第224話 名は家を表す

「はわ、はわわわわわわわわっ!」


大量の来訪者を前にあわあわと慌てふためくネカターエル。

いつの間にやら部屋にはミエとクラスク以外にエルフ、ハーフエルフ、半巨人、獣人、それに…人間族とノームがいた。

全員女性である。


「あ、あの、え、えっと、えっと…!?」


ネカターエルが震える指で女性陣を指し、その後クラスクを指差す。

まさかとは思うけれど、この女性達は皆、みんな…!?


「あー、えっと誤解のないように言っておきますと、全員が旦那様のお嫁さんってわけではありません」


違うのか…どこか、そして何故かホッとするネカターエル。


「私とこちらのキャスさんだけです」

「妹嫁にあたるハーフエルフのキャスバスィだ。以後お見知りおきを」

「いもっ!?」


やけに凛々しいハーフエルフに自己紹介されてびしりと硬直する。


「あとはアレだ。別にクラスクの旦那の嫁じゃあねえけど、あたしら全員この村のオークの嫁ではあるかんな? あ、あたしはハーフオーガのゲルダ。よろしくな」

「わふっ!?」

「おー…サフィナ、わっふーのお嫁さん…」

「今の説明に自分が含まれていることに未だ若干の違和感を覚えますね。早く慣れないと…人間族のエモニモです」

「アーリは違うニャ!? 絶賛独身中だニャ!? 商人…もといのアーリニャ!(ムフー」

「そしてわしがノーム族のシャミルじゃ。ドワーフの娘さんや」

「ノーム族…!」


驚きの連続で眩暈がしてきたネカターエルは、だが最後にシャミルが自己紹介したところで瞳を輝かせた。


「ん、あれ、なんかシャミルだけ反応違くね」

「サフィナ知ってる。ドワーフとノームなかよし…」

「へー、そうだったんですか」


ミエの感心したような声でサフィナがえへんと胸を張り、だがその後しょぼんと肩を落とす。


「でもドワーフとエルフあんまり仲良しじゃない…」

「そうなんですか!?」

「まあお互い生息地も性格も全然違うでの。互いに何か気に食わん反りが合わん程度じゃよ。険悪ではあるが敵が魔族やらオークであらば手を取り合って戦える程度には相手を認めてはおる」

「へぇー…あれ? じゃあオークとは仲が悪い…?」

「そもそもオークと仲の良い種族などおらん」

「あはは、それはそうですけどー…」


シャミルに一刀両断され苦笑いするミエ。


「ドワーフトオーク普通仲悪イ。他ノ種族トモ仲悪イガドワーフ族ハ格別仲悪イ。会えバ即殺し合う。慈悲ナイ」

「そん

 なに」


そう言いながら首を掻っ切るポーズをとるクラスクにショックを受けるミエ。

震え上がるネカターエル。

手を横に振って彼女に対して敵意のないことを示すクラスク。


「ドワーフ族は山腹などに穴を掘って地底で暮らしておる種族じゃ。性格は頑固で真面目でよそ者に厳しい。また忍耐強く何かを成し遂げる鋼の意思を持っておる。黄金や宝石を好み、殊更に酒と食事を好むとされる種族じゃ」

「頑固…忍耐強い…はがねの意志…」


シャミルの説明のところどころが目の前の相手とあまり合致しないが、まあ個性の範疇だろうとミエはとりあえずスルーした。


「それでノームとは仲が良くって、オークとは仲が悪い…?」

「ノーム族が暮らすのは山がちな土地の半地下じゃ。ドワーフとは生活圏が近くかつかぶっておらん。また発明や研究を好むノームとは互いが求めるものが異なるため争いにもならん。利害が一致することはあっても対立することは殆どないでの。いわば気の合う隣人、平和的共存というやつじゃな」

「ははあ…なるほど。あれ、じゃあオーク族は生活圏が…」


確か普通のオーク族は洞窟などに棲み暮らしていたはずである。


「そうじゃ、ドワーフ族とオーク族は生活圏がもろに被る。しかもオーク族はドワーフ族が掘った住居をこりゃ住みやすいと好んで居着いたりするからのう。中には未だドワーフ達が住み暮らしておるとろこにさえ押し入って全滅させて生活基盤にすることさえあると聞く」

「ひどくないです!?」

「それは負けル方ガ悪イ」

「だーんーなーさーまー?」

「イヤ、俺はシナイ…ホントにシナイ。シタ事もナイ」


オークの流儀をミエに咎められ慌てて言いつくろうクラスク。

そんな彼の有様にネカターエルは目を丸くした。


「とまあそういうわけでドワーフ族とノーム族は比較的気心の知れた仲じゃ。すまんのうドワーフの娘さんや。かように大挙して押しかけて。ちとうちの族長…いや村長殿が拾うたお主に興味があったでな」

