第746話 永続魔具

「あそっか、そっか……! 魔術を使って魔術を傍受するためには使んですね……!」

「はいでふ。どう考えても維持するのに莫大な魔力が必要で、その手の呪文は大概非現実的と開発が頓挫してきたんでふ」

「それを……魔族の方たちはやってるってことですか!?」


もしそうなら、相手にはとんでもない…無尽蔵に近い魔力の持ち主がいるということになる。

ミエは背筋がゾッとした。


「おー……」


とその時、くいくい、とミエの袖を誰かが引っ張った。

エルフの少女、サフィナである。


「どうしたんですサフィナちゃん?」

「おー……『魔術のつーしん』ってこのあたりにただよってる魔力使う?」


サフィナは指先でつんつん、と何もない空間を指さした。


「…そうですね。ネッカさんの仰る通りだとするなら」


ミエには魔術が使えないし、そもそも魔力が見えない。

だからそれが正しいかどうかはネッカの言う事を信じるしかない。

まあミエはその点については一切疑っていなかったけれど。


「おー……じゃあなの?」

「「「あ……ああああああああああああああ!!?」」」


サフィナの一言に、一同が愕然とする。


「あー! そっか! !」

「魔導師の呪文にもありまふ! 〈精神感応契約フヴェップ・ソグラビカー〉! でふ!」

「そうか……成程。魔術による通信が魔族のそれと同質のものであると捉えるなら、彼らはその起点になる精神感応を魔力の消費なく常時発動できていることになる。それだけその手の魔術を使う際有利というわけか」


キャスが難しい顔で呟きつつその危険性について黙考する。

今回の攻勢は間違いなく王都とドルムの通信を傍受、かつ利用したものだ。



どういう手段で知ることができるのか?

その条件は?

束縛される人数は?


もしやすると最悪、今回の件よりもっとずっと以前から、各国の魔術通信が彼らに筒抜けだった可能性がある。

逸れに思い至った時、キャスの額に冷や汗が流れた。


「つまり人型生物フェインミューブには現実的じゃニャくても魔族なら可能ってことかニャ?」

「そうなりまふね。魔族専用呪文のようなものである可能性もありまふ」

「ちょっと待ってくださいネッカさん。じゃあじゃあ例えば魔具にしたらどうです? 魔具って毎回魔力消費するわけじゃないですよね?」

「そうでふね……」


魔導術にあまり詳しくないミエかれすればもっともな質問に対し、ネッカが丁寧に説明する。


「魔具は基本的に込められた魔力を消費して魔術を行使しまふ。〈魔術の矢イコッカウ・ソヒュー〉が30回分込められた魔法の杖は30回〈魔術の矢イコッカウ・ソヒュー〉が使えるわけでふね」

「あれ? そうなんですか?」

「使っても消耗しない魔具を作ることもできまふ。ただしそれらでも魔力の消耗がないわけではないんでふ。大気中に漂う微量の魔力を集めながら魔術効果を発生させてるわけでふね。なのでこれらの場合だいたい1日に1回とか月に3回のような使用回数の制限があるのが普通でふ」

「ふえ? へえ……?」


ネッカの説明は実に利に適っておりわかりやすいけれど、ミエには少々納得のゆかぬこともあった。

なぜならクラスク市で使われている多くの魔具…例えば発酵食品と作るものだったり、大門に仕掛けられている嘘を看破するものだったり、こうしたものは回数無制限で使用できていた気がするからだ。


「それらを一切無視して、回数制限なし使用制限なしの魔具を作る事自体は可能でふ。ただこの場合でも調必要がありまふ。なのでこうした魔具を作成する場合、あらかじめ大量の魔力を付与しておいて、かつ高効率で周囲から魔力を吸収するような措置を施しまふ。結果として作成する際にだいぶ値が張って……つまり割高になるわけでふね」

