第460話 運命の地

アーリは最初行商人を名乗っていて、だがその割には所持金らしい所持金を持っていなかった。

間違いなく才覚がはあるのにその才能を活かすだけの資金力を持っていない、いうなれば『才能はあるが金がない駆け出しの商人』に見えたのである。


ただ…その割には彼女の言動から時折妙な違和感が感じられた。

例えば彼女の口から金持ちや王侯貴族からの扱いに対する不平、大商人の言動に対する不満が自然に洩れてくるのだ。


獣人ドゥーツネムは体力しか能がない低能で商人には向いてない…そんな偏見の眼を同業者達から受けてきたのはまだわかる。

だが駆け出しの商人が王侯貴族に不平を漏らすのは少々不自然ではないだろうか。


だが今の説明を聞いてミエにもようやく得心がいった。

彼女には元々コネがあったのだ。

あったけれどそれを活かせなかった。

当てにしていた彼らから袖にされ、元のパーティーに出戻ることもできず、裸一貫に近い状態で行商をしていたところで…アクシデントが発生してクラスク村に連行されてしまった、というのが真相だったわけだ。


それは王侯貴族や大商人に恨み言の一つも言いたくなるだろう。

自分と同じように差別され続けてきた同族たちへの同情もひとしおだろう。



ミエはここにきてようやく商人としての彼女の原点を知ったような気がした。



「……色々大変だったんですねえ」

「大変ダッタ」

「本っ当ーに大変だったのニャ! 本っ気で苦労したのニャ! だからクラスクとミエには心から感謝してるニャー」

「それはこっちのセリフですよう!」


彼女が、アーリだもしただの駆け出しの商人だったのなら、もしかしたら商売に失敗してその後のこの村の経営が成り立たなくなっていたかもしれない。

十分に才覚があって、元盗族として目鼻も効いて、ただただ資金だけがない状態だった彼女だからこそ、この村で援助を受けた事ですぐにこの村の商売を軌道に乗せられたのだ。

そういう意味ではむしろこの村の方こそ彼女のお陰で救われたのだとすら言える。


「つまりお前は盗族トシテ大トカゲ討伐のパーティーに加わっテくれル、それデイイカ」


クラスクに問われ、ネッカはやれやれと肩を竦めながら頷いた。


「ニャ。引退済みのニャートル…もといロートルニャけど、戦闘以外のことでならそれなりに役に立つと思うニャ」

「助かル」

「言っとくけど戦闘には絶対参加しニャイ! 参加しニャイからニャ!」

「わかっタ」


わあ、と円卓から声が上がった。

遂にこの地方に千年近くにわたり君臨し、同胞たるオーク達の周辺村を幾つも焼き払いこの街に牙を剥いた、かの悪竜を討伐すべきパーティーが結成されたのである。


この地方のオーク達を一つにまとめ上げた大オークにしてこの街の市長、戦士クラスク。

彼の妻女にしてかつて王国の翡翠騎士団の隊長を務めていたこともある魔法剣士キャスバスィ。

彼の妻女にしてこの街の宮廷魔導士、石と土の魔術の専門家、ネカターエル。

街の住人から聖女とも慕われ敬われる敬虔な天翼族ユームズの聖職者、イエタ。

そしてアーリンツ商会の社長にしてかつては盗族として鳴らしたという猫の獣人ドゥーツネム、アーリンツ。


少なくともこの街で彼らを超える戦力は用意できぬ。

まさに乾坤一擲のパーティーと言っていいだろう。


「わあ……!」


参加できず悔しがるゲルダと、彼女の隣で両手を上げてはしゃいでいるサフィナの横で、ミエが感嘆とも溜息ともつかぬ声を上げる。


とても嬉しい。

誇らしい。


この街に襲い来る危難を乗り越えるべく皆が力を合わせようとしているのだ。

市長の妻として喜んで当然である。



だのになぜか……彼女の脳裏に去来するのは一抹の寂しさであった。



地底軍の二度にわたる襲撃の時もそうだった。

翡翠騎士団が森のオークを討伐に来た時もそうだった。

遡れば村の中での前族長との一騎打ちの時もそうだった。


ミエはいつもいっつも守られているばかり、家を守っているばかり。

ただ夫を、家族を、街の皆を信じて待っている事しかできない。



当然である。

彼女には戦いの才覚もなければろくな訓練もしていない。

戦場に赴いて彼らの横に立つことなどてきはしないのだ。



そんなことは知っている。

そんなことはわかっている。



でも…わかってはいても寂しくは思う。

この危急の時に、自分だけなんの役にも立てていないのだと、胸が苦しくなる。


もちろんそんなことを口に出せばこの部屋にいる者達から…いやこの街中の者達から叱られることだろう。

お前は戦場に立つ以外の場所で存分に役に立っているではないか。

そう言われるだろうことはわかってはいるけれど…


「………………………」


そんな彼女を、いつもと異なるやや青ざめた表情で見つめていた人物がいた。

イエタである。


彼女は珍しく緊張している面持ちで、小さく唾を飲み込むと、確実にクラスクから勘気を買うであろう進言をすべく口を開けた。


「…クラスク様。今一人、この竜退治の一向に加えていただきたい人物がいます」

「オ…誰ダ、言っテくれ」

「……ふぇ?」




静まり返った円卓の間が、数舜ののち大きくどよめいた。




「ふぇ? え? わたしが?」

「もしかして〈天啓ミュージマパゥ〉でふか!?」

「はい、ネッカ様」

「ふぇ? 行くんですか? 皆さんと?」

「いやでもちょっと待てよ、ミエは戦いのシロートだぞ!?」

「承知しております」

「そうそう素人素人…素人ですし…」

「あそこがどんだけ危険な場所かわかってるのかニャ? そもそも巣穴に辿り着く前に全滅する危険だってある場所ニャ!」

「どんな場所かは知りませんが……危険なことは理解しているつもりです。

「そうそう危険、危険な場所で……見えるってなんですか?!」


皆からの矢継ぎ早の質問に丁寧に答えてゆくイエタ。

咄嗟の事に事態に理解がおっつかず右を見て左を見ておろおろするミエ。

そんな彼女を睨むむように凝視しながら…クラスクはあることを思い出した。


そうだ、確かあの部屋でジオラマを作っていた時、彼女から聞いた話……


薄暗い地の底。

仄紅い壁。

そこまで考えたところで、ハッと目を見開いた。



「……カ!!」

「はい。おそらくは」



ガタン、とクラスクが勢いよく立ち上がり、その余波で座っていた椅子が吹き飛んで壁に当たった。


「…あの場所?」


ミエが不思議そうに首を捻る姿を見て、クラスクの頭は高速に回転した。


「地の底言うからテッきりに攫われルのかト思っテタ。デモ違ウ。暗い地の底デ、仄紅い壁……つまり火山ダ! 火山の火口ダ! そこデ!」

「え?」

「ニャ?」

「なに?」

「ふぇ?」


クラスクの言葉に一同が硬直し…そしてすぐに大きな叫びがそれに取って代わった。








「「「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!?」」」






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