第10話 安息の地と新領域

 突如として現れた星座級蟹座の【ミュスクル·キャンサード】の討伐後、魔法による治療と組織からの事情聴取などを終え、ようやく帰宅した氷継ひつぎは制服をハンガーにかけ、クローゼットにしまい部屋着に着替えてベットに寝そべっていた。優奈ゆうだい達とは学院で別れ帰宅したので、連絡先でも交換しておけばよかったと少し後悔していた。


 ベットの直ぐ側にある机に立て掛けた、今日一の活躍をしてくれた剣に眼を向ける。今回の戦闘であの剣はかなり消耗し刃零れが酷くなっている。しかし、代用品を持っていない為、明日もを持って登校しなくてはならないのだが。


 氷継ひつぎは戦闘の疲れからか、いつもより目付きが悪くなっており、犯罪者のそれと代わりないように見える。


「はぁ…………疲れた。入学式でこれって、これからどうなるんだよ……」

 

 溜め息をつきながら起き上がる。左腕を気にしながら立ち上がり、スマホと黒い長財布を手にコンビニに向かった。

 家を出て大体二分くらいの所にある、北海道限定でオレンジ色が特徴のコンビニにて。籠を持っていつも買っている強炭酸のコーラと薄塩のポテチLサイズを入れてレジに向かう。レジには男性店員が営業スマイルではない人懐っこい笑みを浮かべて客の対応をしていた。


「いらっしゃいませ」


 金髪の男性店員が客である氷継ひつぎ向けて挨拶をする。氷継ひつぎはイヤホンを耳から外して籠をレジに置き、ズボンのポケットから財布を取り出して会計が終わるのを待つ。


「合計で430……あれ?氷継ひつぎじゃないか」


「あ?…………おま、優奈ゆうだいか?」


 聞き覚えのある声に名前を呼ばれ、財布から視線をずらして店員に向けた。そこにはコンビニの制服姿をした優奈ゆうだいがレジ打ちをしていた。


「お前、バイトなんかしてたのか……。する必要ないだろ」


 当然の疑問を優奈ゆうだいに投げる。天皇陛下の息子ならお小遣いもさぞ多いのだろうと。まず一般的な認識として貴族階級の者は子供だろうと大金を持っているというイメージが根付いている。しずく輝夜かぐや歌織かおりなどはそれに該当するだろう。


「あ~……僕はお小遣いも(他の貴族に比べて)そんなに貰ってないからね。剣の整備とかも実費だし」


 優奈ゆうだいは苦笑いを浮かべて答える。


「そうか、偏見ってのは恐ろしいな」


 氷継ひつぎは己の認識を改めることを心に誓った。


氷継ひつぎ、430円だよ」


「ああ、そうだっだな。…………はい、ちょっきり」


 氷継ひつぎはトレーに430円ピッタリの小銭を置く。優奈ゆうだいはそれを手に取りレジを打ってレシートを手渡す。


「430円丁度お預かりします。レシートのお返しです。……それじゃあまた明日学校で」


 小声でそう言って笑顔を向ける。氷継ひつぎは「ああ、また明日」と表情を崩して返し、レジを離れコンビニを後にした。

 家についてからはベットに寝そべり、スマホで機械の音声を使ったゲーム実況を見ながら、買ってきたポテチとコーラでだらだらと過ごした。今思えばこれが良くなかったのだろう。夕飯は氷継ひつぎの好物、しゃぶしゃぶだった。


 ◇────────────────────◇


 スマホが鳴り通知を確認する為に【オトリテ】を立ち上げる。そこには新たな任務依頼が届いており、内容が


『北海道帯広方面に新たな領域の解放が確認された。八坂やさかれんを筆頭に部隊を結成し直ちに調査せよ。解放された領域はマップに追加している。それを頼りに現地にて集合されたし』


 それを読みマップを確認して、そっとスマホの電源を落とす。れんは溜め息を吐いて頭を掻く。あからさまに面倒くさいとわかる表情になりながらも、準備の為にベッドから静かに起き上がり身支度をする。


 時刻は四月五日の午前零時を指していた。前回の【遺棄された緑の大地グリーン・イ・デルタ】の時とは違う服装で、重厚な魔凰石で造られたプロテクターを装着し黒の防刃防弾手袋をはめ、黒の特殊な加工がされたコートを羽織る。【星天穿劍せいてんばっけん】は空間魔法によって造り出した亜空間に保存してある為容易に取り出すことができる。


