第709話 双方向性情報発信
エィレの質問に対しミエはにっこりと微笑んで両手を合わせた。
「はい! それはもう!」
そしてその言葉に…聡い者達がすぐに反応する。
「向こうから……つまりアルザス王国側からの情報発信もできるという事か!」
キャスが眉根を寄せてすぐにその有用性と危険性を理解する。
「つまり双方向で最新の情報を知ることが可能となるわけだ」
「ニャ! 街の相場とかも日毎に理解できるニャ」
「ええ、ええ! もちろん今すぐには無理ですけど、最終的には王都の方でも新聞記者を採用して向こうの最新情報を記事にしてもらってこちらに送信、相談のうえで一番大きなニュースを一面に、それ以降はそれぞれ自分の街・国のニュースを前の方に、相手の側のニュースを後の方に配置して同時に朝に並べる、なんてのもできたならなと思います」
「なるほどの。記事の組み合わせじゃから印刷前であれば印刷所ごとに構成を変えられるわけか」
「ニャ! ということは広告欄も印刷所単位で変えられるってことだニャ? 王都の側でスポンサーを集めたりするのもできそうニャ!」
「あー、そういうのもできそうですねー」
わいのわいのと話が進む。
エィレはその光景を眺めながら不思議な感慨に襲われていた。
ああ、これがこの街の『政治』なのだな、と。
彼女の知る政治…政務はこうしたものではなかった。
もっと真剣で、互いが自己主張…己を派遣した国や組織の代表として利権を主張し、時に足を引っ張り合い。時に共謀して他者を蹴落として、自らの要望を勝ち取らんとする政争の場、それが宮廷会議だった。
そんな中、彼女の父王、アルザス=エルスフィル三世がその優れたバランス感覚で国にとって最良の選択へと話を向けて賛成を取り付けなんとか国を運営する…それがアルザス王国の国政だったのだ。
だがこの街はどうだろう。
街の頂点にいて、
それも多種多様な種族が、これほど楽しげに。
「とりあえず記者の皆さんが十分育つまではここにいる人にも記事をお願いすると思います。何か書きたい記事とかあります?」
「お花…! お花のこといろいろかきたい…!」
「サフィナちゃんはそうですねー。お花のコラムとか確かにいい感じですねー」
積極的に手を挙げたサフィナは、だが少し困惑するように視線を落とす。
「でもサフィナ説明あまり上手くない。お花のこと字だけで説明できるかな…?」
「ああ、じゃあ挿絵を載せればいいんですよ。印刷するんですし。そうですねー。とりあえずネッカさんあたりに最初お願いしてもいいですか? すぐに専属の人を雇いますので」
「わかりましたでふ。サンプルがあれば花もいけるでふ」
「ほんと…?」
己の旨を叩くネッカにサフィナが瞳を輝かせる。
「挿絵か。成程文字だけでは味気ないし絵は紙面全体を見た時文字と文字の合間のアクセントになるな」
「おおー、流石キャスさんいい視点してますねー」
「では私は…そうだな。城壁の上から見た街の外や内側の景色や景観を描写しつつ観光案内する、というのはどうだ。実際よく歩廊の上を歩くしな。これならわざわざ記事のために出歩くこともない」
「あ、キャス、それいい! すっごく読んでみたい!」
キャスの言葉に反応したのはエィレであった。
右手で挙手をしてぶんぶんと自己主張する。
「タイトルをつけるなら『歩廊の上から』ってとこでしょうか。いいコラムになりそうですね! ええっと…そういう景色系の奴ですと空を飛べるイエタさんもしかして被っちゃいます…?」
「そうですね…神々のことについて描いても構わないのでしょうか」
「あー…それは全く想定してませんでした」
イエタに言われぽくぽくぽくと眉根を寄せるミエ。
「もちろん宗教について書かれた新聞もあります。情報媒体として信者に情報を伝えるにも有効ですからね新聞。でもなんかそれだと新聞の趣旨が変わっちゃうような…あれでもいいのかな…?」
宗教関係が新聞を発行している事は珍しくない。
