第80話 大演説

「しテやられタ…ッ!」


族長のにクラスクの顔面は昨日よりさらに蒼白となった。


「クラスク…!」

「わかってル。オイお前ら! 絶対出しゃばルナよ! 嫁んトコ行って見学しテロ!」


クラスクはそう言い捨ててラオたちに背を向ける。

まあワッフだけは未だサフィナが絶賛介護中なのだが。

というかこのエルフの少女、先日からずっとワッフにくっついて離れようとしない。


「エ、ダッテオラ達加勢…」

「アホッ! ソレガデキナクナッタッテ話ダヨ!」

「? ? リーパグ、ナンデダ?」

「考エレバワカンダロコノノータリンッ! 俺達ガ兄ィに加勢シタラアスコニイル他ノ村ノ族長ドモガ向コウニ付ク理由ヲ作ッチマウダロウガァ!」


そう、リーパグの言う通り。


頂上決闘ニクリックス・ファイクはオーク族にとって誇り高い決闘であり、それを侵すのはオークとしての恥である。

だがそれでも、喩え頂上決闘の禁忌を侵し一対多で騙し討ちにして卑怯者の汚名を着ようとも、族長さえ排斥できれば酒や風呂の力でその後自らが返り咲くことは決して不可能ではない、そうクラスクは踏んでいた。


…だが事情が変わった。


各部族の族長や代表達が来ている前で頂上決闘の掟を侵せば、彼らが決して許さない。

一騎当千の各部族の長が忽ち仲間を打ち倒し、そして卑怯者の汚名を着たままクラスクは殺されるだろう。



(そうダ…もっト早ク気づくべきダッタ…!)



族長の立場になって考えればすぐにわかることだった。

村に戻ってみれば村の改革…いやが進んでいる。

そんなものを看過する族長ではない。

彼は村内の大きな変化を嫌うからだ。


それがわかっているからこそクラスクは改革を急いだ。

戻ってくる前に絶対的な差を作っておきたかったのである。


自分の我意を通す身勝手さと、それが通るだけの圧倒的暴力を備えた族長にとって、村はのがもっとも都合がいい。

余計なものは持ち込まない。余計な改革は行わない。

こそが彼の支配の根幹なのである。


そんな彼が村を変えようとしている主犯たる自分に喩え一日だとて余計な時間を寄こすはずがないのだ。

なにせ長く村を空けている族長よりこちらの方が村のオーク達の心を掴んでいるかもしれない。

時間をかければかけるだけこちらが味方を増やして総出で族長を追い出そうとするかもしれないのだから。


だから彼はわざわざと区切ることでこちらができることのを制御し、その当日にあらかじめ決まっていた族長たちの来訪…おそらくなんらかの会合があろうだろう…を当てることでこちらの策をことごとく潰してのけたのだ。


暴力一辺倒かと思いきや、思った以上に老獪である。


「恐レズニヨク来タナ、若造」

「お前を怖がル理由ガネエヨ」

「ハハハ、ホザキヤガル。嫌イジャネエゼソウイウ強ガリハ」


クラスクはとりあえず大口を叩くだけ叩いて己を鼓舞する。

だがすべて族長ウッケ・ハヴシにはお見通しのようだ。




「オウイ、テメエラ! 親愛ナル村ノオークドモ!!」




自分と、そして自らに楯突く不敬で小生意気な…今やその豚は処刑台に足をかけているが…をすっかり取り囲んだ村のオーク達の前で、ウッケ・ハヴシは大仰に両手を上げて叫んだ。

オーク達から殺気のこもった大歓声が返り、彼は満足げに唇を歪める。


親愛なピケニフ…か。ミエのオーク語講座以外で聞いたの初めてじゃぞ、わしは」


観衆に交じって毒づくシャミル。


「これしっかりせんか! ここまで来たら覚悟決めい!」


そして隣で顔面蒼白になって震えているリーパグの尻をべしんと叩く。




「喜ベ! コノ神聖ナル決闘ノ後! オ前ラニ素晴ラシイプレゼントヲクレテヤル!」




再び湧き上がる歓声。

だがその勢いが先よりほんの少し…ほんの僅かだけ衰えたことをハヴシは見逃さず、苛立たし気に眉を顰めた。

この決闘が終わった後に、自分に発言権があることを疑っているオークが、ほんの少しでも存在しているのだ。


己の中の憤りを、だが他の族長の前ということもあって彼はなんとか歯ぎしりだけで抑え込んだ。


「フン、初メカラテメエガ勝ツ前提デイヤガル。腹立タシイニモホドガアルゼ」

「珍しくテメエと同意見だ。クソッ、なんかそっちのが腹が立つな」


少し離れた場所でやけに殺意に満ちた目で族長を睨むラオクィクとゲルダ。

これだけ殺意を放っていれば当然族長にも気づかれているだろうが、二人は一向に気にしない。


…いや、ラオクィクはその手に掴んだ斧の柄を握る力をぐっと強めている。

叶う叶わないは別にして今すぐに襲い掛かられても応戦しようという構えである。




「今日! 近隣ノ偉大ナル族長達ガコノ村ニ集マッテクレタ! ソレハ何故カ!!」




天に掲げた両腕を大きく広げ、そして少しだけ身をずらしにいる族長たちを片手で指し示す。

彼らが一体誰を応援しているのか、どちらの味方なのか、これみよがしに示すために。


スポットが当たった族長達は、片手を上げ、その体中の傷を強調しながら大歓声に応えた。



「…嘘」

「エ? 嘘ナンダベカ?」


だが族長のその言葉をサフィナはバッサリと切り捨てる。

彼女はずっとワッフの隣で彼に肩を貸したまま、けれど不機嫌そうに唇を尖らせ族長を睨んでいる。


偉大なるフクィウルとかぜったい思ってない。あのひと心の中で自分以外全部自分より下、って言ってる」

「ソンナノワカルダカ! サフィナハカシコイダナ!」


族長たちの紹介も終わり、熱も少しずつ冷め、ざわざわ、とざわめくオーク達。

それを両腕を大きく下げて黙らせるハヴシ。

完全に群衆をコントロールしている。



武力一辺倒ではない彼の族長としての振る舞いに、クラスクは素直に感心した。

こういう部分はしっかり取り入れ、学ぶべきだ、などと思いすらする。



そんなクラスクの思惑をよそに…ハヴシは傲岸にな笑みと共にを告げた。



「ソレハ…コレカラ! 我々ガ手ト手ヲ取リアッテ! 共ニ糞生意気ナ人間ドモニ目ニ物ヲ見セテヤロウトイウコトダ!!」

「ッ!?」



クラスクは一瞬遅れてその言葉のに気づきはっと周囲を見渡した。

群衆の中…大多数のオーク達と少数の異種族の女性達、その中に…いた。



口に手を当て顔を蒼白にしている…彼の妻の姿を。



「ソウダ! 俺達ハ街ヲ襲ウ! 東ノ街ダ! 大キナ大キナ街ダ! ソイツラ待ッテル! 俺達ニ襲ワレルノヲ! 蹂躙サレルノヲ! 俺達奪ウ! タクサンタクサン奪ウ! 飯モ! 酒モ! 女モ! ヨリドリミドリダァ!」



ど…っと、

どっと村のオーク共が、湧いた。

平穏より戦乱、建築より破壊…そうした彼らの本性を、族長は見事刺激してのけたのだ。



周囲の熱狂を睥睨しながら唇を歪め、もはや牙とも呼ぶべき犬歯を剥き出しにしながら…族長ウッケ・ハヴシが愉悦交じりの声で告げる。






「サア…楽シイ戦争ノ始マリダ…!!」






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