第十九章 旧き死
第832話 冒険者たち
「さ、出るぞ」
「いよいよかー」
城門の前で男たちが囁き交わす。
兵士という割にはあまり統制が取れておらず、小声でのささやきが止まぬ。
前方で兵隊長らしき男が何やら喚いているけれど、この辺りにいるほとんどの者はそれをまともに聞いていなかった。
どうせいつもと同じだ。
いつもと同じ、命がけの戦いだと。
みんなそう思っているのだ。
「いやーこえーなー」
「今まで絶対出るな! って言われてた包囲網相手だもんなー」
「なああいつなんて言ってた?」
「いやそこは聞いておきましょうよ」
男……鎖鎧を着ているところを見ると戦士だろう……が語り掛けたのは緑色のローブを纏い杖を持った男性だ。
見るからに魔導師だろう。
ただ軍隊として考えるなら、それは少々奇異な光景である。
通常、軍隊であれば兵種ごとに分けて編成される。
歩兵だけの歩兵隊。
騎兵だけの騎兵隊。
弓兵だけの弓兵隊。
利点は色々あるが、そうした方が基本的に運用しやすいからである。
数を揃えやすい歩兵。
機動力と突破力のある騎兵。
射程の長い弓兵。
それぞれの兵種にはそれぞれの特徴があり、利点があるが、それらは集団を同一兵種にすることで発揮できぬ。
例えば騎兵の機動力や突破力は歩兵と共に行動していたら死んでしまう。
弓兵も他の兵種と雑多に編成されていては矢の雨の制圧力が減って価値が急減してしまう。
魔導師なども同様だ。
魔導師はそもそも集団というほどに戦場にに多く投入される事は稀だが、だとしても歩兵や騎兵に混じっての行動など彼らは絶対に忌避するだろう。
だというのに、城門脇に集められた彼らの職業はバラバラだ。
戦士もいれば先述の通り魔導師もいる。
聖職者もいれば盗族もいる。
となると、彼らの兵種はともかくとして、彼らの成り立ちは明白だ。
そう……彼らは冒険者である。
ここはドルム。
ドルム南方の正門近く。
正門前にはドルムの正規騎士団たる白銀騎士団が陣取っている。
その左右には歩兵部隊だ。
さらにその脇では弓兵隊が控え、その脇で聖職者達が次々と彼らの弓に呪文を付与している。
おそらく魔族達の有する物理障壁対策の魔術である。
とするなら〈
さて先刻の兵種の話に戻るが、戦場に於いてそうした兵種の統一の制約を受けない集団が存在する。
遊撃隊と呼ばれる者達だ。
遊撃隊は主に不正規に集められた戦闘部隊を指す。
不正規に集められた者達なのでその兵種職種も雑多であり、領主の下で訓練を受けたわけでもないので喩え練度が高くとも統制が取れていない。
無理に兵種ごとに分けて統制しようとしても今度はその構成人数がバラバラで造られた集団がいびつになってしまうし、兵種ごとに正規の部隊に組み入れても今度は統制が取れておらず正規軍の規律を乱してしまう。
それならばそもそも雑多のまままとめて運用してしまえ、というのがこの世界に於ける遊撃隊の定義であり、使われ方だ。
ただし我々の世界に於いて遊撃隊と呼ばれ、或いは定義されてきた集団と、この世界のそれとでは大きく異なる部分がある。
その主な担い手が『冒険者』と呼ばれる者達であることだ。
冒険者は様々な状況に柔軟に対処するため様々な職種で構成される。
まず物理戦闘職。
彼らは単なる戦力としてだけ必要とされているのではない。
どこまで続くかわからぬ
さらに言えば術師達が安全に後方から強力な魔術を唱えられるように彼らの前に立って敵の攻撃を防ぎ、耐える壁としての役目も求められている。
単に剣を振るえばいいという単純な役割ではないのだ。
戦士、重戦士、狂戦士、騎士、聖騎士といった者達がその役を担う事になる。
続いて探索職。
冒険に於いて戦闘だけが身の危険ではない。
