第715話 四か国会議
エィレの要請により、急遽各国の外交官がアルザス王国大使館に集められることとなった。
今エィレの前にいるのはその最初の三人である。
「ドワーフ王国グラトリアの外交官、ダフマネックだ」
恰幅のよいドワーフが慇懃な声で挨拶する。
普通のドワーフに比べやや恰幅がよく、身だしなみもしっかりしている。
「エルフ族の聖地、
エルフ族の若い女性である。
まあエルフの場合見た目と年齢は必ずしも一致しないけれど。
「そしてノームの王国ファルンの外交官、魔導師アウリネルさんさっ!」
しゅたっと片手を上げて挨拶するその娘にエィレは不覚にも完全に虚を突かれた。
「アウリネルさん外交官だったんですか!?」
「そだよー、言ってなかったっけ?」
「聞いてませんっ!」
「じゃあ今言ったー」
相変わらず言動が掴みづらい。
エィレは額に片手を当てて小さく唸った。
彼女が外交官であることを知らなかったのは不覚である。
大体ほとんどの外交官とは面通しをしてあるはずで…
「あ……」
していない。
彼女とは外交官として会っていない。
だってノーム族の大使館からはこちらに会談の申し入れが一度もなかったのだ。
当初エィレはこの街に常駐している全ての外交官と会談を執り行う予定だった。
当然その中にはノームの小国ファルンの大使館も含まれていた。
アルザス王国と国交を結ばんとするクラスク市。
そこに外交使節を派遣する程この街を買っている彼らに、一体この街のどのようなところを評価しているのか聞きたかったからだ。
だが彼女が行動を起こす前に各国の大使館の方から大量の会談依頼がやって来た。
エィレが思っている以上に、彼らはクラスク市とアルザス王国の関係改善を強く望んでおり、その王国が派遣した外交官に是非会って話を聞きたいと願っていたからだ。
そのあまりの依頼の多さにてんてこ舞いだったエィレは、迂闊にもそこで確認を怠ってしまっていた。
アルザス王国大使館との会談を積極的に望んだ国は大使館街にある全ての国ではなく、そしてノームの王国ファルンが会談を希望してこなかったことを。
「あの…なんで、その…」
「ん-? もっとハキハキ喋ってくれないとわからないなー」
「あ、すいません!」
外交官は交渉術によって他国と渡り合う。
兵士たちのように剣や盾を持って戦うわけではないけれど、その舌鋒や礼儀作法などで他国と鎬を削る、という意味に於いては彼らも立派な戦士であると言える。
ゆえにこうした不測の事態に於いて口を滑らせたりどもったりするのは彼らにとって武器の持ち方を誤ったに等しい。
厳に慎まなければ、とエィレは慌てて己を立て直した。
「すいません。アウリネルさんは魔導学院の設立に必要な人材として呼ばれたと伺っていたもので」
そうである。
彼女は確かこの街の大魔導師ネカターエルがこの地に設立した魔導学院の学長に就任しようとした際、学長の資格として弟子を育てた実績が必要だったためその条件を満たすため用意された彼女の弟子だったはずだ。
なぜそれが外交官などという肩書を持っているのだろうか。
「いやーそれがまあその通りなんだけどさー、うちの国が正式にここと魔印を交換しようってなった時現地にいるからついでにお前がそれもやれてちわれてさー」
「それで…貴女が?」
「そーそー。だからまー『えー? まあいっかー』みたいな」
「そんないい加減な…」
「そお? 興味のないことに関してならノームはみんなこんなだよー?」
エィレは一瞬頭を抱えたが、すぐに気を取り直した。
種族によって優先順位は様々だ。
錬金術の研究や実験が第一なノーム族ならそういう考え方もあるかもしれない。
そうした種族ごとの違いを理解し飲み込むのもまた外交交渉の一つではないか。
そもそも魔導学院を卒業している時点で彼女の知識と学力は間違いないわけだし、学院で複数の言語を学ばせていると聞くから読み書きの方も万全だ。
学問研究を行うのが本文なのだから文字や文章作成能力への適正も高いだろう。
そういう人物ならば魔導師としてだけではなく外交官としても十分な素養がある。
そう彼らは判断したのかもしれない。
…個人的には何かとなればすぐに魔導の研究にいそしんでしまう魔導師を外交の要として指名してしまう事には一抹以上の不安があるのだけれど、それだけクラスク市との間には大過は起こるまいというファルン王国の信頼の表れと考えられないこともない。
はず。
そう思いたいエィレであった。
「そろそろ心は落ち着いたかな。そう気にするな。ノーム族にはそういうところがある」
「そうですね。ドワーフ族と意見を同じくすることは本意ではありませんが」
ドワーフのダフマネックとエルフのアルヴィナがノームの生態についてフォローする。
「なにか種族差別を感じる気がするー」
「事実だろう」
「事実でしょう」
声を揃えた二人は、互いに目を細め相手をジト目する。
「森の奥に引きこもって世間のことをよく知らぬゆえ大目に見るが、他国の言葉をそのまま借りるのは外交官として如何なものだろうか、アルヴィナ殿」
「まあ。てっきり炭鉱の中で長年煤に塗れている内に己の国の言葉まで失って私の言葉を真似たのかと思っていたのですが。違っていたのですか? ダフマネックさん」
「エルフの甲高い言葉は些か耳に障るでな。特に真似したいとは思わんがね。無論外交官としてそのような事は口には出せんが」
「差し出がましいようですがドワーフ族は守銭奴…いえ金に煩いと聞きます。そんな種族から喩え言葉一つであろと拝借しようとは思いませんね。ダフマネックさんの気のせいではないですか?」
「ほう、アルヴィナ殿のドワーフ観について是非お伺いしたい」
「そうですね。私もドワーフ族のエルフ観についてお伺いしたいと思っていたところです」
「ああ二人とも言い回しが上品になってるだけでやってることが変わらないー!?」
火花を散らす二人にエィレが慌てて止めに入る。
「別に気にすることないさー。どうせいつものことだからねー」
「そ、そんなこと言っても…」
「そうですエィレッドロさん。あまり気に為されない方がよろしいかと」
「そうそう。あまり気を回しすぎると腹を痛めるだけだぞ。酒が不味くなる」
「本人たちに突っ込まれた!?」
ケロッとしている二人にエィレが目を丸くする。
だが彼らはそも外交官である。
そうしたところで感情から道を誤ることはないはずだ。
もしそう信じるとするなら、これはいわば種族間の定型的なやり取りに過ぎず、己が考えているほど深刻な事態ではないのかもしれない。
エィレはそう納得することにした。
まあ実際には一国の代表同士がそうした個人的あるいは種族的な偏見や差別意識から道を誤って戦争になった事例など珍しくはないのだけれど、一応今回の二人に関してはそこまで深刻なものではない。
「それはさておき本題に入らぬか。わしらへの用件とは一体なんなのだ」
「はい。それは私も気になっていました。今までエィレッドロさんの方からこちらを呼び出したことはありませんよね?」
「そーだそーだ。早く研究に戻させろー」
「お前は黙っておれ」
「貴女は黙っていなさい」
「ひどくない?」
「「ひどくない」」
アウリネルに対し実に息の合ったツッコミを入れた二人は、その後互いに迷惑そうに視線を交わす。
溜息したエィレは…己の本題について切り出した。
「はい……今からお話しすることはクラスク市太守クラスクさまに許可を得た上でのこととご理解ください。この国の国家機密……『新聞』と『雑誌』についてのお話です」
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