第820話 魔導学院の戦い
「警報! 警報! 西方、及び東方より接近する敵影在り! 魔族です!」
暗い室内に声が響く。
どうやら敵の増援らしい。
飛行部隊の一部が街に入り始め、どうやら次は完全なる制圧を目論んでいるものらしい。
「北方と南方は!」
「今のところ確認できず!」
「ええっと……」
そこで報告を受けたらしき人物……声からして女性のようだ……はわずかに逡巡した。
クラスク市魔導学院副学院長にして現在は学長代理権限を有するネザグエンである。
ネザグエンは従軍魔導師だった頃に座学で教わった戦術理論が魔族にも当てはまるものかと少し考える。
北方には衛星村がある。
さらにはクラスク市の第二都市として成長しつつある
空からはともかくとして、地上から侵攻してくるとするならかならずそこで引っかかるはずだ。
またそれを避け、どこかに潜んでこの襲撃を待つとするならやはり北からはあり得ない。
なにせこの街の北方はほぼ畑と草原しかなく、隠れるには実に不適切な立地だからである。
魔族には姿を消す魔術や妖術を備えている者がいる。
だがそれらは魔術効果或いは魔術類似である以上持続時間からは逃れられぬ。
魔術であれば魔力制限もあるし、妖術なら使用回数制限だってある。
つまり畑のどまんなかで術を用いて消えっぱなし……というわけにはいかないのである。
となると普段魔術妖術で姿を消していても、少なくとも術が切れてからかけ直す間はどこかに身を隠すしかない。
視界一杯に遮蔽のない北方でそれは困難なはずだ。
また空を飛べない魔族であれば柔らかい畑の上に必ず足跡が残るはず。
透明化の魔術効果は視覚情報にだけ影響するもので物理的に消え失せる者ではないからだ。
となると北方からの襲撃の可能性ははあまり考慮に入れる必要は少ないと考えていいだろう。
では南方はどうだろうか。
南には
あの豊かで大きな森ならば魔族が今日の襲撃まで隠れ潜むのに都合がいいはずだ。
ならばなぜ花のクラスク村は今日まで生かされていた?
あの村に何か索敵上の罠があるとでも勘違いしていたのか?
魔族があの森に潜みあの村を襲わなかった理由はなんだ?
索敵……
敵を察知する。
「あ………」
ネザグエンは目を見開いてそれに気づいた。
「『
販路の拡大に伴い需要も急増し、結果蜂の巣が足りなくなって北部に衛星村を造り森と花畑と蜜蜂を増産するに至った流れについてはこれまでにも述べたはずだ。
その経緯で当然ながら
彼ら蜜蜂は花の蜜を求め今日も森中を飛び回っているはずだ。
蜜蜂は巣の近くを縄張りと見做し、縄張り意識が強く、攻撃性が高い。
かつてミエが己の世界で見聞きしていた蜜蜂の習性に比べるとだいぶ狂暴な種であると言える。
縄張りの外、例えば村近くの花畑などではその攻撃性はだいぶ抑えられているようだが(どうやら単に蜜蜂の習性というだけではなく、花畑を管理しているサフィナがなんらかの処置を行っているようだが、ネザグエンはその内容を知らない)、それ以外の森の中ではだいぶ危険なはずだ。
森の中の蜜蜂飽和度が上がっているためである。
採蜜係の者達であれば問題はない。
そもそもオーク達は蜜蜂の毒に強いし、かつてはサフィナが、今では森に移住してきたエルフ達が協力し
ただし彼らには仕えるべき神がいない。
あえて言うなら大自然そのものが彼らの神と言えるだろうか。
大自然にかかわる力の循環…風・水・火・土といったエネルギー(土をエネルギーと呼ぶのはこちらの世界では少々違和感があるかもしれないが)を操るなら精霊魔術の領分だが、大自然にまつわる動物や植物、昆虫といったものに対する魔術であれば
魔導術でそれらを再現することは難しい。
治療呪文やそうした大自然そのものに関わる効果は魔導師の呪文には非常に少ないのである。
治療呪文は用いるエネルギー自体が神々に関わる聖なる(逆呪文であれば邪なる)ものであるため、『この世界の数式』では算出しにくいこと。
そして大自然に関わる魔術は自然の流れの不確定要素が多すぎてなかなか公式化できず、労多くして実が少ないないため研究者が少ないことなどが主な要因だ。
そして魔導術にそうした呪文が少ないと言う事は、魔族達の修得している魔術や妖術にもそれらの対策が少ないことを意味する。
魔族の用いる魔術はその殆どが魔導術であり、その妖術も基本魔導術由来だからだ。
となると
つまり〈
となると仮に魔族達が森の奥深くに潜めばたちまち蜜蜂どもに発見され、縄張りを護るため蜜蜂達の集中攻撃を浴びることとなる。
勿論魔族には物理障壁があり、
彼らの持つ毒針さえ、ほとんどの魔族には大したダメージは与えられないはずだ。
自らが毒を含んだ身体武器を用いることが多いためか、魔族には毒への抵抗や耐性がある者が多いのである。
だが蜂どもが騒げばたちまち森を巡回しているエルフ達に発見されてしまう。
なにせ
そうした不測の事態により襲撃当日である今日も前に発見でもされたら彼らにとっては大問題だろう。
つまり魔族達が
言うなれば街の特産物として育ててきた蜜蜂たちが魔族対策の一種として機能し、結果として森の中にあった花のクラスク村も護られた、というわけだ。
「増援の時間差は考えられません。敵の地上部隊は西と東からと考えてください。数と種類は」
「
「どうやら本気でこの街が最大の目標のようですね……!」
ネザグエンは一瞬全てを放り捨てて転移魔術で逃げ出したい衝動に駆られたが、確か先刻の報告ではドルムでは対転移魔術の対策は取られていたという。
この街でも魔族達によってあらかじめそうした対策が取られていない保証はない。
逃げ出せたと思ったら現れた先が魔族の牢の中では溜まったものではない。
なによりこの街にはネザグエンの専用研究室がある。
彼女がここの魔導学院の魔術塔建造時に部屋の内装からデザインから携わったという念の入ったもので、その価値は計り知れない。
それを手放すなど彼女にはできようはずもなかった。
(見張り塔からの連絡が来ない……まあそうでしょうね)
高い知性がある飛行生物に襲撃された場合、まず真っ先に狙われるのは見張り塔だろう。
相手の索敵の目を殺し、状況が理解できぬ内に城攻めするためだ。
となればこの街の本来の索敵能力は失われ、魔族どもにいいように蹂躙されるだけとなってしまう。
魔導学院が建っていなければ、だが。
「魔族の襲撃の方向と種族、そしてその数を居館に連絡。街に放送をさせてください。私達魔導学院は魔具と占術の粋を尽くして状況把握に努めます!」
「「「ハイ!」」」
複数の魔導師達が水晶球を覗き込み、各地の状況把握に努めている。
ミエが街の発展のために用意した数々の施策が、施設が、今この街の護りの助けとなっていた。
「では冒険者たちに連絡! 各地に配置完了次第起動開始シークエンスに移行します!」
そしてネッカから託されたとある魔導書を広げながら……ネザグエンが足元に光る魔法陣を展開させる。
「全
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