「ん…………あれ、れん……今から任務?」


 ベッドで寝ていた夢彩野めいのが目を擦りながら体を起こす。


「ああ、めんどくせぇけどしゃーないさ。ゆっくり寝てな」


 れん夢彩野めいのに柔らかい笑みを浮かべて睡眠を促す。


「ん、そうさせてもらうよ……それじゃあ気をつけてね。いってらっしゃい」


 彼女だけに見せるその表情を見て再び意識を手放してベッドに体を預ける。ほんの数秒程で夢の中へと帰っていった夢彩野めいのの唇に自分の唇を重ねてそっと口付けをする。彼女は勿論夢の中のはずだが、寝付いた時よりも幸せそうな表情になっていた。夢彩野めいのから顔を離して、静かに部屋を後にする。


 地下の車庫に停めてある自家用車───ではなく軍用ジープの運転席に乗り込みキーを差し込んでエンジンをかける。ブロロロロロッ───とエンジン音を轟かせ、車庫の扉をポケットに入れてあったボタンで開けアクセルを踏む。


「目的地まで大体…………有料道路使っても三時間以上かかるのかよ。全く人使いが荒れぇなあ。しかも途中から道ほぼねぇしな…………はぁ……」


 れんは溜め息を吐いてジープを進める。辺りは闇に包まれ、一定の間隔で人工的な灯りが舗装された道を小さく照らす。窓ガラス越しに灯りの線を視界の端に捉えながら法定速度80ギリギリで走らせる。法定速度が80なのは一般道路における、緊急自動車に適応される速度。組織や軍に所属し、任務時の場合はこれが適応される。こういった仕組みを不正に利用する輩も少なからずいるが、牢屋に入れられるよりも厳しく罰せられるとの噂がたっているが、真偽は定かではない。


 ジープを走らせること約三時間。周辺に佇む家々からは人の気配が消え去り、簡易的な金網で仕切られたその先は世界が切り離されたかのように森が広がり、異界と化している。ジープを金網の門の前で停車させ、窓を開けてそこに立っている二人の迷彩服を着た軍人に声をかける。


八坂やさかれんだ。連絡は入ってると思うが、上からのめいで新たにできた領域の調査に来た」


 普段の口調とは違い、声をワントーン落として少し硬い口調に変わっている。


「ッハ!承知しています。どうぞ、お通りください」


 素早く敬礼をして門を解錠する。れんは窓を閉じて再びアクセルを踏んでジープを走らせる。

 数分もしない内に目的地に到着し、既にれん以外のメンバーの集合が完了していた。


「すまん、遅くなったな。領界種共あいつらは出なかったか?」


 ジープから降り隊に声をかける。


「大丈夫でしたよ。最も、出てきたとしてもなんとかなるメンバーではありますけどね」


 今回の隊の副隊長を務める、レヴィ·イルテミートがれんに微笑を浮かべて答えた。彼女はアメリカにあるアメリカ版、星承十戒せいしょうじっかいの【Savior Existenceセイヴィヤ·イグジステンス】通称”SE“の一人。意味は救世の存在。

 彼女の肌は黒く、髪は正反対の金髪。体つきは黒人ならではのがっしりとした体格で、目はエメラルドグリーンで、現在でも続く黒人差別を失くす運動のリーダー的存在でもある。


「まあそれもそうか。んじゃ始めよう」


 領域。解放され直ぐの整備されていない物は形が歪で解放後の亀裂に沿って、拡大されていく恐れがある。解放時、世界に亀裂が入りその亀裂が徐々に剥がれ落ちて領域への入り口が出来上がる。


 れんを先頭に新たな領域に踏み入る。そこはどこの領域にも見られる巨木が生い茂り、酸素濃度が高く体が非常に軽く感じる。一概に巨木と言っても、アマゾンにあるような物ではなく、都市伝説としてよく語られる、アメリカ合衆国ワイオミング州にあるデビルズタワーという岩頸と同等の大きさの巨大樹が無数に存在している。


「ッ!!ッぶねぇ!!」


 突如、天より飛来した正体不明の黒装束の人間が斬りかかって来た。れんは即座に右側に空間を作り出し、そこから右腕の動きに連動して【星天穿劍せいてんばっけん】が現れ、奴が振り下ろした刃を間一髪で防ぐ。バチバチッと火花が飛び散り辺りに緊張が走る。


