第93話 奇妙な特注品
「…で、そういえば三つめはなんニャ。まだ二つしか聞いてないニャ」
「あ、そうでしたそうでしたちょっと待っててくださいね」
ミエは奥の戸棚の上に立てかけられていた奇妙なものを持ってくる。
「板と…筆…じゃニャくて…え~っと…?」
机の上に置かれたのは20cm×30cmほどの板と、筆記具らしきものである。
板はおそらく木製だが、なぜか全身緑色に塗られており表面がつややかだ。玄関から差し込む陽光を反射している。
一方筆記具の方は先端が筆状になっているが持ち手の部分が筆にしては少々太い。
「黒板…まあ緑ですけど…とサインペン…じゃなくてフェルトペン、ですかね」
ミエがフェルトペンと呼ばれたものを手にして黒板と呼ばれた板にスッと線を引く。
綺麗な白がその上に描かれた。
「黒板は草の葉で着色した塗料を塗ったもので、フェルトペンは獣毛を筆先に使って内側に白い花から摂った水溶性のインキが入っています。なのでこうして描いた後に水で濡らした布でさっと拭けば…」
「ニャッ! 綺麗に消えたニャ!?」
アーリは目をらんらんと輝かせてその板とペンを凝視する。
尻尾がぴぴんと真上に立ってゆらゆら左右に揺れていた。
どうやら相当興味があるらしい。
「え~っと…ご覧になります?」
あまりの喰いつきっぷりに気圧されたミエが汗を掻いて尋ねると、アーリがぶんぶんぶんぶんぶんと幾度も幾度も首を縦に振った。
「では…どうぞ」
「フォォォォォォォォォォォォォォォォ…!!」
手渡されると同時に奇声を上げる。
だいぶ興奮しているようだ。
黒板…は軽い。
薄い木の板を加工して塗料を塗っているのだろう。
塗料はやけにテカテカとしていて、さらにツヤツヤしている。
こんな材質に心当たりがあるとすれば蜜蝋くらいだが、あれは危険な蜂の巣から摂れる超希少素材で王侯貴族でもなければ扱えないはずだ。
駆け出し行商人の風情であるアーリは、なぜかその王侯貴族しか縁がないという蜜蝋についてのそれなりに詳しい所見を心に浮かべつつ手にしたものを見分する。
黒板も驚きだがさらにこのペンである。
要は筆の持ち手にインク壺を一体化させた構造で、羽根ペンのように壺に浸す手間なくいつでも書ける優れもの。
そしてその二つの組み合わせによって、これらは何度も書いて何度も消せるという再利用性のある商品に仕上がっている。
そこが素晴らしい。
これは間違いなく売れる。
アーリの商人としての勘がびんびんに訴えかけていた。
「これは
「
「背中に羽を生やした
「まあ、空を飛べる方たちなんですか?!」
「アア、羽つきのこトカ」
「ニャ」
手を合わせて興奮するミエと思い当たる節があるらしきクラスクにアーリが頷いて肯定する。
「羽根を生やして空を飛ぶだなんてまるで天使みたいですねえ」
「そうニャ。実際天使みたいに扱われることも少なくないニャ。なんせアイツら信仰心が篤く大人はだいたい聖職者になって奇跡の力を振るえるようになるからニャ。そんで奉仕の心だかなんだかで色んな村や街を巡っては無料で授業をして子供に共通語の言葉や文字を教えたりするニャ」
「まあ、ボランティアで? それは素敵な方たちですねえ」
「ま、布教がセットニャから権力者の中にはあまり快く思ってない連中もいるんニャけど、大体デメリットよりもメリットの方が大きいから黙認される事が多いニャ」
教育と識字率の向上、さらに奇跡の力による怪我や病気の治療…
ことに
…まあ流石に寄れば犯されかねないオーク族の村を訪れる
「ともかくこの板をもっと大きくして壁なんかに立てかけたらいい感じに授業がはかどりそうニャ」
「そうですねえ。元々そういう用途ですし。ただペンの方が…」
「…なんか問題あるのかニャ?」
「資材とか素材とかが色々足りてなくって、それ試作品なんです。今のところ量産の目処が立っていなくて」
「そうかー…それは残念だニャ」
猫ひげをだらんと垂らして明らかに落胆な風のアーリ。
なにせ黒板の方は再利用性が高いだけに一度売りつけたらそうそう替えの注文の必要がない。
となるとこれを商品として儲けようとするならフェルトペンとやらの方を目玉にする必要がある。
これならインク壺部分(?)だけを入れ替えるにせよペンごと交換するにせよ、定期的な需要が見込める。
そちらの量産が難しいとなるとすぐに商品として扱うのは難しそうだ。
「けどいいものだニャこれ…サンプル欲しいニャ…」
瞳を輝かせ黒板をさすっているアーリを嬉し気に、だが少し困ったようにミエが見つめる。
「あのー…そろそろよろしいでしょうか」
「ハッ! そうだったニャ!」
商談の最中に相手の商品に夢中になって我を忘れてしまうだなど商人としての恥である。
アーリは耳を赤くしながら名残惜しそうに黒板とペンを返却した。
「ええっと…こんな感じの品を用立てて欲しいんです」
「フムフム」
「ドれドれ」
ミエが黒板に器用に絵を描いてゆき、アーリとクラスクが覗き込む。
彼女が描くそれは、アーリには見覚えのあるものだった。
その程度のものなら
そんな風に軽く考える。
最後の最後、ミエがそれの脇に縮尺を書き入れるまでは。
「でっか!」
思わず真顔でツッコむ。
最後に付け足した条件によって、ミエの提示したものが楽な調達品から一気に非現実的な特注品へと変貌を遂げた。
「ニャ? ニャ? 本気でこの大きさニャ? フースとウィールブ間違ってないニャ?!」
「はい。これで」
ちなみにフースは約30cmほど。ウィールブは約90cmほど。
この世界の縮尺単位である。
つまりアーリは縮尺が3倍ほどずれてないか? と尋ねてミエがそれを否定したわけだ。
「難しいですか?」
「難しいかどうかって話ニャら間違いなく難しいニャ! 単純に大きさが変わるだけで必要強度はガラッと変わるし…ニャニャニャニャニャ…」
頭を掻きむしりながらこれまでのコネを洗い出す。
「ん~…商業都市ツォモーペの近隣の村に大工とか
「けど?」
「こいつをこのサイズで本気で作る気ニャら間違いなく特注品になるから結構な額になるニャ。それもかなり手間がかかるから作る時はかかりきりになる必要があるニャ。でもアイツは王宮に工具を納入するレベルの腕っこきニャ。仕事は後がつっかえてるニャ。納期を早めたいならよっぽど金に物を言わせる必要があるニャ?」
アーリの言葉にミエは腕を組んで考え込む。
「う~ん…お金ですか~…」
「そうニャ。この村に用意できるかニャ? できるならアイツに口を利いてもいいニャ」
現在アーリは現状ミエに莫大な借金を(言葉の上でのみだが)背負わされている。
だが彼女には先立つ資金がない。
無い袖は振れない。
高価な購入資金が必要なものを彼女独りで用立てるのは不可能なのだ。
「お金…え~っと…」
ミエはぶつぶつ呟きながら奥の部屋に行き、棚を開ける。
そして中から小袋を取り出して戻って来た。
「これくらいで…賄えますか?」
「ニ゛ャ゛……!?」
ミエが小袋から取り出したもの…
虹色に輝く貝殻を見て、アーリが引きつった声を上げた。
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