第828話 街のたたかい

「避難する人の誘導を急いで! 見た目が人型生物フェインミューブなら信じて大丈夫です!」


鹿獣人スフロー・ファヴトの指示の下、アーリンツ商会の獣人達が逃げ惑う街の住人達や旅の者達を次々に商会の各店舗へと収容してゆく。


イエタの放った〈本性露見オズラヴ・オチュアッツァウ〉により街の各所で人型生物フェインミューブに化けていた魔族が出現、街は一気にパニックに陥った。

だがもしあれがなくば外からやって来た魔族どもの襲撃から逃れんとする避難者達の間にあらかじめ潜伏していた魔族どもが入り混じり、避難所の中で流言飛語を放って周囲に疑心暗鬼を巻き起こし避難者達の精神をさいなんで闇に蝕み魔族どもの餌としつつ、やがてはこの街の防衛体制や支配体制を混乱に陥れる傀儡へと仕立てていたであろうから、単なる物理的脅威のみに限定されているだけでも遥かにマシな状況ではあるのだが。


ともあれアーリンツ商会の店員たちには皆それを既に知っているようだ。

社長であるアーリからの通達である。


『現在街を覆っている結界呪文が魔族達の正体を暴いている』と。


これにより獣人達……アーリンツ商会の店員たちは皆妙な疑心を抱くことなく避難誘導に専念する事ができているのである。


「ミュミャアアアアアアアアア~~~~~!!」

「大変だ大変だ大変だああああああああああ!」


兎獣人のミュミアと狼獣人のグロイールが二人で街を駆ける。


「みゅみゃ! いましたいましたああああ!」

「クエルタの女将さあああああん!」

「どうしたんだい二人とも、そんなに血相変えて」


旅館の入口から顔を出し二人に声をかけたのはクラスク市で旅館を経営している女将、クエルタである。


クラスク村にてミエに協力してくれた最初期の仲間であるゲルダ、シャミル、サフィナ。

クエルタは彼女らの次にミエに協力してくれた女性達のうちの一人である。


当初はオーク達の女性の人権を認めさせようというミエの掲げた目標に対し懐疑的で、ただ鎖に繋がれ奴隷同然の生活を強いられていた日々から抜け出せるという理由だけで協力していた彼女だったが、ミエが目標の前に着実に積み上げてゆく実績を前に徐々に感化され、そしてミエを嫁と宣言した彼女の夫クラスクが前族長ウッケ・ハヴシとの頂上決闘ニクリックス・ファイクを制し集落の頂点に立ったあたりですっかり兜を脱いだ。


その後彼女は村の供応役を無難になし、それを評価され森の外の廃墟に新たなクラスク村を造る際、村外の客をもてなす旅館の女将として抜擢されたのだ。

街の発展と共にその事業を拡大させた彼女は、今や上街の一等地を含め街の各所に幾つもの旅館を経営しているこの街の有力者の一人となっている。


その際一番役に立ったのは彼女を飼っていたオーク…その後の夫であるクィーヴフに暴力を振るわれないよう、相手の顔色を窺い機嫌を察するすべだったというのだから、人生何が幸いするかわかったものではない。


「みゃ! 今日は観光客が思ったより多くて! うちの店だけじゃ収容が足りないのでございます!」

「だから! えっと! 前に社長が頼んだって言ってたんだけどさ!」

「なんだそんなことかい。とっくに準備できてるよ! うちの旅館の場所は全部わかんだろ! 緊急事態なんだ。相部屋なんか文句言わせず詰め込んじまいな! あたしが言っといたって言やあどこの支店も文句言わないはずさね」