「あ、いえ、こちらこそいき倒れていたところを助けていただいた上に御食事まで…本当にご迷惑をおかけしましたでふっ!!」


ぶんっと勢いよく頭を下げるネカターエル。

随分と謝り慣れている風である。


「ふむ、さて…ではすまぬがわしらにもう一度自己紹介をしてくれんか。名前を知らんでは話もしにくいでな」

「あ、あのシャミルさん、ドワーフ族のお名前は…」

「知っておる。その上で伺っても宜しいかな?」

「あ、は、はい。ええっと…」


シャミルに促され、再びフルネームで自己紹介するネカターエル。


「「「なっが!」」」


そしてまあ当然こういう反応になる。


「ほう…ほうほう!」


ただ…シャミルだけは一人目を輝かせてその名を聞いていた。


「なんと“戦乱テルクソーラエス”のゴーリン殿の血族か。その節はわしの先祖が格別の世話になったものじゃ。感謝に耐えん。この通りじゃ」

「いえいえうちは傍流も傍流でふから…っ!」


シャミルが深々とお辞儀をし、ネカターエルが慌ててかぶりを振る。

他の一同にはさっぱり訳が分からず、首を捻った。


「…シャミルさん、どういうことです?」

「ん? ああ、ドワーフ族のフルネームは先祖の名と来歴…即ち一族の歴史を表しとるんじゃよ。ネカターエル…と呼んでも差し支えないか? うむすまんの…の名は今は亡きドワーフ族の滅びの都・テザークザーブ出身の偉大なる“地の王”の血筋で、かつて魔族共から多島丘陵エルグファヴォレジファート一帯を取り戻した数百年前の闇の大戦ベルク・スロセルに於いて大いにその力を示したドワーフ族の英雄・ゴーリン殿の血筋であることを示しておる。当時ゴーリン殿の尽力で盟友であったノーム族の村が幾つも救われておっての。彼がおらなんだら丘陵のノーム族は全滅し、今のわしがおらなんだやもしれん、という程に世話になっておる。まあわしは村の文書もんじょを読んで知っておるだけじゃが」

「「「おおお~~~」」」


シャミルの説明に皆が感嘆し、視線がネカターエルに集まる。

だが彼女はぶんぶんと手を振り頭を振って全力で先祖の威光を振り払おうとした。


「いえっ! いえっ! でふからご先祖はご先祖でっ! 私は全然! ちっとも! 斧もまともに使えないでふし…っ!」

「ふーん…斧が振るえねえドワーフじゃあ戦士じゃあねえよな。今は何やってんだ?」


ドワーフ族はオーク族と同様斧を武器とする者が多い。

たとえ他の武器を使う者であってもこと斧の習熟なら人間族の戦士には引けを取らぬ、という者が殆どだ。

その斧が使えないとなれば戦士でないと宣言しているのも同然である。


「っていうかそもそもシャミルさんはドワーフ語も喋れるんです?」

「うむ。ドワーフ語とノーム語は元となった言語が同じゆえな。じゃからノームでわしのように学者ならまずドワーフ語がわからんはずはないという寸法じゃ」

「へぇー…」


へぇボタンがあれば連打しそうな勢いでミエが感心する。


「それと先程の名から聞く限り…ネカターエルの家は曾祖父の代からずっと石工をしておるようじゃな」

「「「石工!?」」」


ぐりん、と全員の視線が一斉に注がれ、ネカターエルが×の字顔になって何か防御のポーズ。

注目を浴びるのも苦手らしい。


「いやしかしホントこんだけ小心者のドワーフ初めて見たぞあたし…」

「私も騎士団で隊長と共にドワーフ族の戦団と任務をこなした経験はありますが、このようなタイプは初めて見ますね…」


同じラオクィクの妻であるゲルダとエモニモが眉根を寄せて困惑する。


「も、もしかして…もしかしてですけどっ! ネカターエルさんて石工なんですか!?」


ミエが興奮を隠しきれずに尋ねる。

なんという僥倖だろう。

ちょうど石工が欲しいと思ったときに村に運び込まれた行き倒れがまさにその石工かもしれないだなんて。


クラスクの運の良さにミエは驚嘆した。

…まあ今日の彼の運の高さ自体はミエの≪応援≫スキルによる補正なのだけれど、当然ながら彼女にはその自覚はない。


「あ、いえっ、そのっ、御期待されたところ大変申し訳ないんでふが…っ、その、確かに曾祖父からうちは代々石工をしてまふしっ、私以外の兄弟はみんな石工なんでふけども…っ!!」


けれど…彼女の≪応援≫によって向上した…≪応援/旦那様(クラスク)≫による元値自体の永続上昇と、一時的な補正値の合算によるクラスクの幸運値は…彼女の想像をさらに超えた運勢を、この村にもたらしていた。


「…違うんですか?」

「すいませんすいませんすいませんっ!!」

「ま…そうじゃろな」


ミエのキョトンとした顔と、相手を失望させてしまったという悲嘆と困惑の表情を浮かべたネカターエルの顔を交互に眺めた後…シャミルがのそのそと隣室に行き、そのドワーフ娘の旅の装備を持ってきた。


「この杖は術の補助、この小袋は魔術の触媒、そしてこの書物は魔導書じゃ。間違いなくじゃよ、この娘は」





一瞬の静寂…

そしてこれまで以上の驚嘆の声が、部屋に響き渡った。




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