第831話 閑話休題~中原街の攻防~
クラスク市北方に点在する衛星村。
この地方一帯のオーク達が集められ暮らしており、それぞれが麦をはじめとした混合農業と花の栽培、そして蜂蜜などを生産している。
それらの村々の収穫物を集積し、クラスク市へと届ける役目を担っているのがクラスク市経済圏第二の都市、ヴェクルグ・ブクオヴ街だ。
かつては『北原』と呼ばれ、この地方のオーク族四大部族の集落のひとつであったが、今やすっかり石造りの街が立ち並ぶ
まあクラスク市と異なり未だ高層住宅が立ち並ぶほどには至っていないけれど、街の各所に大きな倉庫を備えたこの街は、各衛星村の中継都市、クラスク市の貯蔵施設、そして北方へ向かう隊商の最終休息地として急速な発展を遂げつつある場所だ。
そんな街が……今、魔族どもに襲われていた。
「逃ゲロ! 倉庫ノ中ダ! 隠レテロ!」
オークが腕を大きく振りながら街の者を誘導し、避難させている。
避難している者の多くは女性だ。
中には赤子を抱きかかえている娘もいる。
赤子はオークである。
この街にもオーク達との間に新たな子が生まれつつあるのだ。
それゆえにこそオーク達は必死になる。
死なせるわけにはゆかぬ。
絶やすわけにはゆかぬ。
この街のやり方を。
そしてこの街の在り方を。
そのために戦うのだと。
そのために力を振るうのだと、オーク達の心が叫ぶ。
かつて襲い、奪い、蹂躙するために振るわれたその斧は、今や魔族どもの鉤爪から妻と子を護るために振るわれていた。
「〈
「〈
今やすっかりこの街の幹部となった三姉妹の長女、聖職者ルミュリュエが祈りの言葉と共に奇跡の御業を放ち、己を中心に白い閃光を周囲に放った。
そしてそれと同時に三女グロネサットが魔導の稲妻を指先から直線状に放つ。
〈
ただしダメージを受けるのは属性が『悪』の者のみであり、範囲内にそれ以外の属性の者がいても一切のダメージを与えない。
野盗や山賊などは属性的にはしばしば悪である。
邪悪な者も無論いるだろうが、その多くは税が払えず村から追放された元農民や食い詰めた傭兵などであり、属性的には中立の者も多い。
まあそうした者達も荒んだ生活を送っている内に身も心も悪に染まってしまう事が多いのだが。
一方ゴブリンやコボルト、そしてクラスク市近辺を除くオーク族などの属性はおおむね悪である。
彼らは襲撃を好み略奪や蹂躙、そして殺傷などを平気で行うため大概邪悪だが、それは出生や環境によってそうなっているのみで、彼らの本性そのものが邪悪なわけではない。
たとえば人間に拾われ育てられたゴブリンなどはその教育次第によっては善良になり得る。
隠れ里ルミクニの村長、
そうした者達にこの呪文を用いても有効とは言い難い。
悪でない対象には一切効果がないのだから、些か使い勝手が悪いと言えよう。
だが魔族など一部の種族は『常に悪』である。
生まれた家庭や育った環境、そして教育や経験などによって後天的に育まれた悪ではなく、その存在自体、種族の成り立ち自体が悪なのだ。
こうした種族であっても、ごくごく稀に特殊な状況下に於いて一個人が悪以外の道を選択することはあるけれど、それは本当にレアケースだ。
ゆえにこの〈
一方で三女グロネサットが放った電撃にもちゃんと意味がある。
魔族はその種族特性としてそもそも炎が効かない。
火炎攻撃に対して完全耐性を有しているからだ。
また強酸性の攻撃や冷気による攻撃に対しても耐性を有しており、こちらは完全無効とまではゆかぬがダメージを軽減させてしまう。
地属性の呪文は有効なのだが、地系統の魔術は魔術ダメージでなく物理ダメージを与える事が多く、こちらはこちらで物理障壁によって阻まれてしまう。
となるとまともにダメージが通るのは風属性や雷属性くらいなのだ。
