第786話 反撃の道しるべ

「ははは。旧き死グライフ・クィフィキを倒してのけようとはまた心強い」


城代ファーワムツが笑う。

決してあざけってのものではない。

素直に感嘆したものだ。


実際にクラスクが高位魔族をどうにかできるとは無論思ってはいないのだがその精神力は評価しよう、ということだろう。

なにせ魔族は人の負の心を餌とする。

弱気のまま戦場に立つのはそれだけで危険な行為なのだから。


「ただクラさま……クラスク太守の仰る事にも理があると思いまふ」


城代へと向けたネッカの言葉に、だが眉をひそめたのはクラスクだった。


「ナンデ言イ直す」

「ええと公式な謁見でふので…」

「俺イつモノ言イ方好き」

「知ってまふ! 知ってまふけども!」


仮にも城主代理の前で我が家同然のやり取りをして頬を赤らめるネッカ。

ドワーフ族のそんな様子を見るのは初めてで、驚く宮廷警護の兵士達。


「ごほん。ともかく太守の言にも一理あるでふ」

「どのようなところがですか」

という点でふ」

「……続けてください」


ネッカは咳ばらいをしながら話を続ける。


「はいでふ。先ほどの突入行、幾度もタイミングを合わせた一斉攻撃が行われたでふ。魔族特有の精神感応能力を利用したどこにも逃げ場のない完全同時攻撃……ただ、んでふ」

「ほう……?」


城代ファーワムツが興味深そうに目を光らせた。


「アー、確かに少シタイミング少シ遅かっタ気がすル。ダからかわシ切れタ」

「はいでふクラさま。そこでふ」

「今はイイのか」

「直接呼ぶときは仕方ないじゃないでふかー!」


ネッカが真っ赤になって反論する。


(あれ? ドワーフだよな?)

(ドワーフだよ)

(おかしい……ドワーフなのに可愛い……)


兵士達が混乱しつつも新たな性癖を植え付けられている前で、ネッカは咳ばらいをしながら説明を続けた。


「通常魔族の軍団は魔将ヴァスヒュームのような上級魔族の長やさらに上の高位魔族が軍団を統率し、彼らの指示で一糸乱れぬ連携をするはずでふ。なのに連携が一瞬遅れた、ということは……おそらく今回彼らの攻撃はと推測できまふ」

「合議……つまり相談の上決定した行動だったと?」

「はいでふ。おそらくは。魔族たちは高い知性と判断力を備えてまふが同格の相手は全員競争相手でふから基本仲が悪いんでふ。なので合議の結果行動方針が決まるまでに多少の時間がかかったものかと思われまふ」

「なるほど…確かに理屈は通っていますね」


城代ファーワムツはふむと首を傾げ、率直な疑問を呈した。


「ならば魔将ヴァスヒュームや高位の魔族たちはどこへ消えたのでしょう」

「これまた推測でふが……と思われまふ」


ネッカの言葉に、宮廷魔導師ヴィルゾグザイムがはっと目を見開いた。


「そうか……! 先ほどの魔族が開発したと思われる対通信結界、事前に互いの街の通信室の場所が判明していなかったと仮定するなら結界をピンポイントに展開できず街と街との間を広く遮断する必要がある。そのためには相当広範囲をカバーできる結界でなければならぬ。さらに傍受効果、加えて魅了効果、仮に魔導術で開発するとするなら相当に高度の術となりますな。おそらく最低でも上位魔術……となると」

「そうでふ。使はずなんでふ」


魔族の多くは妖術を用いる。

これは魔術に似た効果を、だが呪文の詠唱の要なくただ念じるだけで使用できる便利で強力なものだ。


ただし妖術は基本種族ごとに固定のものを使えるのみで、聖職者や魔導師のように成長することでより多くの、強力な妖術が使えるようになったりはしない。

まあネッカの説明の通り功績を上げ続ける事でより上位の魔族へと姿を変える事ができるため、その結果より強力な妖術が使える魔族になったりはするのだろうが。


つまり妖術は便利で強力な反面拡張性がないのである。


一方で魔導術は腕を磨けばより強力な術が使えるようになるし、誰かが開発そ呪文をそのまま書き写させてもらえば自分のレパートリーにもできる。

逆に己が開発した呪文を他人に教える事だってできるのだ。


神に力を借りる神聖魔術や精霊の助力を得たり使役する精霊魔術に比べすべて己の知力と魔力で賄わなければならぬ反面、他の魔術より遥かに拡張性が高いのが魔導術の特徴と言えるだろう。


