第126話 オークの村のお馬さん
「馬…ああ乗ルのカ! そう言えば人間族
「いや普通そうなんだ。食べる方がおかしいからな!?」
オーク族の常識について是非物申したいことのある騎士隊長殿である。
「オーク族は強さに貪欲な種族だと思っていたのだがな。戦場で騎乗した騎士の
「そんなにカ」
…あの時のお前になら、と心の中で呟くが声には出さなかった。
クラスクはこの短い期間で恐ろしい程に成長していたからだ。
「それは興味あルナ」
「というか何故逆に今まで興味がなかったのかと問い質したいぞ、騎士としては」
「あー…アイツらオーク見ると脅えル。すぐ逃げようとすル」
「ああ…」
そう言われて妙に納得する。
馬は繊細で臆病な生物である。
オーク族のような殺気が服を着て歩いているような存在が近くにいればそれは脅えるだろう。
「追イかけルとあいつら逃げル。逃げなイようにすルには怪我させルしかなイ。デも怪我させルトあイつらすぐ死ぬ」
「…まあそうなるな」
逃がさないように、というのだから当然脚に怪我をさせるのだろう。
だが馬にとって脚の怪我はそのまま死に繋がりかねない致命傷となることが多い。
品種にもよるが人を乗せて運ぶ馬はかなりの重量がある。
ゆえに彼らが脚を怪我した場合残った脚ではその馬体を支えきれず、その負担から他の脚もすぐに悪くなってしまうのだ。
脚が悪くなれば立てなくなる。
立てなくなれば横になるしかない。
だが彼らはこれまた重量があるがゆえに横臥すると体の一方に全体重がかかり、血流が滞ってますます体を悪くしてしまうのである。
「だから俺達大体死んダ馬しか知らなイ。死んダら肉。オーク肉大好き。食べタらウマイ! イケル! ダからオークにトッテ馬は食べ物」
「そんな『
クラスクの話でようやく合点がいった。
そもそもオーク族に馬と心を通わせて…のような繊細なことができるとも思えない。
「まあ今から馬を用意するのも手間だしな。諦めるか…」
「馬ならイル」
「は…?」
これまでの流れに真っ向から反する返事を聞いて、キャスが思わず怪訝そうな声音で問い返す。
「馬ならイル」
「お前さっき食べるとか言ってたじゃないか!」
「これまデのオークはそう。デもミエが用意しテル」
「ミエが…?」
クラスクは腕組みをしてうんうんと頷いた。
「蜂蜜ガ商品になっテその売上デ食料買えルようになっタ。デもそうなる前はしばらく襲撃もしテタ」
「そうなのか」
「襲うのは隊商。馬車は馬が引いテル。ミエはせっかく襲うんダっタら今後役に立つかもダから馬は生きタママ連れて来テくれ言っタ。隊商の馬繋がれテル。逃げられなイ。何頭か村に連れテ来れた。ダから今は村に馬イル。普段森の中デミエが世話しテル」
「なんというか…ミエはすごいな…」
「そう。ミエスゴイ」
先まで見据えた先見の明、そういったものが彼女には備わっているような気がする。
キャスは素直に感心し、クラスクもまた激しく同意した。
なにせ彼こそミエに驚かされ続けている第一人者なのだから。
「よかったら見せてもらっても?」
「わかっタ。ミエに案内しテもらう」
幸いミエはちょうど食事の支度中で家におり、すぐに案内してもらえることとなった。
「こらコルキ、そんなに吠えないの! …一緒に行きたいの?」
「ばうばうっ!」
小さくため息をついたミエがコルキの鎖を外すと、彼は嬉しそうにミエの周りをぐるぐると回り、そのまま自分の鎖に絡まって動けなくなってひっくり返りひゃーんひゃーんと情けない声で助けを求めた。
「もう…この子ったら私が馬の世話をするたびについて行きたがるんだから」
「ばうばうっ!」
鎖を解かれ嬉しそうに縦に飛び跳ねるコルキ。
「吠えたり食べたりしたらめっ! ですからね?」
「きゅーんきゅーん」
ミエがつんとコルキの額をつつくと、彼はこてんと倒れ、そのまま腹を見せてごろごろと転がり媚を売り始める。
完全に慣れ切った駄犬…もとい駄狼と化しているコルキであった。
「もー、調子いいんだからぁ」
ふんすと鼻息を吹いて鎖を持つミエ。
