第708話 新聞と営業所
「とても興味深いアイデアですが初期の見込みより需要が高すぎた場合、或いは途中から需要が急拡大した場合設備投資が少々厄介ですね。いえ今の時点で気にする必要はないかもしれませんが」
「ニャ。まあ初期は実験込みである程度持ち出しでもやるべきだと思うんニャけど」
エモニモの意見をアーリが商人らしい投資前提の目線で語る。
だがミエはそれを聞きながらにんまりと笑うと再び黒板に向かった。
「ふっふっふ、そんなこともあろうかと予算確保の手段も用意してますよー」
「ニャ?」
アーリの疑問の声を待たずミエは手早く新聞の1ページを板書してゆく。
「販売量が少なければランニングコストは少なくて済むので儲けは少ないですが情報発信媒体として十分やっていけます。一方こちらの想定よりずっと需要が大きかった場合ですが、いっぱい売れてるという事はより多くの人に情報が行き渡るってことですよね?」
「そうなりますね」
「なるニャ」
「なら…新聞内でお店の広告なんか打ったら、すごくたくさんの人の目に止まりますよね?」
「あ……」
「ニャ……!」
ガタ、とアーリが椅子から立ち上がった。
それだけで彼女にはミエの言わんとすることがすべて理解できたのだ。
「新聞内でまるまる1ページ広告スペースを用意して、そのスペースと掲載日数に応じて広告料を店から集める気かニャ!?」
「理解早ーっ!? でもまあそんな感じです。もしくは集めた記事で紙面が上手くまとまらなかった時に記事と記事の合間に広告を入れたりしてもいいですし」
「広告のスペースの大きさによって掲載料を変えれば色んな規模の店が宣伝に使えるニャ!」
「はい! さらに新聞は定期的かつ継続的に出すものなので、例えば今日からお肉が安い! とか今日だけ卵セール! みたいな時期を限定した広告もできますね」
「ニャー! アーリンツ商会が! アーリンツ商会が大スポンサーになるニャー!!」
「そこは最初から出資してくださると助かりますね!」
興奮するアーリにミエが釘を刺す。
「そうか……パンフレットなどと同じく文字を使った広告媒体だが向こうと違って定期的に発信するから時期や季節に関わる宣伝がしやすいのだな」
「おー、お花のみごろとかも伝えられる?」
「あー、季節限定料理今だけ! みてーなやつか」
「はい! そういうのももちろん可能ですね!」
「おー……サフィナそれはとてもきょうみぶかい」
「確かになー、そーゆーのでいーんあらアタシにも書けそうだ」
「それは楽しみです!」
わあ、と盛り上がる一同。
「で? これをお姫様が考えたんだって?」
「はい! 大本はエィレちゃんのアイデアなんです!」
「「「おおお~~~~」」」
「違っ! 違います違います! 私が言ったのはほんのとっかかりだけで、後の殆どはミエさんがー!」
確かにエィレはアイデアを出した。
活版印刷の導入で本が安く作れるこの街なら、もっと安くて庶民でも手が届くような本が作れるのではないか…と。
だがそれがまさか瞬く間にこんな大事になるだなんて思ってもみなかったのだ。
「とっかかりだけでもすげーじゃねーか」
「おー、サフィナもそう思う」
「そうじゃな。発想の端緒となったのならもっと誇ってよいと思うぞ」
「で、ですから違いますってええええええ!」
わたわたと手を振って謙遜するエィレ。
彼女的にはどこをどう逆立ちしたって九割九分ミエの手柄だと思っているのだ。
「あ、そうだミエさん、せっかくですのでお伺いしておきたいんですが…」
「はい! どうぞどうぞ。アイデア出しは大事ですよー」
「でーすーかーらー!」
ミエにまでそう言われ、ついムキになってしまった後で赤面するエィレ。
「あ、いえ、そのー…この『新聞』ってアルザス王国……っていうか王都ギャラグフの街の人にクラスク市についてもっと知ってもらうための情報媒体、って位置づけで合ってますか?」
「はい! もとよりそれが目的です」
「だとすると…その、この街で印刷したその新聞を、王都まで荷馬車で…?」
「「「あ……」」」