だから魔族の中でも特に高位の者は魔導術を学び、使いこなしている者が多い。

だがそれは逆に言えば高位の魔族でもなければ強力な魔導術は扱えぬ、ということでもある。


先程の巨大な傍受結界は魔導術換算だとしたら相当に高度な術であって、つまり唱えるためには高位の魔族でなければならぬ。



そして……街と街との中継点ごとに結界を設置しなければならぬ関係上、結界の設置個所はかなり多いはずなのだ。



「すぐに連絡がつくクラスク市とドルム、この二都市だけに限定しても、クラスク市は三都市、ドルムはさらに多くの都市の通信ができるはずでふよね?」

「ええ。定時連絡は王都ギャラグフにしか行っておりませんが、緊急時には近隣諸国とも連絡可能です」

「今回ハドウナンダ。緊急事態ダロ」


城代ファーワムツの言葉にクラスクが眉をひそめた。


「それが…我々は今日まで通信士ケルヴィンの言葉を鵜呑みにしておりまして、王都から騎士団が総出で出撃しこちらに向かっていること、さらには王都から各国へと通信が飛び遠からず連合軍が駆けつけてくると信じ込んでおりましたゆえ」

「ナルホド。ダガ逆に助かっタナ」

「はいでふ。下手に各国に通信していたら連合各国の通信士が悉く魅了され通信網が完全に死んでいたかもしれないでふから」

「むう、不幸中の幸いですか……」


未曽有の危機を伝えるために行った通信が、人型生物フェインミューブ各国の通信士を根こそぎ魅了し、魅了された彼らの報告を各国がそのまま信じてしまえばこのドルム防衛戦はほぼ詰みである。

十分危地ではあるけれどまだ最悪にまでは至っていないことに、城代ファーワムツはほうと息を吐いた。


「高位の魔術は一日に何度も唱えられないでふ。消費魔力が大きすぎまふから。さらにこの呪文は単に通信を傍受するだけでは駄目で、、という工程が必要でふ。それらを考えあわせると…一体の魔族で受け持てるのはせいぜい数か所程度ではないかと思われまふ」

「つまり強力な上級魔族は我々の通信網を遮断するために出払っていてこの地にはいない……?」


ファーワムツの疑問形の言葉に、ネッカは強く頷く。


「おそらくは。そしてさらにアルザス王国騎士団をこちらに合流させないため、少なからぬ数の魔族の軍団が北方回廊を封鎖しているはずでふ。つまりそちらにも魔族が大量に割かれ、その分こちらは手薄になっていると思われまふ。先ほどの包囲網の薄さから考えると十分あり得る話かと」

「なるほど……?」


ファーワムツは顎に手を当て暫し考え込んだ。


「そうか……ドルムさえ落とせば魔族どもの勝利と、彼らの主力がここに集結している者とばかり思っていたが、むしろ逆なのですね。通信を遮断した上でもっとも手近で高い戦闘力を誇る王都の軍勢をこちらに近づけさせぬよう大軍で迎え撃ち、こちらは各国が援軍に来ると信じ込んでいた我々が籠城主体で戦うであろうことを見越して、少数のような軍団で包囲を行ちあわよくばそのままこちらが手を出さぬ間に瘴気地を生み出そうとしていた、といったところですか」

「マンマトシテヤラレタナ」

「まったくです」


ふう、と息を吐いたファーワムツは、だが強い決意を込めた瞳で宮廷を見渡した。






「わかった以上このまま座して彼らの策を見過ごす事はできません。瘴気地を造られる前に打って出ましょう」







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