第544話 巨人族

巨人種は人型生物フェインミューブより大きな、おおむね8フース(約2.4m)を超える人型あるいは人型に似た生物の総称である。

サイズだけで言うならオーク族とて十分に大きく、その中でも特に大柄なクラスクなどはもはやその背丈が7フースを優に超えており、小型の巨人にも引けを取らぬ。


だが、ならばクラスクが巨人族に分類されるかと問われたら答えは否である。

なぜなら巨人族と人型生物フェインミューブには決定的な違いがあるからだ。



その違いとは即ち彼らの種族を生み出した神々。或いはの似姿として生み出されたかどうか、である。



巨人族は人の姿を模してはいるが神々が己の姿を象った存在ではない。

一方人型生物フェインミューブの場合オーク族ですら地の底に蠢く戦乱と破壊の神フクィークグの似姿として生み出されたものだ。

まあ地上に住むオークどもはほとんどそのことを忘れ果ててしまっているけれど。


ともあれ大きさ以外大した違いがないように見える人型生物フェインミューブと巨人種はその差異により厳然と区別されるている。


さてそんな巨人たちの中にもさまざまな種族がいる。

食人鬼オーガ戦鬼トロル雪男イェティ単眼巨人サイクロプス、さらには百手巨人ヘカトンケイルなど、そのあたりに生息している者から伝説の巨人に至るまで強さも大きさもさまざまだ。


その中でも最もオーソドックスな、ヴィラウアのような巨人たちは単純に『巨人』とのみ呼ばれることが多い。

また他と区別するために『巨人』と呼ばれることもある。


その真巨人たちは古くから丘陵部や山間部の比較的平坦な地に住み暮らしており、体こそ大きいが知性の発達の方はさほどでもなく、比較的素朴な…悪く言えば原始的な暮らしを営んでいた。


とはいえ彼らに相応な大きさの巨大な斧で木を切り倒し家を造る程度の事はできたし、適当に掘り返した地面に勝手に生える穀物を撒いて収穫する程度の事もできた。

さらには野生のヤギなどを捕まえて原始的な牧畜を営む程度の知能もあった。


そんな適当な方法で作物が育つのかと問われたら、まあ収穫量さえ気にしなければ育つには育つのである。

なにせ麦の仲間であるライ麦や燕麦などは、元は麦畑に生える雑草の一種だったと言われている。


勝手に生えているがまあ麦にそこそこ似ているしいざとなれば食べることもできる。

そんなこんなで除草を免れている内に市民権を獲得し、立派な穀物として栽培されるようになったわけだ。


根菜なども根の生え方…いわゆる根を張るが異なれば雑草と競合することなく共存できる。

無論雑草ははびこるだろうが放置していても収穫できぬわけではないのである。

この地方は比較的冷涼で、虫害の頻度もさほど高くないのが彼らの適当な栽培の一助ともなっているようだ。


ともあれそういう意味に於いて、彼ら真巨人は人型生物フェインミューブに比較的近い生活を営んでいたと言えるだろう。



かつては、の話だが。



彼らの生活は徐々に荒んでいった。

一つには人型生物フェインミューブが繁栄し巨人達の生息地が脅かされ徐々に僻地に追いやられていった事。

二つにはその人型生物フェインミューブの隊商などを襲撃することを覚えてしまったこと。

そして三つめが魔族と瘴気のせいである。


人型生物フェインミューブは群れると脅威であり、そのせいで真巨人どもは辺境へとその住処を移さざるを得なかったけれど、一方で少数である限り巨人たちの体格と怪力の敵にはなり得ない。

