第674話 クラスク市森林区
エルフの森の近くに住む人間達は、エルフ達は木をたった一本切り倒すだけでも烈火の如く怒り狂うと言う。
そしてなんとも迷惑な話だ、と嘆息する。
なにせ木材がなければ彼らはろくに家を建てられぬ。
調度も作れぬ。
エルフがいない森ならそんなこと気にする必要もないのに、彼らなどいなくなってしまえばいいのに、と口さがない者なら平気でそう言い放つほどだ。
だがそれは誤解である。
エルフの住居は木々から作られる。
精霊魔術によって加工し一切人工的に手を加えぬ部族もあるが、そうでないエルフ達は必要ならば木々を切り、木材として利用し活用する。
そもそも彼らの主神たる森の女神イリミ、あるいは森の神ブサーク…地域によって名と性別が変わるだけで、本質的には同一神性だと言われているが…は木々を素材として利用することを禁じてはいない。
そもそも加工しやすく利用しやすい素材として造り出したのか彼女(彼)自身なのだから当たり前の話である。
そう、木を切ることそれ自体はエルフ達にとって別に禁忌ではないのだ。
彼らが怒るのは無遠慮に切ること。
際限なく、そして限度を弁えず伐採すること。
かつてのミエの世界でも森林喪失が叫ばれ嘆かれているが、本質的にはあれと同じである。
要は森林の再生速度を上回る速さで消費する名、と彼らは求めているのだ。
だが人間族は簡単に数を増やし、瞬く間に棲息圏を広げてゆく。
そして時間間隔の長いエルフ族はそれに対処しきれない。
ゆえに人間達を止めるため強硬策に出ざるを得ず、結果としてその仲は悪化してゆく。
それが積み重なって今の険悪な現状となっているわけだ。
だがその娘の案は違っていた。
森の近くに伐採専用の木の区域……木材の『畑』を設ける。
そこに木を植えて、そこで育った木だけを定期的に伐採する。
それは第一にエルフ達が育てた森を勝手に切り崩さないということだ。
第二に植えた分だけ、必要な量だけ持ってゆくということだ。
それはエルフ達の求める、そしてエルフ達が進める森づくりとは矛盾しない。
邪魔もしない。
彼らにとってとってなんとも悪くない提案なのだ。
無論それはエルフ達が嫌がらぬように、協力しやすいようにミエが色々と考えた結果である。
だがそれは彼女が意図していた以上にエルフ達に突き刺さっていた。
それは…彼らエルフ達をミエが頼りにしたことにある。
エルフ族は前述のような理由で人間族と険悪な関係に陥っていた。
口で言っても伐採をやめぬ人間達を時に弓で狙い獣で襲わせてでも追い払ってきた。
それゆえ人間族の中にはエルフ達のことを森の木々を自分達だけで好き勝手にする狷介で不親切な輩だと、木材を寄越さぬ非協力的で否定ばかりする困り者だと、そう認識する者も少なかった。
だが実際のところは少し違う。
エルフ達は相手が分を弁えてさえいれば異種族の中ではむしろ親切な方だし、交渉や警告で済むのであれば無駄な争いを好まない。
人間達が身勝手に度を超えて木々を斬り殺しその代償さえ支払わぬゆえ彼らの因果に応報しているだけで、むしろ困っている相手を見かけたら手を差し伸べる方なのだ。
有体に言えば、相手の求めるものがエルフ達の求める限度を越えぬ範囲であるならば、彼らは他種族の為す林業を手伝いたいとすら思っているのである。
なぜなら世界樹から生まれたエルフ達にとって森こそが己の領分であり、他の種族が勝手な判断と誤ったやり方で森を傷つけるのを見るよりは自分達が間に入ってより正しい森の使い方や管理法を教えたいと思っているからだ。
ただ互いの種族が思い描いている伐採量に差がありすぎて、なかなかにそうした機運になることはないのだけれど。
ゆえにこそミエの案はエルフ達のツボをついた。
森を侵さず、節度を弁えて、その上で木々の育成に関してエルフ達を頼る、というのがなんとも彼らの好みだったからだ。
