第822話 畑の上の決戦

「冒険者たちは遊撃に務めろ! 一か所に固まっているとすり潰されるぞ!」

「もとよりそのつもりだよ!」

「そいつは頼もしい!」


馬上からそう声をかけたのはゴエドゥフ。

今でこそ衛兵として務めているが、かつていは翡翠騎士団の第七騎士隊……つまりキャスの配下だった人物である。


魔導学院からの連絡により魔族地上部隊接近の放送が流れ、彼は手近な衛兵を募り急ぎ外へと出た。

一部の冒険者には別個に連絡が行くであろうことは想定済みであり、とりあえず手近な彼らに素早く指示を出す。


「ムンター、どうする。隊を二つに分けるか」

「いや逆方面には別の連中が行っているはずだ。我らが寡兵に分かれれば各個撃破されるのがオチだぞ」

「だな」


彼らは皆馬に乗っている。

バーディングを装備した騎馬である。


クラスク市に就職することとなった元翡翠騎士団の面々は、衛兵としての訓練を受ける傍ら常に騎乗訓練を行ってきた。

このクラスク市がまだ小さな村だった頃、彼らが王都から騎乗してきた馬たちもその殆どが未だ存命で壮健であり、彼らはその愛馬を大切に大切に世話してきたのである。


この世界の各地の城とクラスク市は、その立地条件が大きく異なる。

クラスク市は平地のど真ん中に建てられた街だからだ。


こちらの世界では今でこそ当たり前のように平地に街が作られているけれど。それはほとんどの地域で平和が当たり前な時代となったからである。


今だ戦乱の息吹が消えていない時代。

戦争と侵略で領土を広げてきた国が近隣にある地域。

そして生息地の決定的に断絶している種族が存在する世界。


そうした地に於いて街や城には当然の如く求められる者がある。

『堅牢な護り』だ。


そうなると街や城は丘や山の上を選んで建造されることになる。

自然地形を利用して防御力を上げるためだ。


アルザス王国の王都ギャラグフもまたこの広大な平原が広がる盆地の中、ある程度地形的に優位な地に築かれている。

まあだからこそ国土の東端の方に寄ってしまったわけだけれど。


だがクラスク市は最初から平地のど真ん中に建てられた。

決してそれが誤りというわけではない。

平和な時代であれば平地に街を建てるのはむしろ正しい選択である。

交通の便が良く各地からのアクセスに優れさらに街が発展し拡充する際の横の広がりが容易になるからだ。

これらの要素が現在のクラスク市の短期間に於ける大発展に大きく寄与してきたであろうことはこれまでの流れからもおわかりだろう。


けれど平地に建てられた城…いわゆる平城はその分天然の要害を失い護りが低下する。

折角経済的に発展を遂げたのに容易く他国に蹂躙され彼らに隷属、以後属国として一方的に搾取される立場となったら目も当てられまい。


特にこの地方には軍事大国バクラダが存在するのだ。

隣国はそれらの警戒や対策をしていて当然なのである。


ともあれクラスク市は堅牢な城壁に護られてはいても防御に不安が残る平城である。

そのため寡兵ながらその戦力は常に維持拡充に努めていた。


元翡翠騎士団の騎士達による騎兵戦力の維持もその一環である。


周囲に高台がない平城であるということは、当然城の周りは広大な平地という事になる。

そして平地に於いて騎兵は非常に高い戦闘力を発揮する。

騎兵槍ランスによる突撃戦術を最大限に活かすことができるからだ。


故に彼らは衛兵としての務めを全うしつつ、衛兵隊長のエモニモや元翡翠騎士団第七騎士隊隊長キャスバスィらの指導の下、厳しい騎乗戦闘の訓練を続けてきた。

それが今この場面において役に立っているわけだ。


「欲を言えばエモニモ隊長の指揮であればより心強いんだがなあ」

「魔族どもに誘い出されたな。本当に知恵の廻る連中だ」

「悪知恵な!」

「む、違いない」


ゴエドゥフとムンターが頷き交わし、背後の騎士らに合図をして馬に鞭を入れた。

自分達の不安や動揺を他の者に悟らせてはいけない。

元同僚の騎士達はともかく、今彼らの指揮下にはこの街で騎乗訓練を行っただけの新米もいるのである。


魔族達は最初空から攻撃してきた。

それもその多くが姿を消し、実際に目に見えている兵力より遥かに多くの飛行部隊で攻め込んできたのだ。


城壁際で地上からの侵攻部隊と攻城戦を行う限り戦いの矢面に立つのは兵士と兵士である。

だが街の中に入られてしまうと市民領民に犠牲者が出てしまう。

そうなれば戦場は大混乱に陥り、護る者はよりきつく、攻めるものはより容易く戦況を動かす事ができる。