「マジかー!? すごい助かるんだけど!」

「みゅみゃ! いいんでございますか!?」


ふふん、と腕を組み胸を張ったクエルタが、唇の端を吊り上げ笑う。


「当り前さね。このクラスク市あってこその旅館フィソールクエルタだからね!」



×        ×        ×



「オラッ! こっちくんな!」


虎獣人のイヴィッタソ・ヨアが大斧を振るって小鬼インプを撫で斬りにする。

彼女の斧は魔法の斧ではあり、小鬼インプの物理障壁を貫通する。


となれば獣人の、それも俊敏と怪力で鳴らす虎獣人の放つ獲物の破壊力が障壁に阻まれることなく最大限に発揮されるというわけで、小鬼インプなどひとたまりもなかった。


つい先刻街の住人と観光客らしき者達が悲鳴を上げながら逃げてきて、それを追っていたらしき小鬼インプを彼女が斬り捨てた、という寸法である。


「外は危険でチュ。アーリンツ商会のお店を一時的に避難所として提供してるでチュから利用してほしいでチュ」

「すいません! 助かります!」


怯え震える彼らを鼠獣人のレスレゥが先導し、一時避難所の中へと案内する。

その背中を見送りながらイヴィッタソ・ヨアはほっと一息ついた。


「ったく、街中まで魔族がうろついてやがる。どうなってんだ」

「妙ダナ」


彼女のやや後方で同じく大斧を振るい数匹の小鬼インプを屠っていたオークが、己の斧で肩をとんとんと叩きながら首をひねる。


「なにがだよ、ベミック」

「コイツラ本当ニサッキノ連中ヲ襲ッテタノカ?」


ベミックと呼ばれたオークが足先で地面に転がっている小鬼インプどもの死体を足先でつつきながら疑義を呈した。


実はこの男、虎獣人たるイヴィッタソ・ヨアの亭主である。

かつて酒場でどちらの種族が強いかと口論になり取っ組み合いになって勝負がつかず、互いに認め合った二人はその後幾度かのデートを重ね、その後ベミックからの熱烈なプロポーズを受けて受諾したという絵に描いたような恋愛結婚であり、獣人達はしばらくそれをネタに彼女をからかってはげんこつを喰らっていたほどだ。


その後ベミックはその腕が評価されアーリンツ商会で雇用され、イヴィッタソ・ヨアともども商会の用心棒として勤めあげている。

いわば夫婦で同じ職場勤め、というわけだ。


「さあな。別にどっちでもいいだろ。どうぜ魔族なんてろくでもねえ連中なんだし、何が目的でもここで潰しといて困ることはねえよ」

「ソレモソウダナ」



…そして夫婦そろって脳筋である。



実際ベミックの疑問は正しい。

避難所の前を通った魔族どもにとっては、単にここが目的地への最短経路だったからであり、たまたま前に街の者や観光客たちがいて勝手に悲鳴を上げて逃げ惑っていただけだったのだ。


まあ恐怖や怯えは負の感情の中でも美味な方であり、勝手に震えあがってくれるのなら彼ら魔族としては願ったりかなったりなので逃げるにまかせそのまま追い立てていたのだから、そのまま潰してしまえとのたまうイヴィッタソ・ヨアの言い分も完全に正しい。


そういう意味でこの夫婦の息はぴったりだと言えよう。

脳筋的な意味で。


……ちなみに普段はだいたい互角か嫁の方がやや強い程度の二人だが、こと夜の営みに関してだけはいつも夫の完勝らしい。



さて一方で一時避難所へと案内された者達は薄暗い建物の中で……


「は~い~。クッキーを食べて落ち着いてくださいね~」

「ああ、貴女は……!」

「は~い~、ケーキ屋さんヴェサットラオトニアの店主、トニアです~」

「おお……!」

「この子が……!」

「小さいな……?!」


ケーキ屋さんヴェサットラオトニアはこの街の名物であるスイーツたちの頂点に君臨する店であり、普段は大行列過ぎてよほどのファン以外並ぶ事すら躊躇するレベルだ。

そんな彼女が手ずから焼いた焼き菓子が食べられるとあって、避難所の者達は歓声を上げた。


トニアは避難してきたわけではない。

彼らの意気を下げぬために自ら避難所に赴いているのだ。


恐怖を煽られ、狭いところに押し込められて不安と不満が溜まり、旅行計画などが台無しにされて気落ちする。


気が落ち込めば思考が病む。

そしてそれらは魔族が好むものだ。


それを防ぐために彼女は自ら赴き菓子を配っているのである。


「トニアさぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」


扉を開けて新たな避難者…ではない。

牛獣人のプリヴが現れた。


荷車を引いている。

どうやら何かの荷物を運搬してきたらしい。


「頼まれた通りぃ、お店からぁ備蓄のお菓子持ってきましたぁ」

「ありがとうございます~」


のんびりした口調の二人の会話は少し間延びしている。

まあ二人的にはのんびりしている気は毛頭ないのだが。


「でもここはまだ足りるので~、第三と第四避難所に運んでほしいです~。あちらにはそれぞれカムゥさんとアヴィルタさんがいらっしゃるので~、そちらにお渡しくださぁい」

「わかりましたぁ」


再び荷車を引き始める牛獣人プリヴ。



「お、向こうに行くのか」

「向コウハ魔族ガ向カウ方向、危ナイ」


虎獣人イヴィッタソ・ヨアと亭主ベミックが互いに顔を見合わせ、頷き合う。


「よっしゃ、アタシが護衛してやるよ」

「まぁ、助かりますぅ~」


手を打って嬉しそうに微笑む牛獣人プリヴを急き立てるように出発させる。

彼女ののんびりした反応も慣れたものなのだろう。


「コッチハ任セロ」

「当ったり前だ。任せられる奴がいるからアタシが行くんだ」


二人が出立し、避難所の前で少し満足そうにベミックが幾度か頷いた。






衛兵が剣を振るい、オーク兵が斧を叩きつけ、かつての騎士達が槍で突撃する。

だが剣も槍も斧も持たぬ者達も……確かに、戦っているのである。





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