つまり彼らの生息地である辺境などを荷馬車で移動している人型生物フェインミューブなどは格好の獲物となる。

正直原始的な農耕や牧畜などをするよりよっぽど効率がいい。


彼らの生活は確かに人型生物フェインミューブとよく似ていたが、その堕落の仕方もまた人型生物フェインミューブのそれとよく似ていた。


ただこれに関してはある程度仕方のない事情があった。

それが理由の三つ目、魔族どもの跳梁である。


前述のとおり人型生物フェインミューブは群れると大きな力を発揮し、巨人たちを追い立ててたちまち彼らの領土としてしまう。

巨人たちは面白くないと思いつつも数の力に抗し得ず辺境へ辺境へと追い立てられていった。


ただそんな人型生物フェインミューブどもがあまり近寄らぬ地域がある。

瘴気に満ちた魔族の領土である。


人型生物フェインミューブは魔族どもを追い出し自分たちの領土とすべく軍隊を送り込むことこそあるけれど、それ以外の時は好んで瘴気の満ちた土地には近寄らない。

魔族を追い払った後ならともかく、魔族に怯えながら住み暮らしたい場所ではないからだ。


けれど人型生物フェインミューブが忌避する土地という事はは、巨人たちにとっては彼らに邪魔されず住みやすい土地、ということになる。

無論瘴気の濃い魔族の領土には踏み入れぬが、その近縁の丘陵や山麓は巨人たちが好んで住まう場所となった。

そういう場所は人型生物フェインミューブが好んで開拓する場所ではなく、またその程度の瘴気であれば頑丈な巨人たちの健康を害するには至らなかったからだ。


ただ…再三述べたように彼らは人型生物フェインミューブではない。

神の似姿ではないゆえにその身には清浄な力は宿っていない。

つまり彼らがいかに長く住み暮らしても……人型生物フェインミューブどもが開拓した土地のようにその地の瘴気が浄化されたりはしない。


だから近辺の魔族どもが人型生物フェインミューブ達に追いやられ、彼らの入植により近辺の平野部の瘴気が次々に晴らされていっても、彼らの住まう地が放つ瘴気はそのままだった。


ゆえにゆっくりと、徐々に徐々に、彼らは瘴気に汚染されていった。

瘴気は負の感情を増幅する。

頑丈な巨人達は絶望や虚無に支配される事こそなかったけれど、かわりにより狂暴に、短絡的に、他者を襲い蹂躙することをなんとも思わぬように変貌していった。


人型生物フェインミューブは皆巨人種を狂暴な暴れ者と嫌い、恐れ、蔑む。

けれど皮肉なことに、彼ら人型生物フェインミューブの繁栄こそが彼らを瘴気漂う辺境へと追いやって、結果として彼らを狂暴で危険な種へと変貌させた最大の理由だったわけだ。



そんな辺境の巨人たちの集落で……彼女は生まれた。



本人の性質、そして教育が人格を形成する。

歪んだ巨人たちに育てられたヴィラウアもまた、彼らの主義主張に影響されて育った。

ゆえに人型生物フェインミューブをたちを襲い、殺し、奪うのもまた当たり前のことだと思い込んでいた。


だが彼女が五十歳…人間族で言えば十六歳くらいだろうか…になった時、大きな転機が訪れた。


巨人族は五十歳になると一人前とみなされ襲撃や略奪に参加する。

それらの行為は一般的には男の仕事で女は参加しないのだけれど、大人たちの自慢話を聞いていたヴィラウアは進んで襲撃に参加したがり、認められた。


人型生物フェインミューブどもの中には手ごわい相手もいる。

人出…もとい巨人の手がいくらあっても多すぎるという事はないのである。



そんなわけで記念すべき初襲撃はやや手こずったものの無事に成功し、いつもより豪勢な馬車に巨人どもが群がった。


だが…困ったことにその馬車にはいつものようにたっぷりの食料などは積まれていなかった。

あるにはあったが大量というほどではない。

いつもの人型生物フェインミューブどもとなにか着てるものが違う女が乗っていたけれど、それだけ。


そしてその女もとっくに死んでいた。


手強いわりに実入りが少ないと不平を漏らしながら、食料品を奪い帰還する巨人ども。

ただ…ヴィラウアだけはその娘の死体から目を話すことができなかった。


その女性が纏っていたもの。

それは…きらびやかな衣装だった。


おそらくその近辺の街の高貴な出自の娘だったのだろう。

こんな辺境を通過しようとした理由は不明だし、そもそももう身分など関係ない存在になってしまったけれど。



その娘の衣装に、ヴィラウアは目を奪われた。

初めて見るそれに、心奪われた。



服。

衣服。

ただの着るもの。

これまで身体を隠せれば、寒さを凌げればそれでいいと思っていたもの。


だが彼女の纏っていたそれは明らかにそうした『用途』とは異なる『目的』があった、


上品で、美しく、品の良さを失わぬ程度に華美だった。


ヴィラウアはこれまで衣服をそんな風に見たことがなかった。


己の纏っている獣の皮をなめしたそれが、途端にみすぼらしく、恥ずかしいものに感じられ、思わず両手で己の身を掻き抱く。



そいれほどにその娘の着ているものは、ヴィラウアの心を打った。

そう、ヴィラウアは、その人間族の娘の衣服を…





「きれいだ」と思ってしまったのだ。





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