第536話 城壁の秘密

薄暗い部屋の中央に薄明るい光があった。


水晶球である。

小さなテーブルの上に置かれた水晶球が輝いている。


そしてその前でその水晶球に手をかざし、何やらぶつぶつ呟いているドワーフ族の娘が一人。


「棍棒は手に持ってまふが……これがこの街の襲撃目的かと言われると……」


杖を手に取り何やら呪文を唱え、再び水晶球を覗き見る。


「魔力反応なし。魔具も持っていないようでふね。なら一体どんな勝算が……?」


とここまで言い差してピンと片眉を吊り上げる。


「確認する必要がありまふね」


水晶球の光が薄れ、消えてゆく。

それが唯一の光源だったその部屋は完全に暗闇に包まれた。


だがそのドワーフの娘は特に気にする様子もなく首に下げた首飾りをつまみ何かを呟く。


「位置的にイルゥディウとアウリネフがいいでふね」


そして真っ暗闇の中乱れぬ足取りで文机に座り、引き出しの鍵を開けると中から一冊の古めかしい書物を取り出した。


彼女は丁寧に丁寧にページをめくり、目当てのページを開いて机の上に置くと、そこに右掌をかざし魔導の言葉を紡ぐ。


六番ゾック・クィップウェイ八番ルグホイ・クィップウェイ限定操作権・付与ルヴァグスヴィ・ィクァーカウ・フィロウォック


彼女の呟きと共に…

その書物の文字の一部が薄く光りはじめた。



×        ×        ×



「巨人族の相手すんの!? 俺達が!?」


中街を抜け下街の裏道を走りながらヒーラトフが叫ぶ。


「わしのいるパーティーが依頼の条件だろうから、まあそうなるだろうだな」


魔導師イルゥデイウは先頭を走りながらそう答えた。

見た目は老齢だというのになかなかどうして随分と健脚である。

魔術で身体能力を強化しているのだろうか。


「巨人っつーたらあれだろ!? この前の遺跡にいたみたいな! 俺らほうほうのていで逃げ出したじゃねーか!」

「あれは単眼巨人サイクロプスであったゆえまた別格だが……まあそうだな。お…わしらのみでは戦闘で勝ちを得るのはおぼつかぬやもしれぬ」


『お主ら』と言おうとしてわざわざ言い直すが、皆走るのに必死で気づかない。


「じゃあどーすんだよ!」

「なにも『倒せ』と言われておるわけではない。依頼されたのはあくまで『牽制』。つまり時間稼ぎだ。それに…」

「ねえちょっと待ってよ!」


イルゥディウが言いかけた言葉を小人族フィダスのライトルが遮った。

他の者と並走して疲れたそぶりも見せぬ。


小人族フィダスは身軽で足が速いけれどそれはあくまでその背丈にしては、という話であって人間族と比べればやはり致命的に歩幅が小さくその分移動速度は落ちる。


だが彼女は他の者に劣らぬ速度でついてきていた。

何か盗族の特殊なスキルを使用しているのか、でなければ魔法のブーツでも履いているのかもしれない。


「巨人が街に近づいてきてるってのは街の南だよね! なんで私たちこっちに走ってるわけ?!」

「んん? そういやあ……」


そう、イルゥディウを先頭に走っている方角は南西だ。

街の外に行くには東西南北の正門を使わねばならぬ。

これでは下街の外壁にぶつかって行き止まり。

目的地にたどり着く事ができないではないか。


まあ厳密にはそのあたりにも緊急時のために小さな通用門があって、少人数であればそこから外に出入りできるのだが、それは軍事機密にあたるものであって当然冒険者である彼らには預かり知らぬことである。