新聞自体の目新しさに興奮していた一同がようやくそこに気づき我に返った。
ここから王都まで馬車で運搬すれば結構な時間がかかる。
それも紙はかなり重い。
情報自体は毎日新しく刷られるが、王都でそれを知るにはひと月ほどのタイムラグが生じる事になるだろう。
「そっかー、運ぶのが結構手間だなー」
「ふむ、高速移動用の蒸気馬車など作ってみるか?」
「いえいえ、そんな必要ありませんって」
「うん? そりゃどういうことだ? 馬車で運ぶんじゃねーのか?」
「いえ馬車で運搬はしますよー。ただ最初の一回だけですけど」
「「「うん……?」」」
ミエの言わんとすることが理解できず、一同が一斉に首をひねる。
「わかるように説明してくれよ」
「えーっとですね、運搬するのは新聞じゃなくって活版印刷機です」
「む…?」
ミエの言葉を聞いてキャスがすぐにピンときたようだ。
「で王都の一角を借り受けましてそこに印刷機と製紙工場を作ります。でクラスク市と王都ギャラグフ、そのどちらにも職務で魔導術を使用してもらう、という条件で魔導師を雇います。ネッカさんネッカさん、魔導術には遠くの相手に文字を送る呪文があるって前に言ってましたよね」
「はいでふ。〈伝送フヴォフヴィック〉でふね」
「そうそうそれです。で新聞はほとんど文字なのでー、こちらで集めた記事を全部その呪文で向こうの魔導師さんに送りましてー、で向こうで魔導師さんに呪文で文字起こししてもらって記事を編集してもらってそれを新聞に印字しましてー……ほら、翌朝にはこちらと同じ新聞が読めますよね?」
「「「あーっ!」」
ミエの説明に、その場にいた一同が目を丸くして驚愕した。
「確かに…確かにそれなら可能じゃ……印刷機を向こうにさえ持ち込めば……!」
「ニャ……王侯貴族以外で恒常的にタイムラグニャしの情報伝達媒体が誕生するってことかニャ…? それってとんでもニャイことニャ……!」
感心しきりのシャミルと、事の重大さにわなわなと身を震わせるアーリ。
「じゃが印刷機を向こうに運ぶのは結構な手間じゃな。あの大きさじゃと魔導師の呪文では運べまい」
「そうでふね。〈
「以前シャミルさんとアーリンツさんでフィギュア運搬用の揺れない箱のようなものを作成してませんでしたっけ?」
「駄目ニャエモニモ。あの箱は小さすぎて印刷機が入らないニャ」
「バラシテ向コウデ組ミタテレバイージャネーカ」
「そうじゃのう。リーパグの言う通りにするのも癪じゃがそれが一番マシな選択肢かのう」
「シャクッテナンダヨ!」
「ただそうすると組み立ての時にはわしが王都に出向かざるを得んじゃろうなあ。あと印刷所のノームも幾人か借りんと。わしだけでは到底手が足りん」
嘆息するシャミルの横でキャスが少し難しい顔をする。
「ふむ。あと問題があるとすれば王都では紙の材料たる木材が安定して入手しづらいことだろうな。無論林業自体はあるが、大量のパルプ紙を作るとなるとそれなりの木材が必要だ」
「ですねえ。キャスさんの仰る通りまさにそこがボトムネックになりそうです。
「ただそれでも今日明日に森を生やす事はできまい」
「ですです。その場合王都で使う木材はツォモーペから運搬ですかねえ。利潤って意味だとしばらくは足が出そうですが」
「そこは気にするニャ。初期に設備投資とランニングコストがかかって儲けが出るまで時間がかかるのは商売ではよくある話ニャ」
みるみる決まってゆく話に目を白黒させるエィレ。
ミエもだが他の面々も恐ろしくやり手である。
ただ…そんな中、エィレはふと気になることが出てきた。
そしてそれがどうしても気になって、伯仲する議論の中おずおずと手を挙げる。
「あのー、ミエさん…」
「ハイなんでしょうエィレちゃん」
「一つ質問…というか確認したいことが…」
「はいはい、何でも聞いてくださいな」
「ええっと…」
そしてエィレは、脳裏に浮かんだある可能性を口にする。
「魔導術でこの街から王都に記事を送るってことは……その逆もできるんですよね?」
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