第747話 傍受魔術
「あ……そっか。うちの街に配置してるみたいに効果を恒久的にするとそれ自体で余分なお金がかかるから……つまり最低限の魔力で作るしかない?」
「はいでふミエ様。そうなりまふ。なので魔具を作成する際は常に最も低い魔力で行うのが基本になりまふ」
無論例外もある。
国宝と呼ばれるような強力な魔具の場合、高い魔力で効果を発揮するようにされている事が多い。
まあだからこそその価値が跳ね上がるわけだが。
「なるほど……ええっと魔力が少なくなるとどうなるんでしたっけ?」
「持続時間や効果範囲がその分減りまふね。攻撃魔術であれば威力が下がりまふ」
「ってことは逆に言えば攻撃じゃない魔術の威力とかはないわけだから……」
ミエは自分が発注して街に配置されている魔具の数々を思い浮かべた。
「あそっか。それで問題ないのか」
例えば上に置いた食品の発酵を促す布。
これは範囲が広い必要はない。
布の上だけでこと足りるからだ。
例えば街の出入口たる大門に組み込まれている嘘を検知する覗き窓。
これは効果範囲や射程が最低限になっているが、そもそも門を通る時点で調査対象は常に門の内側という一か所を通らざるを得ず、広い範囲をカバーする必要がない。
そして街を魔術探査から護るための神々の像……これはネッカに言われて数を多く作り各教会や城壁の内側に安置されている。
最低魔力で作成した範囲の狭さを各所に配置するという数によってカバーしていたわけだ。
それ以外にも幾つか思いついたものがあるが、すべてネッカの工夫で最低魔力のまま運用できるようになっていた。
いわばミエのアイデアを魔具に落とし込む際、ネッカがすべて実用レベルの効果と作成費用の枠内に調整してくれていたわけだ。
「? どうしたんでふかミエ様」
「いえ……今になって自分がだいぶ無茶ぶりをしていた事に気づいて猛省中と言いますか……」
円卓にごんと額をぶつけて己の浅はかさを少々悔いるミエ。
魔術知識がまるでなかったとはいえ、当時のネッカには随分と無茶な発注をしたものだと今更思い知ったのである。
とはいえこれに関してはネッカの方にも瑕疵がないとは言えない。
ミエのアイデアを彼女の方で全て引き取って現実的かつ有用なレベルに落とし込んで実現させてしまったがゆえに、ミエが『魔具とはそういうものだ』という誤解を与えてしまっていたのだから。
「大丈夫カ、ミエ」
「はーいすぐに復帰します旦那様ー」
ミエはむくりと顔を上げ、話を本題に引き戻す。
「ええっと、つまり恒常的に有効な魔具は本来の呪文効果として考えると最低魔力のものにしかならないので、今回魔族さんたちが使ったような利用法はできないってことでしょうか」
「そうでふね。魔族の精神感応は種族的な妖術の一種で魔族の高い魔力で自由に用いることができまふが、
「ううん相手側だけが一方的に対策できちゃうのはあまり好ましくないですねえ」
「あまりではない。相当危険な状態だ」
ミエの呟きをキャスが即座に訂正する。
「うう~~ん……」
「どうしたんですかエィレちゃん難しい顔して」
アルザス王国側の情報開示のためゲストとして呼ばれていたエィレは、一同の話し合いを聞きながら腕組みをし、難しい顔で考え事をしていた。
そして首が少々危険な角度に曲がりかけたところでミエに声をかけられハッとして顔を上げる。
「ええっと……ちょっとだけ気になったんですけど……」
「はいはいなんでしょう」
「仮に魔族が自分達の種族特性を利用した魔術なんかを開発して王都ギャラグフとドルムの定期通信を傍受して割り込んでいるのだとします」
「はい。だとします」
「単に盗み聞きしているわけではなくって、王都からドルムへの定期連絡に割り込んでドルム側の通信を装いつつ、特に魔族の襲撃などなく平和そのものだと
「上手く騙せおおせてるから今の状況なのでは?」
エィレの疑問に答えたのはエモニモだった。
だがエモニモはエモニモで己の発言の心許なさに気づき言葉を止めた。
「……ですがそうですね。姫様の仰る通り少し奇妙ですね」
「ですよね」
「その点については最初から何かあるとは思っていたが…」
エィレ、エモニモ、キャスの三人が眉根を寄せる様を見ながら、ミエがピンと来ていない表情で疑義を発する。
「何がおかしいんでしょう?」
「軍事機密の連絡なんだ、ミエ。合言葉や暗号も使われるし、それを探ろうにも通信する魔導師は幾重にも占術防御のかかった部屋に籠っていて城の外に出る事もない。そうした相手でも一度や二度程度なら話術で誤魔化すことができるかもしれん。だが半月もの間誤魔化し続ける事は困難だ。いつか違和感に気づき怪しむようになる。それもギャラグフとドルムの双方を相手を騙し続けることなど」
「ああー……たしかに」
キャスに言われてミエもようやく腑に落ちる。
例えば腹が痛いだの今日は風邪気味だので一度くらいは相手を騙す事はできるかもしれないけれど、そんな言い訳はそうそう何度も通用しないだろう。
魔族がどれほど人界の、それも双方の高度なセキュリティに護られた通信士の事情について把握しているかは不明だが、半月以上互いを騙し続けることなど本当に可能なのだろうか。
「では城内にスパイがおるのではないか」
「いやシャミル、ドルムの魔術セキュリティは厳しい。信用の置けぬ者が通信士と接触することはできないはずだ……そもそも城内は占術によりそうした対象を常に炙り出しているだろうからな」
「まあそうでもないと数十年も魔族相手に持たないだろうニャ」
「確かに、理屈じゃの」
言われるがままむっつりと押し黙ってしまうシャミル。
そしていいアイデアが湧かずに困惑顔のミエ。
このような状態は少々珍しい。
そもそもミエは誰かのためになるような、相手の利益になるようなことであれば幾らでもアイデアが湧いてくるのだが、誰かを騙すとか貶めるとかそういった方面になるととんと頭が働かなくなる。
そういった発想自体が彼女の内にないからだ。
「さっき無茶ぶりを反省しといてなんですけど、ネッカさんなにか思いつきませんか?」
「そうでふね……」
腕組みをして考え込むネッカに視線を向けたミエは……
「って光ってるー!?」
その先で、淡い光を放つイエタを見つけ思わず叫んでしまった。
目を閉じ何か瞑想に耽っていたらしきイエタは、ミエの大声にまるで眠りから目を覚ますようにして面を上げた。
「…ミエ様?」
「あ、すいませんすいません! 何かお邪魔しちゃったみたいで!」
「いえ邪魔だなどとんでもありません。ただ少々気になることがあって」
「気になること?」
「はい。ちょうど女神リィウーがお耳を傾けて下さりそうだったので、少しお話を」
「かみさまと!?」
「はい」
ミエからすれば神様というのはもっと絶対的で不可知な存在というイメージなのだけれど、少なくともイエタにとってはそうでもないらしい。
とはいえこれがイエタ独自の感覚なのかそれとも他の聖職者も似たようなものなのかはミエにはよくわからなかった。
イエタほど高位の奇跡の御業を振るえる聖職者がこの街に他にいないからである。
「ええっと……それで女神さまとはどんなお話を……?」
「今回の魔族のたくらみについてです。ええと……
イエタはその静謐な視線を、ネッカの方に向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます