第246話 風巻く魔剣

その日、森の中のクラスク村にある魔術工房から、ネッカが疲労困憊の体で這い出て来た。

現場には今日剣が打ち上がると聞いてミエやキャス、それにゲルダやシャミルが期待混じりに、そして興味津々で集合している。

サフィナとエモニモは残念ながら多忙につき今日は欠席のようだ。


キャスの愛剣が生まれ変わる瞬間に立ち会えないとなってエモニモは血の涙を流して悔しがっていたけれど、どうにも彼女は仕事があれば私事よりもそちらを最優先させてしまうタイプのようだ。

生粋の生真面目と言える。


「お、おまっ、お待たせしたでふ…」


震える手で打ち上げた剣をキャスに手渡したネッカは…ぱたりその場にとうつ伏せに倒れ伏した。


「ネッカさん?! ネッカさぁ~ん!?」


あわあわとミエが慌てて彼女を助け起こす。


「ふむ…」


一方で剣を受け取ったキャスは鞘に納められたそれを手に重さや柄の具合を確かめる。


「あまり変わった気はしないが…む?」

「うおっ、なんだそりゃ!?」


鞘から抜き放ったその刀身には、渦巻くような風が纏わりついていた。

手にしているだけで風が腕や頬の横を吹き抜けてゆく。

横でそれを見ていたゲルダもまたキャスと同じように驚愕した。


「これは…〈風巻ギュー・サイプティア〉か!」


剣を振りながら使い心地を確かめる。

重さや使い勝手は以前と殆ど変わっていないようだ。

ただ渦巻く風が常に剣を覆っている。


「言うなれば常時発動している〈風巻ギュー・サイプティア〉といったところか…ほほう、これは面白い」


キャスは剣を振りながら色々と試してみた。


風巻ギュー・サイプティア〉には大きく三つの要素がある。

一つ、剣を風で包むことで飛び道具などを打ち払いやすくなること。

一つ、武器を一時的に魔法の武器扱いにできること。

一つ、〈解放〉することで呪文の残りの持続時間を犠牲に強力な風を巻き起こすこと。


このうち魔法の武器扱いとなるメリットは意味を為さなくなった。

彼女の武器は既に魔法の武器と化してしまっているためである。

だが飛び道具に対しては呪文を使用した時と同様に対処できるようだ。


問題は…


「〈解き放てエイリアマス〉!」


剣を天に向けて風を解き放つ。

轟音と共に暴風が吹き荒れ、空へと向かい風の渦が解き放たれた。


「…刀身から風が消えたな」

「一回こっきりなんじゃねえか」

「いやそれは流石に…む?」


ゲルダと一緒に剣を弄り眺めていたキャスは、柄の付近に僅かな風のそよぎを感じた。


「うおっ!?」

「なんと…!」


そして次の瞬間、刀身は再び渦巻く風を取り戻す。


「「成程…」」


キャスとゲルダは互いに目を大きく見開きながら状況を把握し…


「「便利では?」」


そして互いに顔を見合わせ頷き合った。


元の呪文は〈解放〉により強力な特殊効果を発現させると代償として残りの持続時間がキャンセルされてしまうが、常に〈風巻ギュー・サイプティア〉を発現させているこの剣は特殊効果を使用してその風を全て使い切ってしまっても、しばらくすれば呪文効果がリチャージされるようだ。


「素晴らしい…これは助かるな!」


キャスはクラス的には騎士であり、本来魔術行使能力を持たない。

彼女が呪文を使えるのは種族特性…いわばエルフ族の血が混じっているためであり、キャスの場合ハーフなのでその能力はさらに限定的となる。

ゆえに修得している呪文も少なければ魔力もさほど多くない。


そのため低レベルで使い勝手のいい〈風巻ギュー・サイプティア〉を多用していると他の呪文に回す魔力が足りなくなってしまう。

だがこの剣が使えれば今までの戦術を大幅に強化できる。

なにせ今までとほぼ同じ戦術を取りながら魔力の消費が一切なくなるのである。

その分〈風の刃ギューヴ・アギン〉などの強力な呪文に魔力を回せるようになるわけだ。


「ネッカ殿! 感謝する。素晴らしい出来栄えだ!」


キャスが感嘆と高揚でその武器を打ち鍛えた立役者を褒め称える。

当のネッカはなんとか起き上がってミエからもらった蜂蜜酒を煽っていた。


「…大丈夫だったでふか?」

「うむ。常時発動している〈風巻ギュー・サイプティア〉というのは私の戦いの流儀に合っていてとても助かる。素晴らしい『いわく』だった」

「……だったでふか?」

「なに…?」


ただ自分の功績を称賛されたというのに、なぜかネッカは妙に浮かない顔で、なんとも奇妙な問いを返してきた。


「それだけ…とは?」

「う~ん…おかしいでふね。そんなはずはないんでふが…」


ネッカは埃を叩きながらむくりと立ち上がると、いったん工房に杖を取りに戻る。


展開せよファイクブク 『探知式・壱イヴェ・ヴェオシリフリ』」


そしてキャスの前で軽く杖を振って短い呪文を詠唱した。


「〈魔力探知ソヒュー・ルシリフ〉」


じい、と微動だにせずキャスが手にした細身の剣を見つめるネッカ。

そして数十秒後、目をぱちくりとしばたたかせながらうんうんと何やら一人納得して頷いた。


「やっぱり…曰くがありまふね」

「なに…!?」


ぎょっとして己の剣を見つめるキャス。

だが見た目的には先刻と何も変わっていない。


「どんな『いわく』かわかるのか」

「ごめんなさいでふ。元々剣に込められている『いわく』を育てた場合、それがどんなものかわからないことが多いんでふ。ただ…魔術でどんなタイプの『いわく』なのかを判別することはできまふ」