「あー、じゃあネッカさんが作成された魔具ってそういう風に作ってたんですね…」


ようやくネッカの説明が腑に落ちてミエが感嘆の声を上げる。


「特別な処理が必要でしかも費用が莫大になるため学院などで魔具を作成する際はまず取らない手法でふが、依頼主の条件がそうなっていたでふから」

「それは! なんか! ちょっと! 申し訳ありませんでしたー!」


依頼主とは当然この街のシステムのあれこれについて思いついたまま口にしたミエの事である。

ミエは今更ながらネッカに無理をさせていたことに思い至って大きく頭を下げた。


ただこれに関しては単純にミエが悪いというわけでもない。

実際この手の使用制限のないタイプの魔具は非常に値が張るため依頼側が必要な予算に目を丸くして依頼を取り下げる事もあるけれど、一度作成さえしてしまえば遣いべりしないため非常に有用だ。

どちらかというと問題は魔導学院がこうした魔具はなるべく外に向けて口にせず、造らぬようにしている事の方が大きい。


理由は単純。

幾度も使用できて回数制限のない魔具など迂闊に量産してしまったら、誰も魔具の作成や魔術行使を学院に依頼に来なくなってしまい、研究費用を拈出するための副業が減ってしまうからである。


「で、でふね。ここからが本題でふ。呪文というのは異なる術者が同じ呪文を唱えても全く同じ結果になるとは限らないんでふ」

「ふぇ? おんなじ呪文……なんですよね?」

「はいでふ。なぜなら互いの術者の魔力が異なるからでふ」

「あ……えーっとつまり魔力がいっぱいある……魔力が高い人が唱えた呪文の方が同じ呪文でも効果が高くなる……?」


ミエの気づきにネッカが嬉しそうに頷く。


「その通りでふミエ様。魔術の効果を決定づける魔術式にはが渡されまふ。それが術者の魔力でふ。渡された引数の数値……すなわち魔力が高ければ高いほど、その呪文は高い効果を発揮しまふ。例えば射程、例えば効果範囲、例えば威力……などでふね」

「なるほど……?」


術者の実力が上がればより上位の呪文が行使できるようになる。

だが上位の呪文が常に下位の呪文より優れているのなら、術師は皆高位の呪文しか使わぬだろう。


だが実際には術者達は下位の魔術を上手に使って数少ない上位の呪文の間を埋める。

それはより上位の魔術が唱えられる高位の術者になったことで魔力が上がり、下級の魔術を用いてもその高い魔力である程度の高い効果を見込めるようになったからだ。


高位の呪文は魔力消費が激しく数を唱えられぬ。

そういう意味では高位呪文を切り札として温存し、下位の呪文群でそれ以外の状況に対処できるようになってこそ一流の術者と言えるだろう。


「へー、魔術って思った以上に色んな要素があるんですねえ」

「はいでふ。ではミエ様、高い魔力を持った魔導師が魔具を作った時、魔具の魔力はどうなると思いまふか?」

「ふぇ……?」


唐突に質問を振られミエが一瞬考え込む。


「高い魔力を持ってる人が魔具を作ったなら……高い魔力の魔具になるのでは?」


ミエの答えを、だがネッカは首を振って不定下。


「ところがそうではないんでふ。厳密に言えば高い魔力の魔具を作ることもできまふが」

「『も』……?」

「はいでふミエ様。低位の魔導師が作った魔具には低い魔力しか込められてないでふ。これに関しては問題ないでふね」

「それはまあわかりやすいです」

「高位の魔導師が魔具を作る時は、魔力をたくさん……本人の限界まで込めるか、それとも魔力を抑え初心者程度の魔力しか込めないか、んでふ」

「あーなるほど! それは理屈ですね」


ぽんと手を叩いてミエが納得し……その後うん? と首をひねった。


「なんで魔力を抑える必要があるんです?」

「予算の問題でふ。高い魔力を込めれば込めるだけ、魔具作成にかかる費用が跳ね上がるんでふ」

「あ……」


魔術の矢イコッカウ・ソヒュー〉が込められた杖は魔導師が振るう事で呪文の詠唱をすることなく〈魔術の矢イコッカウ・ソヒュー〉を放つことができる。

戦場に於いて回避不可の低位の攻撃魔術を当人の魔力を消費なく幾度も使える有用な魔具だ。

低位魔術の魔具なので本来であればコスパも悪くない。





だが高位の術者が己の最高魔力でそれを作ってしまうと作成に莫大な金がかかってしまう。

魔力の浪費を抑え予算にも優しくするつもりがそれでは本末転倒だ。

それゆえそれらの魔具は最低の魔力で作成する必要があるのだ。



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