だが魔導術に風属性の呪文は少ない。
魔導術はこの世界の法則を式にするものであり、確かに火も起こせるし稲妻も発生させられるし風も吹かせることができる。
だが火を発生させれば火傷させることができるし稲妻を生み出せば感電させる事はできるが、風を吹かせてダメージを与える事は難しい。
魔導術で『風を起こす』のと『風属性の攻撃魔術で相手を切り刻む』のとではまるで勝手が違うのである。
鎌鼬現象などを研究解析できれば魔導術でもそうした呪文が生み出せるのかもしれないが、そうした研究はあまり進んでこなかったようだ。
理由は単純。
そうした属性呪文は精霊魔術が最も得意とするところだったからだ。
治癒や回復呪文、そして精霊系統の魔術。
そうした魔術は既に先達である聖職者や精霊使いが存分に体現している。
もちろんそうした術師達と協力しそれらの効果を魔導術に落とし込もうと研究している魔導師もいるけれど、多くの魔導師は既知よりは未知の探求を好むのものだ。
ともあれ魔導術に於いてある程度以下の位階の攻撃魔術で魔族に有効なのは〈
広範囲に広がる炎の爆発〈
にもかかわらず修得している術師が多いのは、対魔族戦に於いて有用だからだ。
ただし……彼女らが唱えた呪文はいずれも低位に属するものであり、魔族を相手にした場合また別の問題が出てくるわけだが。
長女ルミュリュエを中心に白い閃光が周囲に吹き荒れた後、周囲にいた
だが残りの二体は無傷のまま彼女に襲い掛かる。
そこを貫くようにグロネサットの電撃が飛び、怪我をした一体を倒すものの、その背後の
「手強いです……!」
「やーんもー! わたし魔族に効く奴でこれ以上の呪文知らなーい!」
そう、多くの呪文は魔術結界に阻まれてしまうのだ。
ドルムに召集されるようなレベルの冒険者の上澄み連中ならいざ知らず、大概の術師が修得している呪文はだいたいこんなものである。
「悪イ! 遅れた!」
「避難一段落デス!」
そこに通りの向こうから全速力で駆け付けた戦士二人が剣と斧を振るい、残った二体の魔族を相手取る。
「リュット!」
「ゲヴィクル!」
姉妹の次女オウォリュット。
そしてこの街の市長にしてオーク達の族長、男装の女オークたるゲヴィクルである。
前衛が来たことで余裕のできた長女ルミュリュエと三女グロネサットが補助魔術を唱え二人を強化。
やがて体勢有利となった二人がそのままその場にいた魔族どもを押し切り駆逐した。
「ふう……二人とも怪我なかったか?」
「はい。助かりました」
「もう……ダメかと……」
汗をぬぐう長女と、へなへなとその場に崩れ落ちる三女。
「くそ、結局消し止められなかったかー!」
遠くで火の手が上がっている倉庫を睨みつけながら次女オウォリュットが忌々しげに呟く。
どうやら魔族どもが倉庫かなにかに火を放っていたらしい。
「それにしてもなぜこんな急に魔族達が…?」
「ナゼト言われタら……足止め、デショウ」
「足止め?」
ゲヴィクルの台詞に三女グロネサットが反応する。
「エエ…恐らく更なル大軍によってクラスク市ガ攻め立テられテイルハズデス」
「「「!!!」」」
顔を見合わせ、がた、と身構える三姉妹。
三女グロネサットも慌てて立ち上がる。
「一大事じゃん!」
「エエ。この街からハクラスク市の様子が何トカ見えマス。急げバ駆け付けられル距離デス。それダケニ無傷ノ私達ヲ増援トシテ来テ欲しくナイノデしょう」
「それなら…逆に行かねえって選択肢はねえよな」
次女オウリュットがニヤリと笑い、三女グロネサットがぶんぶんと首を種に振った。
そんな彼女たちを見渡して……ゲヴィクルが大きく頷いた、
「エエ……私にヒトツ考えガありマス」
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