

自分が止まる。

そこそこ強いと思う自分を一方的に止めてしまう。


呪文で麻痺させたり気絶させたりとか色々方法はあると思うが、割と耐えられる気がする。

そんな自分を問答無用で止めてしまう。

ものすごい効果である。



「無理ダナ。魔力足りン」


すぐに結論が出た。

世界中の相手に干渉し動きを止めるのは不可能だ。

だってあの赤竜すら止めてしまおうというのだ。

それも抵抗の余地がない。

圧倒的すぎる力である。


「ナラ……ノカ」


そしてすぐにその結論に至る。

オーク族としては恐ろしい回転の速さである。


「そもそも戦況に影響与えルだけナラ遠くの奴止めル意味ナイ。世界中マトメヤルナラ、それハ世界を止めテルンジャナイ。その時間止めタッテ奴が……?」

「……正解でふ」






クラスクの出した結論に感嘆したように、ネッカが満足げな笑みを浮かべた。







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