第482話 必要な犠牲

「ドうか致しましタカナ、大オーククラスク殿」


執務室に呼び出されても物怖じ一つなく、北原ヴェクルグ・ブクオヴ族長ゲヴィクルはうやうやしく辞儀をした。

その身だしなみも市井の者達と遜色なく、おそらく現在クラスク市の北部で避難生活を送っている中で唯一この街を闊歩してなんら問題ない中身と外身を備えているオークであろう。


無論他部族のオーク達の中でも若者たち…各部族を文明化させるため、食糧支援の見返りとしてこの街に送り込まれ貨幣経済などを学んだオーク達は普通に服を着るし共通語をそれなりに話す者もいる。

だが彼らはまだまだ新しい文化や文明を取り入れて着こなそうという段階であって、例えば今街で流行りのエッゴティラの最新モードなどを身に着けてもどうしたって感が抜けない。

必死に頑張って服に寄せようとしているオーク達に比べ、ゲヴィクルは服を己に寄せている。

見事な着こなしと言えるだろう。


「単刀直入に言ウ。お前の村をくれ」

「……………!!」


ゲヴィクルはクラスクからの単刀直入な申し出に目を大きく見開いた。


大オーククラスクは確かに近隣の全てのオーク部族を束ね君臨する頂点だ。

だから彼から要求された事をオーク達は基本断れない。

襲撃や略奪を生業なりわいとする彼らにとって仲間内から欲しいものを奪うのも当たり前のことであり、そして最も強いオークがそうしたものを求めるのも特段おかしなことではない。


それがどうしても嫌だというなら己の力で挑めばいいだけ。

挑んで敵わないのならそれは奪われても仕方ない。

それがオーク族の不文律である。


けれどクラスクはこれまでそうした事を極力避けてきた。

奪うのではなく与えることで他の部族を威伏させ恭順させてきたのだ。

そんな彼が集落一つとはいえ寄越せと要求してくるのは、だから何らかの理由と意図がなければならぬ。

ゲヴィクルはそう解釈した。


「理由をお聞かせ願っテモ?」

「今日あの大トカゲの襲撃があっタ」

「ほう…!」


ゲヴィクルは目を細め素早く思考を巡らす。


「被害の程ハ?」

「北の村ガ三つ焼かれタ。全員この街に避難させテルから人的被害ハナカッタ」

「三つ…以前ト同じデすな?」

「そうダ」


避難させた村人たちの混乱を避けるため、各村の代表にはかいつまんでこれまでの事情が説明されており、ゲヴィクルにもざっくりと話が伝えられていた。

自分が入手している情報を総動員したゲヴィクルはすぐにある結論へとたどり着く。


「察すルニこの街を襲うカウントダウン…と言ったところデしょうカ」

「おそらくナ」


ゲヴィクルは己の頭の中にクラスク市北方の地図を思い浮かべる。


最初に被害に遭った村三つ。

己の北原ヴェクルグ・ブクオヴ集落の位置。

今回さらに焼かれた三つの村。

だが大オーククラスクの発言からすれば現状まだ己の村は被害に遭っていない。


となると…


「北から順に三つずつ、少しずつ南下シテこの街に迫っテイル」

「そうダ」

「成程……」


ふむ、とゲヴィクルは考え込んだ。


「緊急事態ゆえ大オークが求めるものトあらバこのゲヴィクル喜んデ我が村を差し出しましょうトモ。デすがなぜ今になっテ要求すルのデスカ。いずれにせよ次の襲撃にテ我が村は焼かれルのデハ?」


