第260話 海魔石
「魔石…これが魔石か! 初めて見たわい!」
興奮した面持ちでシャミルが机の周りをぐるぐる回りながらその石を様々な角度で凝視し、観察する。
「エジャニーム…エジャニーム…あれ、もしかして邦語訳がない…?」
一方でミエはその宝石の名が翻訳されなかったことから、それがかつての己の世界にない種類のものだと認識した。
「ええっとシャミルさん、その
「うむ。鉱物の中には周囲の魔力を集める性質を持ったものがある。長い年月をかけ魔力を集めた鉱物はそれを内部に結晶化させる。これが『魔石』じゃ。要は天然自然で魔力を帯びた石のことじゃな」
「あー…」
ミエは最初、己が知っているこの世界と自分の世界の語彙の不足によってその石について知らないのかも、と考えもしたがどうやら違ったらしい。
魔術や魔力に関わる石ならば自分の世界の単語に存在しなくて当然である。
彼女は大いに納得してうんうんと頷いた。
「私も魔石の話は聞いたことがあるが見るのは初めてだな。相当希少なものと聞いたが」
キャスが物珍し気にその宝石を眺めつつ、その後少し恨めし気にギスの方に視線を送る。
だがギスは素知らぬ顔で視線を逸らした。
「うむ。なんといっても石自体に魔力が籠っておるから強力な魔具が作れると言うの。魔具作成の中でも特に指輪の作成が強力と言われており、実際伝説に残る魔具や神具の中にも強大な力を持った指輪の話が多くあるが、それは素材にされた魔石の力が大きいと聞く」
「成程。確かにエルフ族の伝承にも強力な指輪の話が幾つかあったな」
「うむ。また天然で魔力を有しておるがゆえ錬金術の素材として使っても魔術に近い効果を持った強力なアイテムが作れる。魔導師であっても錬金術師であっても涎を垂らして欲しがるであろうよ」
青魔石を食い入るように眺めながら鼻息荒くシャミルが語る。
彼女のあまりに興奮した様子にミエが念のため釘を刺した。
「駄目ですよシャミルさん人のものを盗ったり」
「誰もそんなこと言うとらんじゃろ! 思っとるだけじゃ!」
「思ってはいるんですか!?」
「思考は自由じゃろ! あと計画と実行までのプロセスを練るのとそのために必要な資材の脳内書き出しも自由じゃろ!」
「自由かもしれないですけど自由すぎるのでやめてくださーい!」
どうやら釘を刺す程度では足りなかったらしい。
ミエはゲルダに頼んでシャミルをがっちりホールドしてもらった。
「だから実際に奪ったりせんわい! 計画だけ! 計画だけじゃから!」
「そんな『先っちょだけ! 先っちょだけだから!』みたいなこと言うな。オークかお前は!」
「おー…シャミル落ち着く」
サフィナがゲルダに両肩を押さえられたシャミルの頭を撫でつつ落ち着かせる。
「…美しい宝石は人の心を惑わすと言いまふ」
「骨身に染みました」
ミエは深くため息をついてネッカの言に同意する。
「というかギス、突っ込んだ質問をしていいか?」
「あらキャス、なんか昔の口調に戻ったみたいね。懐かしいわ」
「茶化すな」
ギスの軽口をいなしながら、キャスは静かに目を細める。
「エルフ族はその血脈により精霊魔術を、
「ええそうね。それが?」
「エルフ族が精霊使いなどになれば当然その高い素質を遺憾なく発揮し強力な術師となるだろう……が、エルフ族の場合、たとえ術師にならずとも、多少の精霊魔術は修得できる。私やサフィナのようにな」
「おー…修得できる」
キャスの言葉に同意するように、サフィナが腕まくりをして力こぶを作る。
いや腕を曲げただけで全然こぶなどできていなかったけれど。
「ただしそのためには…誰かに魔術について教わらなければならん。高い交感能力があればその場にいる精霊との対話で新たな魔術に覚醒することもあるかもしれないが、魔導術ならそうもゆくまい。お前に術を教えたのは誰だ」
キャスの鋭い目つきを前に、ギスは肩をすくめて答える。
「そんなに構えなくてもいいわ。私が教わったのは瘴気の村の中、そこにいた気の触れた魔導師よ」
「魔導師…」