屋内に於いては落とし穴、吊り天井、毒針といった様々な罠があるし、屋外に於いても底なし沼、毒草、食人植物といった多くの困難が待ち受けている。
また抜け道を見つけ、隠し扉を発見し、施錠された宝箱を開ける、といった手練や技術が一行の収入を段違いに上げてくれる事だろう。
戦士職が戦闘に於けるエキスパートだと言うのなら、探索職はその戦闘に至るまで、或いは戦闘と戦闘との間の被害を減らし、そして隠された秘密や財宝をより多く手にするために重要な役を持つ。
また隠密からの索敵も得意とし、それを利用しての不意打ちや急所攻撃などにより戦闘に於いても補助的な役割をこなせる者も多い。
盗族、野伏、暗殺者と言った者達が主にこれらの役を担当する。
次に回復役。
屋外だろうと
それをいちいち頑強な肉体で耐え、自然治癒を待っていてはいつまで経っても先に進めない。
怪我を負えば回復、毒や病気などであれば治療といった、様々な力を使いこなせる術師が冒険には必須と言っていい。
またその上で回復だけでなく味方への援護・強化の魔術などが使えれば言う事はないだろう。
神の御使いとして不浄な不死者・魔族と言った連中への対策魔術を行使できるのならさらに言う事はない。
聖職者・治癒術師・
最後にその他の術師。
戦士の力が足し算だとするなら、術師による魔術は掛け算の力だ。
その破壊的な魔力は大きの敵を纏めて薙ぎ払い、強力な相手を一撃で屠ることもできる。
もちろん戦闘だけでなく、移動補助。戦闘補助、さらには占術による事前調査、現地調査なども重要な役割だ。
ここには多くの場合魔導師があてがわれることが多いが、屋外メインの冒険者であれば精霊使いが代わりに入っている事もある。
また攻撃魔術、という点であれば、
大自然は時に破壊的なものをもたらし、彼らはそれを魔術により再現できるからだ。
こうした基本的な職種四種をベースとして、様々な職業の組み合わせによって冒険者は構成される。
多いのが基本四職を揃えた後戦士職を一人、二人足したものだ。
そもそも戦士以外の職業は専門性が高く、なかなか数を集める事ができない。
比較的敷居の低い戦士職を複数揃え継戦能力を上げつつ術師を護ってもらいながら敵を倒してゆく…というのはコスパに優れた良い構成と言えるだろう。
魔法剣士のような特殊な上位職などもこの五人目以降に加わることが多い。
兼職や複合職はどうしても個々の習熟が専門職に劣るため、魔法剣士は純粋な戦士の代わりにも魔導師の代替にもなり得ない。
けれどそれらの基本職が全て揃っている状態であれば、戦士の横で戦闘しつつ必要とあれば魔導師と共に魔術を用いることもできるため、パーティーの質を格段に底上げする事ができるのだ。
冒険者はその職業はバラバラだが、パーティーという単位でひとつのまとまりを持っているのである。
ただ……このドルムに於いて、彼らの規模は些か大きい。
通常の冒険者たちによる遊撃隊は数人から十数人が主であり、通常の兵士達より強力なパーティーとしての能力で戦局の打開を任されることが多い。
だがこのドルムに於いて、そうした冒険者たちは数百人……小さな軍団と呼べるほどの数が揃っているのである。
彼らのほとんどは兵隊長の話を聞いてはいない。
それはこれからの戦いを舐めてかかっているからでも、隊長を蔑ろにしているからでもない。
自分達の役目をとうに理解していて、そして一様に語り掛ける説明なんぞより、その場その場で最適な判断と行動をし続けなければならぬと、そうでなければ生き残れぬと、彼らは知っているのだ。
「さ……大一番の始まりだ」
そんな冒険者どもを加えたドルム軍と魔族どもの、決戦が今はじまらんとしていた。
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