第48話 ワッフの激闘

「ウォォォォォォォォォォォォォッ!!!!」


ワッフは両刃斧を振りかぶり、巨猪の背後からその尻に一撃を叩きこむ。

魂消たまぎるような獣の叫び、ほとばる血飛沫。

返り血を浴びたワッフは荒々しい叫びを上げ、まるできこりが大木に立ち向かうかのように斧を横に振るった。


ワッフはオーク族の中ではかなり温厚で性格も優しい方である。

ただあくまでオーク族としては、の話だが。


そもそも彼はクラスクと同道して隊商の襲撃に出ている。

つまりオーク族としてはまがりなりにもちゃんとした『大人』であり、一人前の戦士なのだ。


ワッフの斧はややリーチが短く、また斧刃が両刃かつ肉厚で重量があり扱いにくい。

だが彼はそれを自在に操ることができる膂力の持ち主であり、頑丈かつ破壊力のあるその一撃はまともに当たれば大型の獣にすら致命傷を与える。


まあ反面本人が不器用なためなかなか攻撃が当てられないのだが、そこは仲間がフォローすればいいだけの話だ。


かつてワッフはそのうすのろと不器用さからろくに村に貢献できず、周囲の鼻つまみ者だった。

そんな彼をクラスクが拾って、チームワークで彼に活躍の場を与えたのである。


ろくに当たらない彼の攻撃は、だが生来の怪力もあり辺りさえすれば威力は凄まじい。

だからクラスクやラオクィクなどがその攻撃が当たるようをつけてやれば、その破壊力は遺憾なく発揮されるのだ。


そうして彼は少しずつ戦果を挙げられるようになり、自信もついて、やがて村に戦士として認められるようになった。

ワッフがクラスクを兄貴分として慕い懐くのはそうした事情があるからである。


もっとも当時のクラスクは別に友情に目覚めたとか持ち前の正義感が彼の扱いを許せなかった、といった心境で助けたわけでは決してない。

ワッフのドン臭さに隠れた怪力に目を付け、上手く使えば役に立つだろうという目算と、いい目を見せてやれば自分の子分にできるかもという目論見があってのことだ。


まあ逆に言えばクラスクはワッフの力をそれだけ認めていた、ということでもあるのだが。


ともあれそんなワッフの攻撃をまともに受けて、その巨大な猪は苦しげな悲鳴を上げた。

だがまだ倒れない。

猪の尻の肉は分厚いのだ。傷や出血は派手だが致命傷には至っていない。


首を大きく左右に振り、竿立ちになって暴れる巨猪。

その牙がワッフの肩をかすめ、どば、と血がほとばしる。


これまた致命傷ではない…が、互いの体の大きさ、そして耐久力が違い過ぎる。

時間が経てば出血多量でワッフの方が先にへたばるかもしれない。


(仕方ネエナ…!)


ワッフがそこで倒れている娘に恩を売るためにも、この獲物を狩ったという自信を付けさせるためにも、村のオーク達の前で箔を付けさせるためにも

本来ならワッフ一人で退治するのが一番望ましいのだが、そのために弟分に死なれでもしたら元も子もない。


クラスクは二人…もとい一人と一匹が激闘に夢中になっている隙にこっそり場所を変え、木々が鬱蒼と茂る森の奥へと移動した。


手に構えるは手斧一挺。

最後の一振りだ。


クラスクはそれを構えながら心を落ち着け最良のタミングを探る。


(もうチョット…そこダ! 行け! ああそっちジャねえ…!)


巨猪が暴れ、ワッフが後ろに回り込む。

牙を振り回し、地面を引っ掻いた猪がワッフの方へ向く。

短い突進を横に転がるようにしてかわすワッフ。同時に地面すれすれで放たれる両刃斧の刈るような一撃。

それが左腿に命中し、悲鳴を上げる猪。



(イイゾ…ソウ、そこダ!)



ワッフに当てないように気を付けながらぶんと手斧を投擲し、猪の脇腹に突き立てる。

先刻までと異なり部位はどこでもいい。当たりさえすれば。

問題は猪の向いている方角である。

その巨大な猪が己を視界に収めた状態で手斧をぶち当てたクラスクは、命中の瞬間に…目をくわ、と見開いて殺気を叩きつけた。


びくん、と体を震わせ、血走った眼でクラスクの方に向き直る猪。

そして前脚で地面を引っ掻くと…咆哮を上げて突進してきた。


クラスクが今仕掛けたのは≪威圧≫というスキルである。

このスキルは暴力を用いた交渉判定に於いて魅力でなく筋力およびスキルレベルで判定ボーナスが得られるものだ。


そう、彼はそれを猪相手に用いた。

のである。


簡単に言えばしたのだ。

自分に注意と敵意を向け、己を標的としたのである。


雄叫びと共にクラスクに突撃し、その牙であわやクラスクは串刺し…となる寸前、その猪の動きが轟音と共に止まる。


クラスクがあらかじめそれを予測して鬱蒼と木々の茂る密生した森の奥へと身を移していたからである。

クラスクにその牙が届く前に、それは樹木にぶすりと突き刺さった。


とはいえ巨躯から繰り出される体当たりは凄まじい威力であり、クラスクの脇をめきめき、と音を立て木々が倒れてゆく。

一本、二本…巻き込まれたら怪我では済まないだろう。


だがこれで突進の威力は削がれた。

クラスクは腹の底から気合を入れると…己の眼前、血走った眼でこちらを睨む巨猪の両牙をがっしと両腕で掴んだ。


「あば、れルナ…ヨ!」


猪がその首を猛々しく振り回し邪魔なクラスクを振り払おうとするが、彼の裂帛の気合と周囲の木立が邪魔をしてそれは叶わない。

そして猪の動きが鈍った一瞬…クラスクは大きく息を吸ってその牙を掴んだ腕をがっきと固め、相手の動きを封じると…



そのまま、ごつんとその眉間に全力の頭突きを叩きつけた。



ぶもー! と巨体の割に情けないいななきを上げる猪。

だがそれも致し方あるまい、眉間あたりは猪にとって最大の急所のひとつである。

危険すぎて狙う者が少ないだけなのだ。



「今ダ…やっちまえ! ワッフ!!」



狙い過たずその急所に一撃を加えたクラスクは…その視線の先、猪の背後から斧を構えてこちらに突進してくるワッフに叫んだ。




「ウォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」




雄叫び、大振り、大仕事。







ワッフのその凄絶な一撃は…

猪の背骨をへし折り、今度こそその化け物を絶命させた。




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