「……流石、守護者ガーディアンと言われるだけはある」


 黒装束の男が素早く後ろに下がり刀を鞘に納める。威圧するかの様に身体から黒く禍々しい魔力を放出し改めて刀を抜刀する。放出した魔力を刀身に纏わせ、刃の形を象り、強度、威力を倍増させる。


「……【天ノ羽衣・闇纏いチマーベール】。上位魔法の一つか」


 れんはそう呟いて気を引き締める。空中に浮かぶ大剣の柄をしっかりと両手で握り奴だけを見据える。


「みんな、他にも複数人いるわ。警戒を怠らないで!!」


 レヴィの警鐘に後ろに控えていた他のメンバーは、各々が得意とする武器を展開し臨戦態勢に入る。

 れんにしては珍しく冷や汗をかいている。呼吸も荒く、そのまま殺られてしまいそうなくらいに。


「どうした、守護者ガーディアン。冷や汗なんてかいてぇ……」


 今にも爆笑しそうなほどに失笑し、れんに向かって走り出す。右手に持つ刀を両手に持ち変え上段に構え一気に振り下ろす。大剣を下段から振り上げ、奴の刃を食い止める。刃と刃が交わりクロスを描き、甲高い金属音が鳴り響く。れんは力任せで刀を弾き、追撃に走る。


「【天ノ羽衣・魔力纏いマギベール】ッ!!」


 【闇纏い《チマーベール》】などの纏い系統の魔法の最上位の魔法。属性は無属性で自信の魔力を属性に変化させずにそのまま放出し纏わせるといったもの。黒装束の男のそれは黒く禍々しいが、れんの物は無色透明に近い。


 中段に構えられた大剣が右から左斜め上へと斬り上げられる。だが、黒装束の男は余裕の表情でそれを防ぎ、刀の剣先を右眼目掛けて突き出す。れんはそれを左側に首を傾けて避け、大剣から手を離して宙に放り回し蹴りで距離を開ける。奴は蹴られた勢いで少し宙に浮きながら後ろへ飛ばされ、地面に足をついてからも土埃を上げながら数メートル先まで飛ばされ続けたが、奴は一切攻撃が効いていないのか、欠伸をして落胆の声を上げる。


「なんだその腑抜けた攻撃は」


 そう言って奴は放出し続ける魔力の濃度を上げて一気に駆け出す。れんも放出する魔力濃度をあげ奴に向けて駆ける。土埃を巻き上げ、再び刃が交わる。甲高い金属音が鳴り響き、纏わせた魔力の残留が空中に散布する。それを補うように放出され続ける魔力が動き続ける。空気の圧が凄まじく波を打って激しく動き、後方に控えるレヴィ達の髪を靡かせ風圧で少しだけではあるが体が押され息を呑む。眼では追えない速さで剣戟が繰り広げられ、れんは次第に押されていき体の所々に掠り傷を負う。


「……つまらんな」


 小さく息を吐き出すかのように一言告げると、大剣を上へと弾き黒装束の男は後方に下がる。


「今日は様子見程度だったが守護者ガーディアンがこのレベルとは、先が思いやられるな」


 黒装束の男は刃を鞘に納め毒づく。


「……お前ら、何者なにもんだ」


 肩で息をしながら、左手で額の汗を拭いながら問う。


「【Code:Zero】を執行せし者。とだけ告げておこうか」


 そう答えて黒装束の男は仮面下で欲望に呑まれた笑みを浮かべた。


「それじゃあな守護者ガーディアン。次はもっとましになってろよ?」


 軽口でそう告げて木々の闇に紛れその場から姿を眩ませた。れんは重々しく武装を解除し、【星天穿劍せいてんばっけん】を亜空間へと放り投げる。


「上層部に報告をする。周囲の警戒を頼む」


「「了解!」」


 後ろを振り返らずに指示を出して亜空間からスマホとエーテルによって電波が制御された特殊な装置を取り出した。


 ───井の中の蛙大海を知らずってか……


 今の自分では到底敵わない悔しさと惨めさを噛みしめ、淡々と起きたことその全てを電波越しに伝えるのだった。



 



 



 


 

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