だからまず最初に飛行部隊が攻め込んできた時、街の重鎮が最速で上に登りその迎撃に当たった。

それ自体は間違いではない。


だがそのせいで続けて魔族の地上部隊が攻め込んできた今、それを指揮できる隊長格が決定的に足りていない。

無論ゴエドゥフもムンターも兵を指揮する訓練は受けていたけれど、それでも現隊長たちに比べると力不足や不安感は否めない。


魔族どもは知っているのだ。

この街の個の優秀さを。

そして個が優秀過ぎるがゆえの層の薄さを。


だから通してはいけない絶対防衛線を城壁の上に築かせた上で、余裕を持って地上戦に乗り込んできたのだ。


「ただ……奴らも俺達の事は知らんだろう」

「まあ実戦で騎士団を指揮するのはこれが初めてだからな!」

「ハハ。連中に知られていないことを利点と捉えておこう」

「行くぞ」

「応!」


背後の騎士達に片手を上げ合図をすると、ゴェドゥフとムンターは姿勢を低く、騎兵槍ランスを脇に抱え馬に鞭を入れ一気に加速する。

背後の騎士達もそれに応じ次々に突撃を敢行した。


畑の上をのたくい進む粘魔族イクァワックを踏み潰し蹂躙しその先へ先へ。

目指すは粘魔族イクァワックどもを率いる魔族どもの先陣、槍魔族アジャプカップの一団だ。


地上侵攻の魔族どもは遠隔からの攻撃系妖術を持たぬ。

そのことをゴェドゥフもムンターも知っていた。


彼らは元アルザス王国国王直属の翡翠騎士団団員である。

となれば当然自分達の王国の存在意義と北方の『闇の森ベルク・ヒロツ』に潜み蠢く魔族どもとの戦いを想定しみっちりとした座学を受けていた。

当然その中には主たる魔族の特徴や戦術なども含まれており、ゆえに彼らは今回の魔族地上部隊の得意分野も把握していたわけである。


このあたり農民出で座学をサボることが多かったライネスやレオナルとは違っていた。

ゴエドゥフもムンターも貴族の息子だったからだ。


まあ貴族とはいえお互い五男と六男だったので家で厄介者扱いされていたし、家を継ぐこともできず翡翠騎士団の落ちこぼれ騎士隊になんとか滑り込んだのだけれど。


槍魔族アジャプカップどもの一団に近づくと、彼らが不治の槍を次々と構え突き出してくる。

それを鎧の端で受け止め弾きながら、彼らは鋭い騎兵槍ランスを次々と打ち込んだ。


絶叫と阿鼻叫喚が巻き起こる。


騎兵槍ランスによる猛烈な突撃は、馬による突進の威力を加算することで通常の槍による攻撃の数倍以上のダメージを与える強力なものだ。


突撃を敢行する為にある程度の距離が必要なこと。

突撃の為の射線は敵に対して直線状でなければならず、中途に遮蔽物があってはならないこと。

突撃の射線状の地形は藪や湿地などの移動困難な地形であってはならぬこと。


騎兵槍ランスの突撃にはそうした様々な条件をクリアしなければならず、また距離を取って攻撃、その後攻撃相手の背後に突き抜けて方向転換、再び距離を取って…といった手間をかけるため通常の白兵戦に比べて攻撃機会が少ないなどの欠点がある。


だが『攻撃回数が少なく』『一度のダメージが大きい』というお騎兵槍ランスの特徴は魔族に対して相性がいい。


幾ら攻撃回数が多くとも一度に与えるダメージが少なければ物理障壁によって阻まれ殆どダメージが通らず、また障壁越しに僅かに与えられたダメージも高速の治癒能力によって瞬く間に塞がれてしまう。


だが物理障壁が防ぐのは固定値であり、用いられた武器がたとえ障壁を貫通する素材でなかったとしても、一気に強大なダメージを与えられるなら物理障壁に防がれた上で大きなダメージを与える事ができる。

そしてもしそこで一撃で殺し切ることができれば、もう魔族の治癒の力は効果を発揮しないのだ。


槍魔族アジャプカップのうち三体が絶命し、他の者は傷が浅いか耐えきったのか、ダメージを負ったのみで槍を引き抜き或いは肩の肉を削いでその場に転がる。

ゴエドゥフとムンター率いる騎士隊は槍魔族アジャプカップどもの集団の正面から見て左端を削りその脇を駆け抜け次の突撃の為に距離を取る。


「被害は!」

「槍が腕を掠めました! 血が止まりません!」

「こちらもです!」

「治療している暇はない! このまま攻撃を続ける!」

「「ハイ!」」


絶命しなかった魔族どもはすぐに先刻の傷を塞いでしまうだろう。

だがこちらの受けた傷は治ることなく彼らを弱らせやがて死に至らしめる。






圧倒的に不利な状況の中、それでも一匹でも多く魔族どもを屠らんと、二人は部下を叱咤しながら槍を構え直した。






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