「タイプ…?」

「はいでふ」


キャスの怪訝そうな顔の問いかけに、こくんと頷くネッカ。


「その剣からは今『付与』系統と『変化』系統の魔力が検知できるでふ。付与の方は仰る通り〈風巻ギュー・サイプティア〉の付与だと思いまふが、それだと『変化』の説明がつかないでふ。単純に考えてもう一つ『曰く』が刻まれていると考えていいと思うのでふが…」

「なるほど…」

「で、何か体調その他に変調はありまふでふか?」

「いや…ないな」


試しに剣を振ってみるが、いつも通りか若干軽く感じる程度。

切れ味はだいぶ上がっているがこれもおそらく魔法の剣になった結果であって特になんらかの特別な力は感じない。


困惑しているキャスの横から、ぴょこっとミエが顔を出しネッカに確認する。


「すいませんネッカさん。私魔術は詳しくないんですけど『付与』とか『変化』って例えばどんな感じな効果だとか例みたいなのってあるでしょうか」

「んー…例えばでふけど命令すると炎が噴き出る『炎の剣』みたいな『いわく』があったとしまふ」

「はい」


こくこく、と頷き続きを促すミエ。


「『付与』系統なら剣の刀身が燃え上がるでふ。『変化』系統ならでふ」

「ああ!(ぽむ) つまり相手自体に影響を及ぼさないで効果をのが『付与』で、相手自体をのが『変化』ってこと…です?」

「そういうことでふね」

「ふむふむ…ってことは『変化』系統がまだ隠されてるってことはキャスさんの武器がシャッキーンて変形するってことですか?」


ミエの言葉にぎょっとして思わず己の剣を見直すキャス。

だがやはり何の変化もない。


「ん~…それがそうとも言えないんでふ」

「「それはどういう?」」


若干不安になったキャスと興味津々のミエが同時に尋ねる。

流石に夫婦…もとい婦々だろうか…だけあって息もぴったりである。


「さっきの例でふと『炎の剣』は普段普通の剣で、があると炎を放つわけでふ。この指示する単語を『合言葉ギネムウィル』と言うでふ」

「あー、確かにそういうのがないとどうやって炎を出したりしたらいいかわかんないですもんね」

「はいでふ。それでもし『合言葉ギネムウィル』が必要ないわくだっとしたら、〈来歴探知コクヴィヒ・ルシリフ〉の呪文で調べることができるはずなんでふ」


言われてみればミエにもキャスにも納得できる話であった。


「でも完成した時に唱えた〈来歴探知コクヴィヒ・ルシリフ〉からは『合言葉ギネムウィル』の反応がなかったでふ。つまりその『変化』はか、もしくはのはずなんでふ」

「常時…もしくは条件発動ということか?」

「はいでふ。それがもし常時発動なら…、もしくは使、でふ」

「私に…」


剣を持つ。

しげしげ眺める。

振ってみる。


自分の手を見る。

身体を触ってみる。

ぴょんぴょんと飛び跳ねてみる。


「特に何か変わった気はしないが…」

「そうでふか…」

「でも今のいろいろやってるキャスさんは可愛かったです!」

「ミエ姉さん…」


呆れながらも少し頬を染めるキャスの横でん~と腕を組んだまま考え込んだネッカは、だが何も思いつかず大きく首を振った。


「それじゃあ気にしても仕方ないかもでふね。占術系の呪文で特に邪悪だとか呪いだとかそっち方面は引っかからなかったので。有利な効果には違いないはずでふ」

「そうか…それならまあいいが…」


正体がわからぬ力が宿っている、というのは若干不安だが、それでも何らかの利益があるというのなら少なくとも損はしないだろう。

これ以上考えても答えが出る問題でもないので、キャスは己の剣を鞘にしまった。


「くっそーいいなーアタシも魔法の武器欲しい…」

「ゲルダさんも一段落したら作ってもらいましょうよ。今は色々急ぎの仕事がありますから…」

「…まあそうだな。武器作ってもらってる間に国が攻めてきて村が滅ぶかもしれねえんだし」

「物騒な事言わないでくださーい!」


…などと言いつつもそれはミエも覚悟はできていた。

だがこの村のオーク達の問題を解決するためには避けては通れぬ道なのだ。

だから意思を強く持って…


「ハァ、ハァ…終わっタカ?」

「旦那様!」


キャスの武器が出来上がる頃には村に戻る、と言い置いて街に出たクラスクだったが、少し遅刻くしてしまったようだ。


「クラ様! お仕事お疲れ様で…ふぅ?」


そしてぱああ、と顔を輝かせて挨拶するネッカにずかずかと近づいて、己の斧を渡し自分の手で包み込むようにぎゅっと握らせた。


「わふん!? な、ななななんでふか?!」

「俺の武器モ頼ム。強くシテくれ」

「わ、わ、わわわわわわわかりましたでふ! で、では武器の『曰く』の方は…」

「強くなルならなんデモイイ。お前に任せル」



クラスクの言葉には妙な切迫感があった。

動転しているネッカはともかく…他の一同はすぐにそれに気づく。





そして…クラスクが出会ったというその謎の青年について、他の皆もまた知ることとなったのだ。





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