そうなのだ。

クラスク市の北方に大オークたる彼が作った周辺村は全部で十。

ゲヴィクルの治める北原ヴェクルグ・ブクオヴの集落はその中心部やや南寄りにある。


赤竜が前回焼いた村よりさらに南下し追加で三つの村を焼き払ったとなれば、おそらく次の襲撃の最初に北原ヴェクルグ・ブクオヴが焼かれることとなるだろう。

なにせ竜にとってクラスクが作った村だろうと元からあるオークの集落だろうと大差などないのであろうから。

特に今の北原ヴェクルグ・ブクオヴは各村の中継地点として倉庫が立ち並び家も建て直されているだけに猶更見分けがつくまい。


「大オークトしテ、本来デあれバお前の村を護ルべく兵を派遣すべきダ。ダガそれをやめル。代わりに

「ハ……?」


唐突なクラスクの発言に、ゲヴィクルは何を言っているのか一瞬理解できなかった。


「村を…作ル、デすカ? 今から?」

「そうダ」

「誰に任せルつもりデす?」

「ウン……?」


わからない。

彼が何を言っているのかよくわからない。


そもそもそれがなぜ己の村を寄越せと言う話に繋がるのか…


「ア……!」


脳内で素早く襲撃の予定図を組み上げてみて、ゲヴィクルはようやく大オークの意図に気が付いた。


「そうカ、、デすカ……! を造るから、私の村ハトしテ! ダから寄越せト……!」

「……そうダ」


そう、クラスクが作った北方の村は十。

そこにゲヴィクルの治める北原ヴェクルグ・ブクオヴを加えれば村の数は十一だ。


一度の襲撃につき三つずつ村を焼いてゆくというそのおのが恐怖を演出するやり口…絶対的存在のアピールであろう…をこのまま続けられたら、次の襲撃で三つ、そしてその次の襲撃で二つの村が滅ぼされることとなる。


…となると、次の次の襲撃のに、かの悪竜がクラスク市を襲う危険性がとても高い。


だがもしここに無人の村を一つ急造すれば、クラスク市北方の村は全部で十二。

四回目の襲撃できっかりすべての村が消え、満を持してのクラスク市への襲撃は五回目となるだろう。

そのためには余分な兵などを派遣して北原ヴェクルグ・ブクオヴを守るわけにはゆかぬ。

それでは計算が狂ってしまうからだ。


つまりクラスクは己のものにせんとゲヴィクルの村を寄越せと言っているのではない。

この街を護り、かの悪竜を退治するための準備を整える時間を稼ぐため、ゲヴィクルの村のを寄越せと言っていたのだ。


「成程…考えまシタね。しかしそんな手上手く行きますカ?」

「一度だけならば通用するじゃろうな。竜族は傲慢で人型生物フェインミューブの大半を下に見ておる。わしらの無駄なあがきを眺め悦に浸れるのであらば数日程度は楽しみを先延ばしにしてくれようよ。なにせノームよりドワーフよりエルフより遥かに長命な種じゃからな。こちらが絞った必死の知恵に愉悦を覚えわずか数日程度延命させる程度のことはする可能性が高い」


クラスクの横でソファに座っていたノーム族…ゲヴィクルも知っている、この街の賢人と名高きノーム族のシャミルとかいう娘だ。

確か大オーククラスクの最初期からの協力者のはずである。

そんな彼女が竜の生態や性質をかいつまんで説明してくれた。


「ホウ。学者様の仰ル事ならバ信憑性ハありそうデすナ。しかしそれなら街の北に毎回無人の村を造り続ければイイのデハ?」

「向こうも阿呆ではないからのう。一回だけはこちらの浅知恵に免じて付き合うでくれるじゃろが二回目以降は無視するじゃろう。というかおそらくこちらがそうした無駄なあがきをしてくることまで見込んでおるのではないかな」

「……………!」


なにも気づかないまま無策であればあと二度の襲撃で街を襲う。

気づき無人の村を造り対策すれば一度だけは先送りにしてくれる。

ただし味を占めて村を幾つ造ろうとて、それ以上は引っかかってやらぬ。


「…成程。相当意地の悪イ相手デスナ」


ゲヴィクルは不服そうに鼻を鳴らした。


こちらが出した課題を解ける程度の賢さは認めてやる。

だがそれ以上の浅知恵は竜を侮っていると見做すゆえ許さぬ。

つまりそういうことだろうか。


「今やっておることは向こうにとって『遊び』じゃ。あたかも意地の悪い人型生物フェインミューブが虫や小動物相手にするような、の。じゃがそれゆえ傲慢があり、慢心があり、油断があり、そして

「その慢心を利用シテ時間を稼がせテもらウ。だがそのためにはお前の村を見捨テルしかナイ。聞き入れテくれルカ」


そう言いながらクラスクは大きく頭を下げた。


目ざといゲヴィクルはすぐに気づく。

彼の拳が強く握られ、そして震えているのを。


無念なのだ。

己の配下たるゲヴィクルの領地…『縄張り』を失わせてしまう。

それを止めたいのに、己の力不足のせいでできない。

それが悔しくて悔しくてたまらないのである。



「…それハちょっト卑怯デショウ」



苦笑しながらゲヴィクルが肩をすくめる。




「わかりましタ。全テのオークトこの街ノ者達の為に、我が村を供出致しまショウ」






そうしてゲヴィクルは…己が生まれ育った村をクラスクに差しだした。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る