連れて行ってくれるとわかって嬉しそうに走り回るコルキは、けれどミエが持つ鎖の範囲より遠くへは決して駆けださない。
まるで彼女が持つ鎖が自分の行動範囲そのものだと思い込んでいるかのようだ。
「こっちです、こっち」
ミエが案内したのは村から出た森の中。
ただしクラスクと剣の鍛錬をしているのとは逆の方角だった。
「ここをもう少し進むと…あ、あそこです」
ミエが指差した藪を抜けると、そこは広場になっていた。
森に囲まれたそのあたりだけ木々の姿がなく、下ばえだけが生えている。
広さ的にどことなくクラスクと剣の修練をしている場所に似ている。
ただしこちらは向こうと違って木の切り株がない。
「家を増築したり蜂の巣用の巣箱を作るために森を何か所か伐採させてもらったんです。それで広場にしたり果樹園にしたりこうして放牧に使わせてもらったりしてて…」
そしてミエの言葉通り…その草原には馬がいた。
全部で六頭。
一頭だけ頭ひとつ抜けて大きく、他はだいたい似たり寄ったりの大きさで、ただ一頭だけ一回り小さい。
「キートク・フクィル! ラクリィ! フィコソーク! ヤウイー! ラヴヒィ! イウィキヴシ!」
ミエが彼らの名を呼ぶと、彼女の姿に気づいた馬たちが首を向け、だく足で駆けて来てミエの前に集った。
そして彼女の前でぶるる…と鼻を鳴らしながら顔をこすりつけてくる。
「ああもう、こら、鼻水擦り付けないの! こらぁ~!」
ミエに言われても気にしない。
馬たちのそんな様子にキャスは目を丸くした。
「随分と慣れているな…?」
「ほんとなんでなんですかね? きゃっ!? このせか…じゃなかったこの品種が人懐っこいとか…?」
「いやそんなことはないはずだが…」
キャスが不思議そうに首を捻る。
確かに馬によっては人慣れしやすい個体もいる。
けれどそれは馬ごとの個々の資質であって、色も違えば兄弟でもなさそうな馬が全員こんなに懐くのはかなり珍しい。
「馬よりミエの資質の問題では?」
「わ、私のですかー?! あ、こら服を噛まない! ひっぱらなーいー!」
キャスの言うことは的を得ている。
ミエのスキル≪応援(個人)≫は個体を対象として無意識に発動する。
そして彼女は相手の長所を見つけるのが得意だし、人だろうと獣だろうと当たり前のように応援してしまう。
動物たちからするとどうだろうか。
ミエが近くにいて自分の名前を呼ばれ応援されているとき、やたら餌が見つけられたり狩りが上手く行ったりする。
あるいは駆けっこが早くなったり仲間内の喧嘩で勝てたりする。
そんなことが延々と繰り返されると…流石に獣でも学ぶのだ。
『コイツの言うこと聞いてればいいことあるぞ』と。
そして次にこう思うのだ。
『コイツとは仲良くしておこう』
『コイツが親分でいいんじゃないか?』
と。
「クラスク殿、ミエはどうも動物を扱う才能があるようだな」
「人を使うのも上手イ」
「ハハ。それは確かに」
「ちょっ、二人ともっ、感心しないで止めてー! 止めてくださーい!」
馬たちに鼻面を擦り付けられるだけでなく服を甘噛みされるミエ。
懐かれているのか舐められているのかわからない図である。
「はー、はー…、と、とにかくこれが今うちにいるお馬さんたちですっ」
他より一回り大きな青毛のキートク・フクィル。
鹿毛のラクリィとヤウイー。
栗毛のフィコソーク。
黒鹿毛のラブヒィ。
そして他より一回り小さな白毛のイウィキヴシ。
ちなみに青毛は青とは言うが実際の毛並は黒である。
「おお、なかなか立派な馬たちではないか。名前にもなにか由来が? オーク語なのか?」
キャスの問いかけにミエが嬉しそうに答える。
「はいっ! 旦那様が付けてくれました! 左から順に
ミエに名前を呼ばれ、その意味も知らず嬉し気に嘶く馬たち。
その言葉を聞いて…古き良き少女漫画のような表情で驚愕したキャスが、その後真顔で突っ込んだ。
「…ひどくない?!」
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