第458話 潰された盗族ギルド

「健全……」

「すぎル……?」


クラスクと顔を見合わせたミエは、キャスに対しなんとも素朴な疑問を口にした。


「いいことじゃないですか?」

「そうだな。普通に考えればその通りだ。ただ…盗族が入りようとなった時に限りそうではなくなる。彼らのが存在しないのだから」

「あー…」

「盗賊ギルドなんざ大概の街にあるもんだから気にしたことなんかなかったけど、そいやこの街じゃとんと見かけねえな」


納得するミエの横で後ろ手に回したゲルダが椅子に背もたれ椅子の前脚を浮かせながらそんな感想を漏らす。


「ええっと…ゲルダさんゲルダさん、見かけるっていうのはつまりこう…盗賊ギルドって表通りで看板掲げてたりするんですか?」


ゲルダの説明を聞いてミエが思い浮かべたのは、何やら優雅なカフェのような場所で、パリッと着飾った頬に傷のあるウェイターたちがコーヒーなどをサーブしながら、でっぷりと太った中年の犯罪者風の店主がにこやかな笑顔を浮かべつつ皿を拭き、そして表の看板に『盗族ギルド』と書かれているという、なんとも奇抜なものだった。


「いや…そういうんじゃねーよ。実際そんなんあったらかえってこえーけど」


瞳を輝かせながら説明するミエに眉をしかめながらゲルダが軽く説明する。


「場末のガラの悪ィ酒場とかにな、大概盗族ギルドの息がかかった連中がいんだよ。そういうことで適当に話振るとまあ大体店の裏とかで接触してくる。実際のギルド本体は街のどっかにあんだろうけど、まあ部外者がたどり着けることはまずねーだろーな」

「へえええええええええええええええー」

「お主はそうやって盗族ギルドと利用しとったのか」

「利用したっつーか傭兵やってるとまあ色々な。あまりミエにゃあ言いにくい仕事もあったしよー」

「なんで私が指定されてるんです!? ってかちょっと押さないで! 指で押さないでくださいいいいい!?」

「なるほどな。上の連中の依頼でのか」

「おう、だいたいそんなとこ」


キャスの言葉をゲルダが曖昧に肯定し、キャスがうむと頷く。


「ともかく普通の街には盗族ギルド…犯罪者を取り仕切る組織が生まれる素地がある。だが?」

「ふぇ?」

「ワッフとサフィナがやっていたことを思い出せ」

「あ……あー!」


そう、元々この街は張り巡らせた城壁の内側…本来のクラスク村の内側を発展させてゆくつもりだった。

だが二度にわたる地底軍の撃退によって市長であるクラスクの名声が高まり、またこの地域を支配していたオーク達からの襲撃の危険がなくなったことで立地的に優れたこの地の価値が急上昇、結果村の周りには熱れるに入村を希望しながらも受け入れられなかった者達が勝手に住み着き始めたのだ。


想定外の事態ではあるがここで彼らを拒絶するとオーク族と他種族の融和というお題目に疑問符が突きつけられて本来の目的が達成できなくなってしまう。

最終的に村側が折れ、なし崩し的に彼らを都市計画の一部に組み込むこととなったわけだ。


しかしたとえ彼らを受け入れるとしても、オーク族の健全さを主張するなら街のイメージを損なうような輩は排除しなければならぬ。

そこで人の感情が感覚的にわかる『深緑の巫女ギスク・キャスィパスリィ』ことサフィナの力を借りて、下町に住み着いた者の中から危険そうな連中を特定し、その後アーリの情報網やネッカの占術などによってその相手の情報を洗い出し、公衆の面前ではっきりと罪状をつきつけてオーク兵に捕えさせ、放逐するなりその人物を追っている他の街の衛兵に引き渡したりなどしてきた。

この街が周囲の街からの信用を得ることになった一端である。


…が、当然そうして放逐された犯罪者の中には盗族ギルドの息がかかった者もおり、新たな収益場となるかどうかこの街を見定めに来てそのまま捕まった、という輩も少なくなかったのだ。