実際のところミエの提案はだいぶ途中が端折られているためエルフ達がすべきことは存外多い。
苗を植えてそれが伐採可能な木材に成長するまで彼らの精霊魔術で育成を助けながら凡そ半年。
その半年間完全に放置しておけばいいというものではない。
水が足りぬなら与えてやらねばならないし、全ての樹がしっかり光合成をできるように日照を確保してやらねばならぬ。
そのためには葉摘みや枝の剪定をしなければならぬこともある。
また葉や幹に厄介な虫などがつかぬよう虫よけのまじないもかけてやらねばならぬだろう。
ミエの言う通り単に精霊魔術の範囲内に含めるだけでおしまい、というわけにはゆかぬのだ。
だが先述の通りエルフ達は頼られること自体は嫌いではない。
ミエの提案は実に魅力的なものだった。
ただ、ある一点を除いては。
「悪くはない。悪くはない、が…」
「そうですねー。エルフの皆さんにはどうしても納得できないところがあると思います。もし皆さんがこの街の住人となった場合、旦那さm…オーク族であるこの街の太守クラスク様が治めているこの街に対し税金…、主に住民税と賃料…この場合は地代ですね…を払わなければならない、という点です」
そう、今のミエの提案を飲んだ場合、彼らエルフ達はクラスク市の住人となる。
森を造りそこに村を復興させることはできるがその土地の権利自体はクラスクが所有したままだし、住人である以上税金も払わねばならぬ。
それもエルフ族が、オーク族に対して、である。
それはエルフ達にとってなんとも業腹な話であった。
「なのでこういうのはどうでしょう。私たちは定期的にこの森のほとりの樹木の…ええと仮に
「待て」
どうしても解けぬ疑義にエルフのヴシクゼヨールが口を挟んだ。
「はい? なんでしょうか」
「税金の支払いとやらはどうした」
「ですからお渡しする金額が減ってですね…」
「我々が支払う金額は幾らだと聞いている」
「ふぇ? ありませんけど?」
「なぜ税金を払う義務がある我らが金銭を受け取る側になるのだ!」
そう、ミエの言う通り街の住民になる以上税金を支払わねばならぬ。
エルフ族の暮らしはそういうものとは少し異なるけれど、共同体に所属する以上そこの流儀として各々が狩猟した獲物なり労働力なり魔力なりを共同体に供出するのはある種当然の義務だ。
そうでなくば協力して集団生活を営む意味がない。
それが人間族の街であればその支払いを金銭で行う、というのも納得できる(この街の場合はオーク族だが)。
だというのにこの娘は金を支払えとは言ってこない。
むしろ金を渡そうとしてくる。
そこがどうしても彼には納得できなかったのだ。
「えーっと、そんなに変な話ですかね」
「…私にもわかるように説明してくれぬか」
「う~ん…」
ミエとしては当然のことを言ったつもりだったらしく、どう説明した者かと少し考え、言葉を選びながら説明を始める。
「ええとですね。私たちは
「それはわかる」
「その間エルフの皆さんには木々の育成を助ける魔術を森の成長の余波としてかけてもらって、ついでに木の様子とかも見ていただきます」
「エルフは樹木の専門家だからな。それは当然のことだ」
「であればそれは労働です。労働した街の住民には対価が支払われなべきです」
「…木材の売り上げなどではないのか」
「木材自体はこちらが用意してこちらが伐採するんですから皆さんへの売却代金は発生しませんよね? でも途中の育成それ自体には労働としての対価が必要です。魔術も使ってもらってるわけですし、普通なら成長しきるまで数十年かかる樹木をたった半年で木材にできるんですから十分な価値があるかと」
だから……街の側から金を払う、とミエは言っているのである。
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