第24話 魔物の軍勢

 血生臭い異臭と、布がなければとても人間とは思えない形に変形した遺体から発せられる腐敗臭が、この地一帯に漂い、嗅覚が異常をきたしてた。もはやこれが普通であると錯覚してしまう程に。


「いけぇ!進めぇぇぇぇえ!!」


 れんが大剣を片手に走る。

 熾文しもんの指揮の元、魔物との殺し合いが始まった。人類の魔法と魔物の魔法のぶつかり合い。

 激しい閃光が輝き、身を焼き焦がす。一部が灰と化したそれは、果たして人間なのか魔物なのか。それすら判別ができない。

 れんの目の前に現れたのは、剣や盾を持つ、通常のコボルトの上位種に当たる、固有名【イビル・コボルト】。

 通常種と比べ、残虐性、攻撃性が高く、また単なる意志疎通ではなく連携を取るようになっている。

 れんを囲うように、四体のイビル・コボルトが前後左右に立ち塞がった。奴らは剣身に魔力を流し入れ、が練り上げられていく。

 だが、それより早くれんが技式を発動させ、四方の敵を薙ぎ払う。冥剣技式【蔽楼ノウ・ガーテル】。

 素早い回転で奴らの胴体に深い切り傷を三つも与え、その勢いで奴らは瓦礫に激突し灰になって消えていく。


「フゥゥゥゥ───」


 溜め込んだ息を吐き出し、次の敵へ。

 刹那、人間の死角である背後にイビル・コボルトが一体現れ、れんへと斬りかかった。れんは異能にて気づいてはいるが見向きもせずに突き進む。途端、その剣はその場に静止し、地面へと落ちる。奴の体に三匹の炎に包まれた狼が喰らい付いていた。犬寺けんじの放った顕現型混合固有魔法【地獄焔三番狼ケムベルズ】。【地獄乖焔番狼ケルベロス】の下位互換に該当する魔法である。

 この魔法は【地獄乖焔番狼ケルベロス】を作り出す為の第三段階に当たる魔法。第一段階は一匹と、段階を踏むごとに数を増やし、第四段階で双頭の狼が顕現し、最終段階である第五段階にてようやく完成された、ケルベロスを顕現させる。

 イビル・コボルトは炎の狼に喰い千切られ、無残な姿になってその場に朽ちる。身体は灰へと変わり、何処吹く風が拐っていく。残ったのは、月明かりに照らされる紅色の魔鉱。


「【天ノ羽衣・魔力纏いマギベール】」


 れんの身体に半透明の魔力を纏わせる。自身が持つ大剣の剣先まで纏わせ、地面をしっかり踏み込み、走る勢いは凄まじい速度に変わる

 コンクリートが割れ、周囲の敵を置き去りにし遅れて奴らは血を噴き倒れていく。


「【冥剣技式【閻靂メティム・ブロウガル】」


 黒い輝きを放ち、眼前に迫るイビル・コボルト奴らの大群を切り伏せて行く。

 呼吸は深く、一定となり、体内の魔力と混ざり合う。混ざった魔力は次第に強くなり、膨張する。抑え込むように、即座に剣身に刻まれる術式へと流し、様々な技式を繋いで連撃を繰り出す。

 仲間の学生達だけでなく革命軍の面々ですら、その猛進っぷりに驚愕の表情を浮かべ、同時に勢いづいていた。

 激しく揺らめく剣の軌跡は、辺りのイビル・コボルト達を一掃し、親玉目掛けてなぞられる。

 一気に飛び上がり、大剣を上段に構えて身体から魔力を流し、紅輝を放ち術式が起動する。冥剣技式【黎冥メリーレイ】。けたたましい雄叫びと共に振り下ろされた。親玉───イビル・コボルト・ロードの背中へと叩きつけたが、不可解な金属音と火花を散らすだけで、全くと言っていい程にダメージが入らなかった。


「ッ!?」


 驚愕の声を押し留め、すぐにバックステップで後退し大剣を構え直した。

 ローブ型の制服を着た第二の生徒達が、魔法の一斉掃射をする。六色の輝きが奴を襲うが、身長以上の赤く禍々しい大剣の一振りで全てが無に還った。


「ウガルゥオオオオオオオ────ッッ!!!」


 空気が揺らぐほどの咆哮を上げ、自身の存在をアピールし、それに鼓舞されたイビル・コボルト達が剣を天に掲げる──────それはまるで人間の様に。


「魔凰師と剣星師達は雑魚共を相手にしておけ!他はれんを援護しろ!!」


 熾文しもんの指示一つで即座に陣形を変え、れん鯨華げいかを先頭に真ん中に犬寺けんじとマリア、後方に銃奏師達、魔凰師と剣星師は剣星師を援護する形で雑魚イビル・コボルトと対峙する。

 先陣を切ったのは鯨華げいかだった。自身の身長の倍近くある大剣を軽々と右手だけで持ち上げ、空気の張り裂ける音と共に一瞬で奴の足元へと到達した。そのまま予備動作無しで技式を発動させ、剣先が腹部へと伸びる。刀身から稲妻が迸り、黄金の軌跡を描き、閃光の一閃を轟かす。【天ノ羽衣・雷纏いトネールベール】を刀身だけに纏わせた状態で放った、冥剣技式【曇天ブリッツ】は黄金の光輝と共に突進をする、単発突進業。


「おい!それくっっっそ硬いぞ!!」


 れんの忠告は彼の耳には届かなかった。


「ぜりゃああああッ!!」


 鬼気迫る声と共に走る刃は、奴の下腹部に突き刺さり真っ黒な血が小さく流れる。だが、刺さったと言えど、僅かに剣先がという程度だった。それ程までに奴の体は硬く強靭ということがわかる。

 小さく舌打ちをして、奴から振り下ろされる巨大な刃を後ろに飛ぶことで寸前に回避し、れんな隣に立った。多少荒れた息をすぐに整えて剣先を向け直す。

 れんはそんな鯨華げいかを横目で確認し、「っな?硬いだろ?」とでも言いたげに笑みを浮かべた。それを向けられた本人は半ば呆れ顔をするしかなかったが。

 銃奏師達は即座に銃口を奴に向け一斉掃射したが、大剣で弾かれるでもなく、銃弾はそのまま体へと命中。だが、どれだけ奴に当たろうとその全てが防弾チョッキにでも当たったかのように弾かれ、地面に零れ落ちた。

 それを合図に犬寺けんじとマリアが同時に攻撃に出る。二対の短剣を素早く後ろの腰に携える純白の鞘から引き抜き、逆手持ちをして周囲の魔力を刀身へと集め、技式を行使した。短剣技式【無象皇ノヴェル・リュミエール】。同時に、マリアは槍の矛先が剣状にしたような形状の棹状武器、グレイブ型の物を器用にクルクルと体の前で回しながら魔力を刀身へと流す。白銀の輝き、槍剣技式【夢想連斬レーヴ・アンピュルシオン】。体術と技式を融合させ複雑かつ、高速で七つの斬撃が繰り出す業。計二十の斬撃が空気を割き迫る───が、奴の肉体は斬撃すら容易に弾き、行き場を失くした斬撃は魔力の粒子に帰り、霧散していった。

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領域を統べる英雄譚(更新停止、リメイク投稿中) NoiR/ノワール @SY-07

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