冒険者ギルドや盗族ギルドと言った組織は通常街の外には広がらない。

他の街の同業のギルドと交流や交渉を持つことはあっても、新たな街には新たなギルドが自然発生的に生まれるものだ。


だがその契機を、この街は摘んでしまった。

犯罪の芽、犯罪の温床となるような個人や集団を虱潰しに排除していった結果、彼らを取りまとめる盗族ギルドが生まれる端緒自体を潰してしまったのだ。


「おー…サフィナのせい…しょんぼり」

「別にサフィナちゃんが悪いわけじゃないですよ!」

「そうそう。いいことではあるんじゃねーの。要は犯罪者集団だかんなあいつら」

「ただ今回に限ってはいささか困る」


落ち込むサフィナをミエとゲルダがフォローしつつ、キャスが小さくため息をつく。


「おー…じゃあこの街には盗族さんはいない…?」

「盗族自体はこの街にもいるぞ。冒険者ギルドがあるからな」

「あー、ギルドって言ってもあそこもあんまり組合ギルドらしいことなにもしないから普通に放置してましたねー」

「さらっと怖いことを言うのミエは…」


この街に住む職人や商人は他の街で仕事にあぶれた者が少なくない。

女性であればその性別から、男性であればなんらかのこだわりや確執などで組合ギルドに入れず、或いは入ってはいたが追い出されたり冷遇されたりで新天地を求めてこの街にやってきた者たちである。


そのせいか彼らにはギルド関連に対する忌避感が強く、そうしたこともあってこの街ではあまりギルドが作られることはなかった。

……少なくとも今の街の規模では、だが。


一方冒険者ギルドというのは街に訪れる冒険者たちを登録し、仕事などを斡旋する場所である。

そもそも彼ら冒険者は街に定住しないし、ギルドが登録していない冒険者を排除したり冷遇したりすることもない。

単にそうした冒険者にはギルド…という名の酒場に持ち込まれた仕事が受けられないというだけである。


このように冒険者ギルドは組合ギルドを名乗りながらも特段強い排他志向があるわけではなかったため、ミエもあまり目くじらを立てずに放置してきた、というわけだ。


迷宮ワムツォイムなどに挑む冒険者のパーティーに盗族は半ば必須だからな。下町のギルド…あの酒場に行けば盗族自体は見つかるだろう。ただ彼らから協力を得るのは難しいだろうな」

「キャスさんキャスさん、それってなんでです?」

「第一に彼らには既に仲間がいること。第二に相手が悪すぎることだ。私も仕事柄冒険者ギルドの記帳を何度か確認したことがあるが、竜に挑める実力のパーティーは皆無だった。ましてやそれがあの伝説の赤蛇山ニアムズ・ロビリンのあるじたる赤竜の古老イクスク・ヴェクヲクスともなればなおさらだ」

「「「う~~ん」」」


キャスの言葉に一同が腕を組んで考え込む。


「ええっと…他の街にはその盗族ギルドってのがあるんですよね」

「まあ普通はあんじゃねーの」

「ならそう近くの街のギルドの方に相談して派遣してもらうっていうのは…」

「かなり高くつくぞー」

「ゲルダさん! お金のことを気にしてる場合じゃないです!」


がたん、と机を叩きながら立ち上がり力強く主張するミエ。


「あと金で雇われた奴ってのは危機になったらすぐに逃げるぞ」

「逃げる人にお金をかけるのはちょっとダメですね…」


そしてそのまましょぼんと座り込み小さくなるミエ。



「信用が欲シイ」



と、そこにクラスクの言葉が割って入った。


「命がけの挑戦ダ。必要ナラ金は出すガ信用デきル奴がイイ。俺達ト長イ付き合イがあって信用に足ル奴ダ」

「クラスク殿、だからそうした相手がいないから困っているという話でだな…」




腰に手を当てため息をつきながらそう諭すキャスの背後……その壁際で、何者かが小さく手を挙げた。




「…ニャ」

「? どうしたんですかアーリさん」

「とうぞくニャ」

「はい?」

「アーリが…いちおうそのとうぞくニャ」

「ふぇ…?」



アーリの言葉に、ミエはしばし硬直し…

そして、円卓の間が驚愕の叫びに包まれた。








「「「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!?」」」







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