「問題ない。わしらの行き先はそこだ」

「あん? 城壁しかねーぞ?」

「「「ええ……?」」


パーティーの魔導師の言葉に冒険者一同は一様に怪訝な顔をした。

いかにこの街を拠点に活動していようと彼らはこの街に家を構えているわけではない。

いわば根無し草だ。

そんな彼らが一体どうやって兵士のみしか利用できぬ城壁の上に行こうというのだろうか。


「何者だ!」

「ほーら言わんこっちゃない!」


当たり前と言えば当たり前だが、城壁の上の歩廊に出るには城壁の内側にある螺旋階段を登らねばならぬ。

そしてその入口には当然ながら番兵がいて物々しく警備していた。


「どーすんだよこれ」

「こうする」


ヒーラトフに問われたイルゥディウは首に下げた水晶をつまみ番兵に見せた。


「魔導学院学徒イルゥディウだ。師に言われここに参じた」

「ハッ! お話は伺っております! どうぞ!」

「では失礼する」

「「ハァ?!」」


さっと横にどく番兵。

当たり前のようにその奥の階段を登ってゆくイルゥディウ。

目をまん丸く見開いて彼の背中を見つめ、一瞬遅れて慌てて追いかける仲間たち。


「どどどどどどーなってんだよ!?」

「ちょっと押さないで押さないで! この階段狭いんだからー!」


食って掛かるヒーラトフと踏まれそうになって抗議の声を上げるライトル。


「どうもこうもない。そもそものわしに対する依頼はこの上でないと果たせんからな。番兵には先に連絡が来ておったのだろう」

「依頼……? そーだよそもそも俺らが依頼されたのは街の外にいる巨人族の退治だろ?」

「違う」


ヒーラトフの言い分を短く、だがきっぱりと否定する。


「『対処』だ。退治ではない」

「大差ねーじゃん」

「まるで違う。む、ついたようだ」


老齢とは思えぬしっかりした足取りで階段を登り切り城壁の上の歩廊に出る。

そこにも兵士たちがいて皆槍を構えていたが、イルゥディウが首飾りを見せると皆一様に道を開けた。


「よくわかんねーけど気分いいな!」

「おばか!」

「……………………」


ヒーラトフの聞こえていたら少々失礼な物言いをライトルが呆れ声でたしなめる。

このパーティではいつものやり取りである。


「む、この場所は…」

「あー、あの出っ張り!」


彼らが立っている歩廊は城壁の上を歩兵が歩けるようにしたものだ。

歩廊自体は直線状だが円筒状の監視塔や防御塔に到達すると少し角度を変えて次の塔へと向かう。

上か見ればその歩廊が円に近い多角形で街を囲んでいることがわかるだろう。


だが上空から見たなら、先ほど彼らが話していた四隅の出っ張りにも目が行くはずだ。

その部分だけ直角に城壁からせり出しており、かなり広い足場となっている。

確かにそこから身を乗り出せば横の城壁を登る相手を攻撃しやすそうだ。


攻撃魔術のせいでこの世界における火砲の発達は遅い方だけれど、魔術による大火力がある以上その対策として稜堡りょうほが発達してもおかしくはない。

ただそう考えるとそれ以外の部分の城壁があまりその設計に沿っていないのが気にかかるが。


「こっちだ」

「え? この出っ張りに用があるの?」

「そうだ」


ライトルと短く言葉を交わし、イルゥディウがその出っ張りの上で片膝をつく。


「へー、ほー、下からだとよくわかんなかったけどこりゃ確かにひれーな! これなら矢も打ち放題じゃねーか」


端の方から下を覗き込みながらそんな軽口を叩くヒーラトフ。


「あまり端に寄るな。落ちるぞ」

「ハハハなに言ってんだ。地震でもなきゃ落ちねーよ」

「忠告はしたからな」


ヒーラトフの軽口にそう返した魔導師イルゥディウは、膝をついたまま石畳に何か模様を描き、小さく魔導の言葉を呟く。


八番ルグホイ・クィップウェイ限定操作権、受諾ルビッサ・ィクァーカウ・フィロウォック


ごごごごごご…と地鳴りが響く。

同時のこの地方に於いては珍しく、地面が大きく揺れた。


「うおっ!?」 なんだなんだ!?」


端の方にいたヒーラトフは慌てて中央付近に退避。

期せずして一同は魔導師イルゥディウの周囲に群れ集まる事となった・


「地震たあ珍しいな!」

「待って。地震かなこれ。なんか…揺れてるの私たちだけじゃない?」

「あん……?」


言われてみれば確かに兵士たちも慌てた様子がないし、下の方で畑仕事をしている農民…もとい農業従事者たちものんびりとしたものだ。

これではまるで自分たちだけが災害に襲われているかのようではないか。


「一体どうなって……うおっ?!」

「こらー! 小人族フィダスを支えにすんなー!」


がくんと足場が大きく揺れて、転びそうになったヒーラトフが慌ててライトルを掴み、ぴしゃりと手の甲を叩かれる。


なにせ二人の体格が違い過ぎる。

仮に人間族のヒーラトフがバランスを崩したら間違いなくライトルごと地面に転がり落ちるに違いない。


「待て、二人とも。景色が……」

「あん? なんだよアムゥ、これ以上驚くことなんじゃこりゃあああああああああ!?」


動いている。

景色が動いている。

周囲の景色がゆっくりと旋回し、徐々に後方に流れてゆく。


「一体どうなっとぅぉええええええええええええええええ!?」


わけのわからぬままいったん元いた階段辺りまで退避しようとしたヒーラトフは眼球が飛び出さんばかりに驚いた。





いや離れているどころか、見る間に城壁から







そう、驚くべきことに、彼らが足場としているその城壁の出っ張り…稜堡りょうほは、城壁から分離し、地響きを立てながら移動を開始していたのである。






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