第681話 連絡迷宮
「それは…確かに空を飛んでも寒くてやってらんないわね」
「でしょ? だからその山脈を越えるのはすっごく大変って言われてるの」
「「へええええええええええ」」
エィレの説明にシャルとヴィラが感心したような声を上げる。
「じゃあそこを越えてやってきたんだ?」
「さむいやまごえ! すごい!」
「ああいやいや」
そして二人の輝く瞳を前に慌ててダッコウズが手を振った。
「ちがうちがう。上を越えてきたのではない。下を抜けてきたのだ」
「「「した?」」」
きょとんとした三人娘の横で、こともなげにアウリネルが告げる。
「地底でしょー。地下世界を通って来たって事さ」
「へー」
「ちてい?」
「え? え?」
よく意味がわかっておらず適当に相槌を打つシャルと、とりあえず何かすごそうだと興奮するヴィラの横で、エィレだけはその聞き捨てならない発言に目を丸く見開いていた。
「地底って…あの地底ですか?!」
「……まあそうだな」
「厳密には私たちが利用したのは地下世界の国と国を結ぶ
「へえー……」
ただただ驚くしかなく、二の句が継げぬエィレ。
彼女は王族であり、当然ながら政治学も学んでいる。
そしてこの世界の国際政治に於いて最重要な要素が『
そんな法律の一つが『
彼らは歴史上地上を蹂躙し支配し席巻せんと幾度も兵を送り込んできた。
学者や魔導師たちが幾度も地下世界を調べようとしたがその殆どは頓挫した。
数多くの挑戦とそれに等しい失敗と、それより多くの占術によってなんとか判明したのは以下の通り。
地下にはいくつもの広大な空洞があり、それぞれの空洞は巨大な
彼らは一枚岩ではなく種族単位、部族単位、或いは国家単位に多種多様な勢力が存在しており、それらの意思統一は為されていらしいないこと。
強大な化物や人知を超えた魔術・呪いなどが偏在しており、戦力的には魔族に勝るとも劣らぬほどの脅威であること。
そして…地上の者と協調しようとする集団や組織すらうやら存在せず、地底に潜む多くの集団や組織が地上の侵略を目論んでいるらしきこと。
彼らの戦闘力はすさまじく、まともな軍勢を率いて地上に出てくれば対抗できる国家は存在しないのではないかとすら言われている。
凄まじい激戦だったクラスク市の攻城戦も、地底世界全体の戦力から見ればほんの一部に過ぎないのだ。
そんな連中がこの地面の下、地下のどこかにいつでも蠢いている。
それは地表に湧いて出てきたら地上の国同士が諍いを起こし争っている場合ではないだろう。
『
そんな彼らが足の下に蠢いていてなぜ地上の多くが無事でいられるのか…それは実に単純な話だ。
彼らが一度に動かせる兵がごく少ないのである。
それ以上の数を兵を集めようにも、それぞれの組織集団が反目し合って協調が取れぬ。
そうした地底の者共同士の不和によって、地上の国々はなんとか彼らの襲撃を凌いでいられるのだ。
「そんな、彼らの…
「うむ。ドワーフだからな」
「そう。こやつらは岩の僅かなズレや隙間を見ただけで地底の通路の行き先を全て見抜く変態なのだ。色々あって向こうへ跳ばされてしまった我々がこちらに戻ってくるためにはどうしても地下を抜けるほか道がなく、それでこの男を仲間に募ったというわけだ。私としては不本意だったのだが」
エルフのオムローがドワーフのダッコウズを指さし、ダッコウズが不満そうにオムローを見上げ睨みつける。
「変態とはなんだ変態とは。失礼な」
「間違ってはいまい。岩変態め」
「それを言うなら貴様らエルフは森変態だな」
「なんだと」
「なんだと」
「まあまあまあまあ! 落ち着きましょう! 落ち着いて! ね! ね!」
ぎちぎちと睨み合う二人をエィレが慌てて宥めにかかる。
「っていうか…ええっと、もしかしてお二人って…」
「そそ。元冒険者仲間だね」
「やっぱり!」
エィレの疑問に即答えたのはアウリネルである。
「冒険者なの!?」
「ぼうけんしゃしってる! すごいののやつ!」
シャルとヴィラも冒険者についての知識はあるようで、すぐに反応した。
「へえ…! 冒険者…!」
無論エィレも冒険者については知っている。
知ってはいるけれど、彼女の知っている冒険者の誰だって、天嶮山脈を越えられそうな者も地下世界を抜けられそうな者にも心当たりがなかった。
もしかしてこの二人、相当すごい人なんじゃ……?
ふとそんなことを考えてしまう。
「まあともかく色々あってこちらに戻って来てみれば、かの憎き赤竜が討伐されこの地が解放されたというではないか、そこで暫定的にこの地の所有者となったあのオーク太守…」
「クラスク『殿』だ」
「…クラスク殿に直談判して、こうして森を再生する許可をもらったというわけだ」
「「「へえええええええ~~~」」」
エルフのオムローの言葉に三人娘が一様に感心する。
ただ彼らの言動を聞いてエィレとユーアレニルは僅かに眉をひそめた。
エルフ族にとってオークは森を荒らす厄介者で、彼らがオークを嫌って敬称を使いたがらないのはわかる。
たとえ国宝を返却してもらった大恩があり、それによりクラスクに敬意を抱いていたとしても本能的なわだかまりはあるだろう。
だがそれを言うならドワーフ族だって同様のはずだ。
山の洞窟などを住処にすることも多いオーク族はドワーフ族とその棲息圏が被りやすい。
単に空いている洞窟の奪い合いならまだしも、オーク達は既にドワーフ達が住み暮らしている洞窟などに乗り込んで彼らを皆殺し、そこに平気な顔で住み着いたりする。
当然生き延びたドワーフ達は怒り心頭となり憎悪と復讐に燃え、オークを見かけるたびに襲い掛かるようになる。
エルフとは別の意味で、ドワーフ族とオーク族とは不倶戴天の敵なのだ。
なのだが…
その当のドワーフであるダッコウズが、エルフのオムローを諭した。
これは相当な事である。
頑固者のドワーフがオーク族への怨恨を簡単に失うとは思えない。
ダッコウズだとて例外ではないはずだ。
ということはつまりそれだけクラスク本人を買っているという事だろう。
『天嶮越え』を成し遂げられるなら、そして地底の者達が地上への侵攻に利用している
そんな相手に認めたというのなら、クラスク市は、そしてクラスクは相当評価が高いということになる。
「そんな人が…あれ?」
そんな人がどうしてこの街に…? と言おうとして、エィレはそもそもの前提がおかしいことに気づく。
「ここって赤竜の『狩り庭』になる前はエルフの森で、だからエルフ族の皆さんが直談判してクラスク市の住民になって故郷の森を復興してる…で合ってます?」
そうだ。
エルフのオムローが当然ののように頷いた。
「なら…あれ? その
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