いちいち呼び寄せて集会やミサをすることなく信者が同じ情報や認識を共有できるのは有用だし、親が宗教系の新聞を取っていたら子供も自然それを読んで育つだろう。
だが今回の新聞はあくまでクラスク市の情報メディアとしての役割を期待しており、宗教色を前面に出したくはない。
ただミエは己の世界の宗教観とこの世界の人々が持つ宗教観には大きな乖離があることを既に気づいていた。
なにせこの世界は神様が実在するのだ。
いや彼女が元いた世界だとて神は存在するのかもしれないが、少なくとも信仰心以外にそうそう奇跡をお目にかけてはくれぬ。
だがこの世界は違う。
信仰が神の力になるという性質上、神々は積極的に奇跡を披露して人々の信仰を得ようとする。
触れただけで傷が治り毒や病気の治療をするどころか術師が神々に直接話を聞く現場をミエは幾度となく目撃してきた。
彼女の世界での『宗教の話』と言えば、信者でない者達からはどこか胡散臭い目で見られがちだった。
ミエ自身にはそうした偏見はなかったけれど、新興宗教などが引き起こした問題などが幾度もニュースで報道され、そうしたよろしくない印象を持つ者も少なくなかったのである。
だがこの世界の場合些か
全ての
いることが確定している神の話をすることは、別に問題ないのではないか。
そもそもイエタの宗派である
それを宗教だからと一概に否定するのはどうなのかとミエも少し悩んだわけだ。
「うちの街の司教自らが語るのはむしろいいことなのかも…? はい、じゃあそいういうコーナーも設けましょうか」
「わかりました。ふふ、楽しみです」
そうして次々に配役が決まってゆく。
例えばゲルダは街のグルメリポートをすると意気込んでいた。
シャミルはクラスク市が導入した技術についての解説を載せるつもりらしく、こちらは間違いなくこの新聞の目玉になるだろう。
エモニモは色々悩んだ挙句衛兵の報告から面白そうなものや今街で注意喚起すべきことなどを書くこととなって、新聞による街のセキュリティ強化をしたいと意気込んでいた。
ネッカは既に挿絵の仕事がある上に学院も多忙だろうからと無理をさせるつもりはなかったのだけれど、当人は一人でも魔導師志望を増やしたいらしく魔導術の初歩の初歩についてわかりやすく書きたいと意気込んでいる。
オーク達…ラオクィクとワッフは文章を書くのが苦手と記事を書くことは固辞し、リーパグ一人だけが街の工事の進捗状況を知らせるのにこの媒体が便利そうだからと手を挙げた。
このあたりも彼がオーク族としてだいぶ異端であることを示していると言えるだろう。
「ところであたしらはいいとしてミエはなんかやんねーのか」
「え? 私ですか? 私が…う~~ん……」
ミエは腕を組んでしばし考え込む。
なにせ彼女は当人の自覚的には専門知識も何もない素人にすぎない。
そんな自分に何かできる事があるのだろうかと本気で悩んでいるのだ。
「ミエの記事あル」
「ふぇ?」
だが…そんな彼女の悩みをよそに、じっと話を聞いていたクラスクがスッと挙手をした。
「ほほう。太守殿の他薦とは珍しいの。ミエに何をさせるつもりじゃ」
「この街手紙あル」
「まあ、あるな」
「…あるの。でそれがなんじゃ」
唐突な話題振りにゲルダとシャミルが顔を見合わせる。
「新聞作ル、会社。アー…」
「新聞社、ってとこですかね」
「それデシタ。新聞社街の中アル、住所あルから手紙送れル」
「まあ送れるな」
「…送れるの。でそれがなんじゃ」
クラスクはキリッと真面目な顔でミエの担当すべき記事を告げる。
「新聞社手紙募集すル。色ンナ質問、疑問、悩み。その中から選ンデミエ答えル。それ記事にすればイイ」
「ああ! ミエのお悩み相談室とかって奴ですね! それくらいなら私んもできそうです!」
手を合わせぱあ、と顔を輝かせるミエを見ながら…
一同は顔を見合わせて一斉に叫んだ。
「「「それ絶対人気出るやつじゃん!!!」」」
……と。
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