「ええ。正気を失ってずっと何かの研究をしていたの。他人を拒絶して村はずれに住んでいたけれど、私の事は娘か何かだと思ったらしくて追い返さなかったから、私が食料とかを運んでいたのね」
「ほーう、魔族もよく野放しにしていたな」
「時々やってきては研究らしきものをメチャクチャにしてその怒りや憎しみを啜ったりとか、まともな研究成果ならそれを奪ったりとかしていたみたい。私が見たのは大体何かの仕打ちを受けた後の工房の様子くらいだったけれど」
「む…割と酷い目に合っているな…」
「最終的には魔族に逆らって殺されてしまったしね。ただ生前に魔術を幾つか教えてもらったの。色々とおかしくなっていた人だったけれど、魔術に関してだけはすごいきちんとしていた…だから物を隠したりする呪文なら得意よ、私」
「…成程な、一応筋は通っている」
「あらキャス、親友の私の事疑ってるの? 酷いわ」
口ぶりの割りに薄く笑いながら糾弾するギス。
「お前が親友の私にまで長い間隠し事をするような性格でなければ疑う必要もないのだがな」
「あらこれはしたりね」
キャスの返しにくすくすと笑うギス。
「あのー…ちょっとよろしいでしょうか」
と、そこでミエが挙手をしてギスに声をかける。
「なにかしら」
「魔石って魔力を集めるってことはつまり魔力があるんですよね。だから魔術的に見つかりにくい場所を条件として提示したんですか?」
「ええ。あとはまあ…この宝石の持ち主が探しているかと思ってね。体にしまっている間はこの宝石の位置は掴めないはずだけれど」
「持ち主? 探してる…?」
「ええ。この宝石の本来の持ち主は…たぶん私の父親でしょうから」
「「「!!」」」
ざわ、と一同がどよめく。
「ギス。説明して…もらえるか」
「ええ、キャス。そのためにここに呼ばれたのでしょうしね」
ギスは、彼女の知っていることを静かに語り始めた。
「とは言っても私も詳しくは知らないの。これは母親がまだ正気を保っていた頃…老いと瘴気の影響で少しずつ己を失いつつあった時期、まだ自分が自分でいられる内にと私にくれたものよ」
ギスの言葉にミエの表情が翳った。
解っていたことではあるけれど、覚悟していたことではあるけれど、やはり棄民達の扱いは酷すぎる、と。
まあ正確には瘴気の中に暮らし未だ救われていない彼らは棄民ですらないのだけれど。
「ただ母は攫われる前はそんな高貴な出自ではないはずで、こんな大きな宝石を持てるような身分ではなかったはずなの。だから不思議に思って尋ねてみたら、色々ぼかしていたけれど…どうやら私達が魔族に売られる前、父からこっそりくすねたみたいなのね。どうやら攫われた後で売り払って家計の足しにでもしようとしていたみたい。まあ相手が魔族だったから無意味だったけれど」
ギスの言葉に皆唖然として聞き入っている。
「ハハハ。ドうシテドうシテ、お前の母親もなかなかやルじゃナイカ。気に入っタ」
「ありがとう族長…いえ村長さんの方がよかったかしら? オーク族の長に褒められるならオークの妻になった身としては光栄と受け取るべきかしら」
「いいねえ、あたしも気に入ったぜ。なあエモニモ」
「む…一般論としては物を盗むのは悪い事ですが…まあ事情が事情ですしね酌量の余地はあるかと…」
「小難しい言葉使うなお前は」
「ちょ。痛! ゲルダさん、背中叩かないでください!」
姉嫁と妹嫁の多少なりとも打ち解けたやり取りにエモニモの隣にいたキャスが思わずにやける。
「んー…ええっと、話をまとめますね。ギスさんの持っている宝石は魔石っていう魔法の宝石で、それをギスさんがお母さんから引き継いで、そのお母さんはどうも自分達を魔族に売った父親からこっそり拝借したものらしい。でその父親は
そこまで考えてミエの言葉がハタと止まる。
「…あれ? ってことは…あの日襲撃してきた親玉って……ギスさんのお父さん?」
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